第3話 宇宙人

 入学から一か月、学校にも慣れてきて、長澤先生もみんなにナガピーなんてあだ名をつけられて、それなりに楽しめるようになってきた。


 結局あたしは真由と一緒に吹奏楽部に入った。吹部はそこそこの所帯で、音楽高校・音楽大学コースなんて狙ってるようなすっごい本格的な先輩が部長やってる。

 先輩たちはみんな優しくて、初心者のあたしたちにも丁寧に教えてくれるんだ。自分たちが先輩にして貰ったことを、後輩に引き継ぐんだって。あたしも後輩に引き継がなきゃって素直に思える。

 で、パート希望を出すとき、真由は「なんでもいい」って希望を出さずにいたら、フワポニョ体形からユーフォニウムとかいう楽器になったみたい。あたしは細っこいからフルートっていう横笛? なんか横に構えるシルバーの笛みたいなのになった。


 とは言ってもあたしたち一年生はまだすぐには吹けないから、楽器の扱い方やパーツの名前、手入れの仕方なんかを教わってる段階。

 しかも、それだって実は二の次で、今一番のメインはなんと筋トレ! 驚くべきことに吹部はみんなが筋トレするんだ。走り込みからスタートして、腹筋、背筋、腕立て伏せ、それぞれ三十回を三セット。簡単なようで、今までやっていなかった体にはめちゃめちゃキツイ。もう、毎晩筋肉痛!


 運動部は絶対無理だからって吹部に決めたってのに、まさかここで運動部並みの筋トレさせられるとは思っても見なかったよー!

 部長曰く「吹奏楽は読んで字の如く吹いて音を出す楽器だから、走り込みをして肺活量を増やさなければならない」のだそうだ。まあ、確かに納得は行く。

 そして更には「腹筋背筋で支えないと、イメージ通りに息をコントロールできないから、腹筋力と背筋力は吹部なら何が何でも鍛えておかなければならない」のだそうだ。


 確かに楽器を持ってみてわかったんだけど、楽器って見た目より重い! テナーサックスとか普通に三キロ以上あるし、ユーフォニウムなんて四キロ超、チューバとかいうでっかいラッパみたいなのは八キロくらいあるって。

 あたしはフルートだから一キロもないけど、楽器をまっすぐ水平に構えるから、この姿勢を維持するだけでも結構筋力を必要とするみたい。

 ましてパーカッションの子なんて、シンバルとか……ちょっと持たせてもらったけど、一枚が信じられないほど重いの! アルトサックスくらいの重さがあるんだよ! だから全パート、腕立て伏せもやらなきゃならないんだって。

 わけわかんないままいきなり筋トレさせられたら嫌になっちゃうけど、一番最初にその必要性をそうやって説明してくれたから、みんなちゃんと納得して筋トレに励んでる。その辺り、部長はとてもきちんとした人で、後輩のことをよく考えてくれるから、みんなに慕われてる。


 筋トレが終わったら、やっと楽器の練習。今はマウスピースと呼ばれる「唄口うたくち」の部分だけを持って、そこだけで音を出す練習を毎日毎日してる。それは真由も同じ。一年生はみんなマウスピースだけ持ってブーブーピーピーと鳴らしてる。


 吹部が使ってる第一音楽室の隣は理科室で、電子工学部が使っている。一体何をやっているのかよくわからない部だ。昨日ちらっと覗いたら山科がパソコンに向かって何かを打ち込んでいた。

 山科は休み時間、いつも一人で電子回路図を書いていて、誰とも話さない。かといって人と話すのが嫌いなわけでもないらしく、声をかければ普通に話もするし、たまに冗談も言う。でも自分から声をかけることはあまりないみたい。いつもなんだか難しそうなことばっかり考えてるイメージで、ちょっと近寄り難い。

 その山科がなぜか仲良くしているのが、あの富樫だ。まったくキャラ反対じゃんって思うけど、反対だからいいのかもしれない。明るくてイケメンでみんなの人気者の富樫と、貧弱なうえに神経質そうで近寄り難い感じの山科が何故仲良しなのか、一年五組の七不思議に数えられてもいいと思う。


 そして、うちのクラスにはすごいのが居たんだ。北小から来た森園卓巳もりぞのたくみ。こいつ何者だ?

 最初の中間テストがなんというかブッチギリだった。主要五教科の総得点が四百二十点だって! 平均八十四点だよ? 何この人、バケモンだ!

 でも森園はあんまり好きじゃない。頭良いのは認めるけど、自慢気に話すのが鼻につく。


「俺は数学は九十一点だったからな。まあ、チョロイよね、これくらいは。え、お前どうやったら六十三点とか取れんの? それのほうが無理」


 こーゆー言い方をするんだ、感じ悪いよね。でも絶対勝てないから何も言わないけどさ。

 その森園が山科に声をかけてる。いつもは絶対に山科には声をかけないのにさ。こういう時だけ自慢したがるんだよね、森園みたいなやつ、あんまり好きになれない。


「山科、中間どうだった?」

「ああ、全然ダメだったよ。僕は国語が苦手なんだ。特に漢字が覚えられない」


 へー、山科、国語苦手なんだ。なんか賢そうなイメージがあったけど。


「何点だった?」


 そういうこと聞くかなぁ、ほんと感じ悪いよ、森園。


「ああ、僕は五十八点。漢字全滅だったし」

「えー、山科ってもっとできるのかと思ってた」

「それは誤解だよ。僕は本当に漢字が覚えられない脳の作りをしてるから」

「お前面白いこと言うよなぁ、脳の作りだって~」


 森園が小馬鹿にしたように笑いながら行ってしまった。なんかあたしはその態度がムカついたもんだから、山科の席に行ってみた。彼は国語のテストを几帳面に半分に畳んで片付けているところだった。


「森園の言うことなんか気にしないほうがいいよ」

「え? 気にしてないけど」


 山科は本当に本っっっ当に気にしていないようだった。普通そこ、気にするとこでしょ? っていうか、ムカつくとこじゃない? なんだろうな、山科って宇宙人みたいなところがある。やっぱり不思議な人だ。


「でもさ、国語が苦手でも他の……ん~、理科とか? あの辺得意そうだよね、山科って」

「ああ、うん、理科は好きだよ。一問外したけど」


 ん? どういう意味?


「一問外したって?」

「一問間違えた。っていうか、配点二点の問題で漢字を書き間違えて一点減点されたんだ。だから九十九点」

「はああああああ? 九十九点?」

「そんな驚かなくても」


 これが驚かずにいられるか! 九十九点だよ、九十九点!


「森園に言ってやれば良かったのに!」

「いや、だって国語の話をしてたから」


 山科は飄々として、本当にそんなことどうでもいいって顔してる。


「だから国語はアレだけど、理科は九十九点だって言えば良かったじゃん」

「自慢するのが目的なら数学のほうにしてるよ。百点取ったし。でもそういうのあんまり意味ないから」


 は? は? は? 今なんと言いました? 数学が百点ですと?


「僕は意味のないことするのは好きじゃないんだ。それより回路設計してるほうが楽しいから」


 そう言うと、山科はいつものノートを出して回路設計を始めた。


「あ、そうか、ここに可変抵抗を入れて、こっちにトランジスタを入れればいいのか。桑原と話したらいい方法が浮かんだよ。ありがとう」


 やっぱりこの人、宇宙人だ。

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