第14話 相馬先輩

 その日の部活の時間、相馬先輩があたしのところにやってきた。


「桑原さぁ、この前の指摘出ししてくれたっていう電工の子にちょっと話があるんだけど、紹介して貰えないかなぁ」

「あ、いいですよ。多分今日も隣に居るから」


 あたしは相馬先輩を連れて理科室を覗いてみた。


「先輩、迂闊に歩かないでくださいね。たまに小さいロボットがその辺を歩いてるんですよ」

「そ、そうなんだ」


 相馬先輩がギョッとしたように入口でストップする。


「何やってんの?」


 あ、山科……が、きょとんとしてこっちを見てた。


「ごめん、ちょっと部長が山科に話があるって。ロボット歩いてない?」

「大丈夫、入っていいよ」


 あたしたちが入っていくと、山科はハンダごてのスイッチを切って、別のテーブルの方に移動した。


「君が山科君?」

「はい」

「私は吹部の部長で三年一組の相馬っていいます。よろしくね」

「あ、はい、山科です。よろしくお願いします」


 相変わらず山科はきょとんとしてる。そりゃそうよね。いきなり吹部の部長連れて来たんだから。

 相馬先輩は顔の前にハラハラと下がってきたボブカットの髪を邪魔そうに耳にかけると、山科に満面の笑顔を見せた。


「この前、うちの部の演奏上の問題点を指摘してくれてありがとう。お陰でかなり揃ってきたと思うんだけど、山科君から見てまだダメ出しできるところがあれば教えて欲しいと思って来たの。私はこれから音高・音大と進むつもりでいたんだけど、あんな小さな楽団をまとめられないようじゃダメだなって思って、山科君からいろいろアドバイスをもらって勉強したいんだ」

「ああ、そういうことですか」


 山科は納得したように頷くと、「今スコア、ありますか?」と言い出した。先輩がスコアを渡すと、それをパラパラと眺めながらポツポツと話し出した。


「練習番号Cの五小節前からCアタマにかけてのクレッシェンド、これはポコ・ア・ポコじゃないです。均等にクレッシェンドしたんじゃ盛り上がらない。放物線を描くようにCのギリギリまで引っ張って一気にガーッと盛り上げた方がいいです。五小節前で管楽器、最後二小節でティンパニ、最後一小節でサスペンデッドシンバル、最後二拍でバスドラムのトレモロが入ってきますよね。ちょっとずつクレッシェンド自体が加速して行ってるじゃないですか。そういうところから判断して、均等なものなのか放物線タイプか判断できます」


 相馬先輩が必死にメモを取ってる。たかだかクレッシェンド一つをこれだけ分析するのか、山科。


「Dからの変則七拍子は三・四で取るパターンです。三はトライアングルベース、四はタンバリンベースでリズムが動いていく、そこにスネアの刻みが入りますけど、ここ、スネアオフでヘッドの音を聴かせるんですよ。パーカスの人が見落としてるようなんですけど、いつもスネアオンのままですよね。これじゃ舞曲になりません」

「あー、なるほど。『アルルの女』の『ファランドール』みたいなイメージだね?」

「それです、まさにあんな感じ」


 なんなの、あたし、もう全然ついて行けてない。相馬先輩はうんうんって頷いたり「そうだね」って相槌を打ったりしてるから、ちゃんと理解してるんだろう。


「Eに入るとこれらが全部カスタネットに引き継がれて、オーボエとユーフォのソリに入っていきますけど、ここでユーフォがうるさ過ぎなんです。もっと柔らかい音でオーボエメインくらいのつもりでちょうどバランスが取れると思います。ここのクラは控えめに」

「ああ、Esクラだよね。私もそう思う。Bクラはそんなに出てない」

「そうですね。あと、展開部の金管はもっと華やかでいいです。ここ、シロフォンが入りますよね、音圧的にもっと来ても大丈夫。ただしシロフォンは今のままで、シロフォンに合わせるような感じにするとちょうどいいと思います。チューブラベルからゴング入って、ここでホルンはガツンと前面に出てください。ベルアップするくらいのつもりでいいです。正直、今の状態ではパーカスに負けてます。かといってここでパーカスが手を抜いちゃだめだ」


 山科と相馬先輩がいい雰囲気で凄い楽しそう。


「そうね、ここはもうクライマックスだからね。『ローマの松』みたいな感じでガンガン行きたいんだよね」

「『アッピア街道』ですよね。それいいですね、そんな感じで最後、溜めに溜めて金管で高らかに締めくくる感じで」

「アタマの方にあるメロディをファンファーレとして再利用してる感じだから、そのイメージを大切にしたい気もすんのね」

「そうですね。柔らかく吹くところと、刺さるように吹くところ、あと地の底から湧き上がるような感じのところを吹き分けて、メリハリを付けたらいい演奏になりますよ」


 お互いやっと見つけた話し相手と会話できてるような幸せな空気が漂ってきた。二人とも会話のレベルの合う人が今まで居なかったんだろうな。なんかちょっと羨ましいのを通り越して、嫉妬さえ感じてしまう。あたしもこんな高度な話をしてみたいよ。


「ありがとう、凄く助かったよ。その辺り気にしながら振ってみる。また相談に乗ってくれる?」

「はい、僕で良ければ」


 相馬先輩は嬉しそうにノートを閉じると、山科からスコアを受け取った。


「じゃあ、また来るね。ありがと。桑原もありがとね、行こ」

「あ、はい。山科ありがと、邪魔してごめん」


 山科は出ていくあたしたちに軽く手を挙げて見送ってくれた。

 吹部に戻った相馬先輩は『超』がつくほど上機嫌だった。


「山科君、凄いね。下手な吹部よりずっと詳しいよ。あれでオケ未経験者なんでしょ? いやー、もう彼最高だわ。吹部入ってくれたらいいのに」

「あーでも山科はプログラミングとかロボット作りとかに夢中だから」

「なんであれだけの子がプログラミングなんてやってるんだろう、勿体ない。あ~、惜しいなぁ。私、彼となら一晩でも二晩でも語り明かせそう」


 えええっ? それはちょっと。


「ちょこちょこ覗きに来てくれないかなぁ。ね、桑原から頼んでみてくれない?」

「相馬先輩と一晩語り明かしてくれって頼むんですか?」

「違うよー! 吹部、覗きに来てダメ出ししてってくれって」


 ああ、なんだ、そっちか。びっくりしたなぁ、もう。


「驚かさないでくださいよー」

「え、ちょっと、何ホッとしてんの? あれ? もしかして桑原、山科君とそういう関係?」

「ちっ、違いますよ! 師弟関係です! 今ピアノ教えて貰ってるんです。クラスの合唱の伴奏」

「え、あの子、ピアノ弾くの? まあ、そうだろうね、オケも未経験であれだけ分析できるんだからピアノくらい弾くよね。あー益々興味津々。今度ゆっくり話したいなぁ」

「多分、相馬先輩と話合いますよ。あたしには全然あの人の言ってること理解できませんけど」

「そっか、じゃ、今度誘ってみよっと!」


 相馬先輩の上機嫌はしばらく続きそうだ。

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