第12話 難曲
吹部の方もだいぶ曲に慣れてきて、個人練習からパート練習に入れるようになってきた。それと同時に合奏もスタートした。合奏の方はやっぱり大勢で合わせる分だけ、いろいろ難しい。その上、曲がみんなの演奏し慣れていない変拍子だ。いくら特殊なルートで仕入れたからって、全くナガピーも厄介な曲を持ってきてくれたもんだ。
吹部も例に漏れず夏休みが過ぎると三年生の先輩が引退する。だけどうちの部長は音高に行こうなんて強者だ、夏休みで辞めるわけがなく、文化祭でこの曲を振ってから辞めると豪語してる。あたしたちも
大体こんなややこしい曲、部員じゃとても振れたもんじゃない。相馬先輩だからこそ振れるんだよ。もしかしたらナガピーだって振れないんじゃないのかな?
「テナー2nd、出だし遅いよ。三拍子から四拍子に切り替わるところの半拍前、裏から入るんだよ? わかってる?」
「すいません。ブレスが間に合わなくて」
「その一小節前のスタッカートでブレス入れたらいいよ。じゃあ、Bの一小節前からもう一度。五拍子のとこね」
相馬先輩がタクトを構える。カッコいいなぁ。あたしもあんな風になりたいけど、その前に自分のパートが吹けてない……。
スネアが静かに刻み始め、ホルンが自信無さそうに入る。ユーフォの硬い音は真由だ。
「ストップストップ。あー、なんか全然ダメだなー。ちょっと休憩しようか。それぞれパート毎に問題点さらっといて。十五分後に再開」
タクトを置いてふうっ吐息をつく相馬先輩の後ろに、ちょうど廊下を歩いていく山科が見えた。そういえば山科はこの曲を知ってるって言ってたな。原曲聴いたことがあるんだろうか。
あたしは気になって、隣の理科室を覗いてみた。今日も電工部員は山科しかいない。電子工学部、そのうち廃部になっちゃうんじゃないのか?
「ねえ、山科、ちょっと今いい?」
入口から声をかけると、山科がこちらを振り返って「いいよ」と答えた。あたしは恐る恐る理科室に入っていく。また小さなロボットが足元をウロウロしているかもしれないからだ。
山科はパソコンに何かわけのわかんない文字列をカタカタと打ち込みながら「何?」と聞いてきた。あたしは山科の隣に座ってその画面を覗き込んだけど、やっぱり宇宙語にしか見えない。
「何やってんの、これ」
「これ、当たり判定プログラムを組んでるんだ。シューティング系の基礎だけど、これをツールとして機能するようにルーティン化して――」
「ごめん、聞いてもわかんなそうだからいいや」
悪いと思ったけど、説明を途中で遮った。あたしには般若心経を聴いているのと変わらない。
「で、何?」
「あ、そうだ。今、吹部でやってる曲、知ってるって言ってたよね。どこかの演奏聴いたことがあるの?」
「無い」
え、即答?
「でも、この前知ってるって……」
「うん、知ってるよ。スコア見てるし。だけど演奏はまだ一度もされてない筈だよ。ここの吹部があのスコアを演奏する楽団の第一号だと思うよ」
そっか。スコアを読んだことがあるのか。じゃあ、どんな感じの曲になるのかは山科も知らないんだ。っていうか、スコアなんか見たってわかるわけないよね……。
「今さぁ、知ってるとは思うけど、全然息が合わないんだよね、みんな。どうしたらいいのかな。部長も指揮振るのに凄く悩んでるんだ。先輩の役に立ちたいんだけど、山科が聴いてて何かアドバイスあるかな?」
電工部員に聞いても仕方ないとは思うけど、あれだけピアノが弾ける山科がスコアを読んだことがあるんだ、一つくらいは何か気づいてるかもしれない。
「あるよ」
え? これも即答?
「どのパートもそうなんだけど、メリハリが無い。アタマがまるで揃わないんだよね。多分慣れない変拍子で自信が無いんだと思うんだ。もっと自信を持って、アタマからガツンと音を出すようにしたら揃うと思う。特に金管。ホルンとトロンボーンは最初のアタックを意識して。木管はロングトーンの後の音を切るタイミングの方を重視した方がいい。綺麗に切れていないと直後の金管の入りが濁って聞こえる。まずはそこを意識するだけでかなり変わると思うよ」
す、凄い! こんなに具体的なダメ出しができるんだ、山科!
「ねえ、山科ってどこかの楽団に入ってるの?」
「まさか。過去にも現在も楽団に入ってたことはないよ」
「じゃあなんでそんなに的確なダメ出しができるの?」
きょとんとしていた山科が、くすっと笑った。
「たくさんの演奏を聴いたからだよ。クラシック好きだから。いっぱい演奏会に行って、いっぱい聴いた。家でも毎日だし。いろいろ分析しながら聴いてると、いろんなことが見えてくるんだ。桑原もぼんやりと聴かないで、分析しながら聴くと面白いよ」
幸せそうに話す山科。彼は本当に音楽が好きなんだ。この人が音楽のことを語るとき、普段では見られないような、すっごくいい笑顔を見せる。見てるあたしの方が幸せになるような笑顔。クラスのみんなにも見せてやりたいな。
きっと、クラス合唱が上手くいったら、彼はこの笑顔を一年五組でも見せるんだろうな。
「ありがとう。先輩に言ってみる。邪魔してごめんね。ナントカ判定プログラム、頑張ってね」
あたしが教室を出るとき、山科が小さく手を振ってくれたのが見えた。
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