第3話

あれからの数日はびくびくおびえたりもしていたものの、現実は何のイベントもなく正直拍子抜けの日々を送っていた。

そして何も起きないと危機感は薄れていき、現実を認めたくなかったこともあり、目の前に期末テストという問題が迫ってくるとあっという間に頭の片隅に追いやってしまった。


「なー問い3の答えってなんにした?」

「あーあそこの答えはX^2-1にしたけど」

「まじかよ……終わった」

「いや一問ぐらいで何そんなに落ち込んでんだよ」

「そこが唯一自信あったとこなんだよ」

「あーそれは……」

「終わった俺の夏休み。ちくしょー数学なんか大っ嫌いだ」

「そんなこと言ってまだ今日は初日だぞ、明日もあるんだからよ」

「あー嫌だ嫌だ本当にテストなんか無くなっちまえ」


そう言いながら机に突っ伏し恭一は動かなくなる。確かに二日目を待たずしてほぼ補修が確定となれば俺もこんな風になっていたかもしれない。

俺自身は今回のテストは可もなく不可もなくといった感じの手ごたえだ。元々そんなに頭のいい方ではないが、極端に悪い方でもないためいつもテストの成績は学年の中間から少し上あたりに収まっている。

おそらく今回もその辺りで落ち着くんだろうなと思いながら哀れにも散ってしまった男の背中を眺める。机に突っ伏して全く動かなくなっていた恭一だが、がばっと起き上がると


「やけ食いじゃーやけ食い食わずにやってられるか」


急にそんなことを叫びだした。


「いや、そんな時間あるなら少しでも勉強を――」


指摘しようとするとキッっと強い目線でこちらの言葉を封じてくる。そのまま俺の腕をつかむと


「よっしゃいくぞ」

「いや、ちょっとまて、やけ食いなら一人でしろ」

「何言ってんだ、お前も道連れだ、そしてお前も赤点になってしまえ」

「用事があるんだ放課後は勘弁してくれ」

「いつもそれだ、今日こそは逃がさねえぞ」

「いや、ほんとにまって。誰か、誰かー」


俺の助けを求める声もむなしく、そのまま強引に教室から引っ張り出された。




「で、満足したかね恭一君?」


目の前でラーメンを食べる恭一に問いかける。今いるのはとあるデパートのフードコート、それなりの数の店が入っており色々と食べたい時には重宝する。

恭一はすでにお好み焼きを食べ終わり、二品目のラーメンにとりかかっている。正直晩飯のこともあるしそこまでお金を使いたくなかったのもあり、俺はちびちびとソフトクリームをなめている状態だ。


「ふご、ふごふご、ふご!」


ラーメンを口に入れたまま恭一が何かこちらに話しかけてくるが、何を言っているのかさっぱり分からない。これがわかる人がいるならその人はエスパーだと断言できる。


「取りあえず、口の中のもん飲み込んでからしゃべれ」


「ん、んぐっ、んぐ……ぷはっ、ふーやっと喋れるぜ」

「どれだけ口の中に突っ込んでんだよおまえは」

「いやーこのラーメンがうまくてついな。それより祐一やけ食い立ってのにお前全然食べてねーじゃねーか」

「いいんだよ俺は。第一元々やけ食いする予定なんかなかったんだからよ」

「ったくお高くとまりやがって、お前も明日赤点とりやがれ」

「なんちゅーひどいことを言うのかねえ……」

「ふんっ」


そう言いながら再びラーメンと格闘し始める恭一。その姿を眺めながらふと遠くを見ると――いつか見た少女が目に入った。

小柄な体、少しくすんだ髪、少女は一人で来ているのか一人テーブル席に座りその体に似合わず牛丼を食べている。

そんな普段ならほほえましく映る姿は俺には全く違うものに見えて、あの日の光景がフラッシュバックしそうになる。

頭の片隅に追いやっていた殺されかけた記憶。空を飛ぶ少年、騎士を呼び出す少女、まるで物語の中のような人物はやはりしっかりと存在していて、こんなにも日常に溶け込んでいる。

どうみても少女としか言い表わせない彼女が実は非現実な世界の住人で――


「おいっおいっ祐一」

「……あっ、うん、すまん」


そんな俺の思考は恭一からの呼びかけで中断された。


「お前大丈夫かよ、ソフト溶けてんぞ」


そう言われて手元を見てみれば無残にも溶けてしまったソフトクリームだったものが手を濡らしている。正面を見てみれば恭一のラーメンもいつの間にか空になってしまっている。


「そんなにも見とれちまって、可愛い子でもいたか?」

「まっ……」


そう言いながら俺の見ていた方を見る恭一。見るだけで危害を加えられることはないと思うが反射的に止めようとして、同じ方を見れば、いつの間にか少女はいなくなっていた。




あの後恭一と別れ家路を急ぐ。いつもより遅くなってしまったが最近は日も長くなってきており、無事に日が落ちる前には帰宅できそうだ。

今日の出来事を思い出す。あの日見た少女が日常に溶け込んでいる光景。

いや、それよりも彼女がまだこの街にいるということは、おそらく追っていたであろうあの少年もまだこの街にいるであろうということ、考えないようにしていた事実を直視させられる。

恭一の言っていた“噂”程度に広まってしまっているのも、今は被害者がいないがいつかは巻き込まれる人が出るかもしれない。その事実が深く胸に突き刺さった。



夕食を終え、テレビを眺める。本来なら明日のテストに向けて勉強をするべきなのだろうが、一切体は動こうとはしない。それよりも昼間から考えていることが胸をよぎる。

もしかしたら誰か犠牲者が出るかもしれない――だからどうしたというのだ。俺もしがない一般人であり、こんなことは警察なり、あの少女になり任せるべきだと俺の理性的な面がささやいている。

ただ、それに巻き込まれるのが自分の身近な人ならばここで行動しなかったことを後悔するのではないだろうか。

昔から考えていたことがある。それは自分の持つ特殊な力のこと。それこそ例の空を飛ぶ少年のような一般人とは違う力、臨んで手に入れたものではないにしろそれが使えるときに使うべきではないのか。

幸い毎日トレーニングは欠かさずやってきている。おそらく体はちゃんと動く、後は自分の意志だけだと思う。

リビングの天井を見ながら色々と考えるがその思いがループする中、取りあえずいつものトレーニングをしようと結論付けソファーから体を起こす。

腹筋などを終えランニングの準備をする。そして金属バットを持って家を出る。

なにこの金属バットは近くの公園で素振りをするために持ち出したのであり、他意はない。

それに今日のランニングが多少遠回りになったとしてもそれはより体を鍛えるためであり、そこに他意はないはずだ。




そんな事を考えながら出てきた俺だったが、期待している人物に出会うことはなかった。

いつもより遠くへ行ってみたり、この前のように路地裏へ顔を出したりしてみたが、町は平和そのものでやはりこの前のことが嘘のようである。

というかそんなに簡単に出会えるのならもっと目撃者がいるはずだし、噂ももっとしっかりしたものになるはずだ。

公園のベンチに腰掛けながらコンビニで買ってきた水を口に含む。今まで動きまわっていたせいか水分をとると一気に汗が噴き出してきた。

ベンチに座りながら公園の時計を確認するともう十時近くになっている。さすがにこれ以上探していてもしょうがないと思う一方、見つからなくてよかったと安堵している自分がいる。結局空振りになってよかったのだそう思いながらふともってきた金属バットに目を移す。

こんな時間に金属バットを持って公園にいるところを警察に見られたらそれはそれでめんどくさいことになるだろう。一応素振りという名目で持ってきているのでそれらしい言い訳はできるが面倒事は避けれるならそれに越したことはない。

見つかる前にさっさと帰ろうとして金属バットを手にとり立ち上がった瞬間――


「ん?そこの人」


いきなり声をかけられ体が“ビクッ”として思わず金属バットをとり落とす。“カランカラン”という金属バットの転がる音を聞きながら振り向くと


「やっぱりこの間の少女ではないか」


会いたい様で会いたくなかった例の少年が微笑を浮かべたままこっちを見ていた。

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放課後のシンデレラ @nasusanunasu

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