第13話 クラス分裂

 クラス合唱の練習もだんだん本格的になってきた。基本的に音楽の授業で合唱の練習もするんだけど、団結力のあるクラスは昼休みでも朝でもみんなで集まって練習してるらしい。

 うちのクラスはとにかく文化祭に関しては険悪な雰囲気が漂っていて、とても練習しようなんて声がかけられる雰囲気じゃない。だからどうしても音楽の時間に頼ることになる。

 課題曲の方はなんとか音だけは覚えたけど、まだリズムがちゃんと弾けないから、今は山科に弾いて貰ってあたしは横について見学してる。山科の凄いところは、ピアノを弾きながら自分のパートが歌えるところだ。この人、音楽の先生になれるんじゃないかと思う。

 だけど、どれだけ練習してもなんだかバランスが悪い。「何がまずいんだろうなぁ」と首をかしげるナガピーに、山科が「先生」と手を挙げた。


「今は、高音域と低音域のバランスが悪いだけじゃなくて、その音域が出せない人が多いんだと思います。カラオケみたいにちょっと移調してキーを変えたらどうかと思うんですけど」


 山科の案に、ナガピーは首を傾げる。


「具体的には?」

「今C-durツェー・ドゥアなので、二度下げてB-durベー・ドゥアにするとか。ちょっと試します」


 山科が再び鍵盤に手を乗せる。え? 何、ちょっと待って? 調が変わった? 全体的に一音下げて弾いてる。フラットとかいっぱいついてるよ、なんでそんな曲芸みたいなことができるの?


「これならみんな歌いやすいんじゃないですか。移調はしてはいけない規定になってますか」

「ちょっと待って、山科、あたしそれ、できないから」


 あたしが慌てて山科を止めると、彼はハッとしたように鍵盤から手を下ろした。


「あ……。そうか。ごめん」

「ううん、あたしこそできなくてごめん」


 その時、またコソコソ声が聞こえた。


「自慢したかっただけかよ」

「僕こんなことできまーす! ってアピールじゃね?」

「自意識過剰」

「ナルシスト」


 山科は別の方法を必死に考えていて聞いていないみたいだけど、あたしにはそれがはっきり聞こえて、すっごい腹が立った。ナガピーはこういう時、自分たちで解決させる方針の先生だから一切口出しはしない。


「誰だ、コソコソと陰口叩いてんのは。文句があったら俺に言えって言った筈だ。言いたいことがあんならはっきり言え!」


 森園が周りを見渡す。クスクスと笑う声が聞こえる。


「森園、アスペの味方かよ」

「何カッコつけてんだ」

「クラス委員長サマだからなぁ」

「お前らいい加減にしろよ!」


 富樫が怒鳴る。それでもコソコソ笑うのは止まらない。


「富樫と森園と山科で傷の舐め合い?」


 あたしは怒りのあまり、血の気が引いて立っていられなくなってピアノに手をついた。異変を察した山科が「大丈夫?」ってあたしをピアノ椅子に座らせてくれたけど、この会話を彼は一体どんな顔をして聞いてるんだろう。


「お前らがちゃんと歌わないから、山科が必死にいろいろ考えてくれてんだろうが。人のこと言う前に自分のやることちゃんとやれよ!」

「なんだよ、富樫。俺らのせいかよ。何でもかんでも人のせいにすんじゃねえよ」

「山科はカッコつけてるんじゃなくて、少しでもみんなが歌いやすいように考えてくれてるだけだろ」

「ピアノ弾けますアピールだろ、ちょっとくらいできるからって何調子こいてんだよ、ナルシー山科。今度からナルしなって呼ぶか?」


 周りで何人かがクスクス笑う。


「ちょっとじゃねえよ、山科はすげえ勉強してる。お前らにアピールなんかしたって山科の得になんかならねえよ。ナルシストはお前らだろうがよ」

「なんだとてめえ」


 ああ、どうしよう。悔しくて涙があふれてきた。

 そう思った時だ。ずっとあたしのそばに立っていた山科がすっと前に出た。


「もういい。僕は音楽が好きだから、いい合唱にしたかっただけだよ。みんながいい合唱にしようと思っていないんだったら、僕があれこれ考えても意味がない。だから黙ってピアノ弾くよ。喧嘩はやめようよ」


 一瞬にして音楽室が静まり返った。


「何、賢者?」


 誰かのふざけた声が聞こえる。


「賢者山科」

「賢者ナル科だろ?」


 クスクスと笑う声が響いて、こいつらの馬鹿さ加減に吐き気がしてきた。


「ねえ、ちょっと、みんなそれでいいの?」


 凛だ。


「来年も文化祭はあるけどさ、一年五組としての文化祭は最初で最後なんだよ? ほんとにこんないい加減なことしていいの? 後悔しないの?」

「別に」

「てゆーか、合唱とかだるくてやってらんなくね?」

「順位がつけられるとか、成績に影響するとか無いんでしょ? とにかくステージ上がって歌えばいいだけじゃん。そんなに頑張る意味がわかんないんだけど。なんでそんなに必死になってんの?」


 これが歌うだけの人たちなんだ。ピアノ伴奏なんて責任のあるパートじゃないから、姿勢が全然違うし目線も違う、所詮『他人事』なんだ。


「美咲。もうピアノやらなくていいよ。みんな美咲がどんな思いをして練習してるかなんて、これっぽっちも考えてないんだ。こんな連中のために美咲が頑張る必要なんてないよ」

「待って、凜、それは違う」


 真由が割って入る。


「やる気のある人が居るんだ、頑張りたいと思ってる凜とか私とか森園とかのために、美咲には弾いて欲しいんだ。美咲だって頑張りたいと思ってたんでしょ。ねえ、みんな、こうしない? 頑張りたい人だけでもまず頑張ろうよ。それでさ、今、気持ちが乗らない人もさ、みんなが頑張ってたら自分もやろうかなって気持ちになったりするじゃん。そうなったらちゃんと参加してさ、それ、受け入れようよ。まずは頑張ろうって人だけでもさ。ね、どう?」

「私は後から参加してくるような人なんか受け入れたくない」

「凛!」

「もうやだ、こんなクラス、最低!」


 凜が音楽室を出て行った。授業中なのに。真由は大きなため息をついて座り込んだ。森園と富樫は青木たちと睨み合ったまま。ナガピーは窓の近くで腕を組んで成り行きを見守ってる。

 あたしはどうすべきなんだろう。その前に、あたしはどうしたいんだろう?

 その答えが出る前に、チャイムが鳴った。一年五組はどうなっちゃうんだろう。

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