第3話 結成!pastel bouquet

アイドル事務所『フラワーマーチ』が所在するビルの1階には、全国に展開している有名なファミレスがある。

他客による話し声や店内放送が少し騒がしいが、話し合いの場としてはフラワーマーチの定番スポットである。事務所には談話室もあるのだが、景色が変わることで新たなアイデアを取り入れられるのではないかという柊穂多瑠ひいらぎほたるの意見でこの場所を利用している。ちなみに、柊穂多瑠というのはフラワーマーチのプロデューサーである。そんな彼女を抜き、ユニットを組むことになった3人だけでの話し合い。窓際の座席に腰掛けるのがその3人――小紅こべに桃李とうり玲雅れいがである。

「プロデューサーや社長が言ってたけど、私たち、ユニットを組むにあたって名前とコンセプトを決めないといけないみたいよね…… 何かいいのあるかしら~?」

流れる沈黙を割いたのは小紅だった。

「はい、はい、はーーい! ゆめかわいいアイドルってどう!? 夢の中の世界でふわふわ~~ってするような!」

はつらつと手を上げて発表する桃李。名前に似合う桃色のショートヘアーの毛先が身体の動きに合わせてぴょこぴょこと揺れている。

「ゆめ……? せかい……? ふわふわ……? ゆめかわいい……??」

小紅には桃李の話した内容がサッパリ理解不能らしく、頭上にはてなマークを浮かべていた。見かねた桃李が『ゆめかわいい』について説明する。席をバッと立ち上がり、

「小紅! ゆめかわいいってなにか教えてあげるよ! ゆめかわいいって言うのはね、ふわふわ~~で夢の中みたいで女の子らしい世界観のことっ!」

「説明が大雑把すぎて伝わりにくいでしょ……」

「玲雅!? いつから起きてたの?」

桃李の隣でずっと寝ていた玲雅がいつの間にか起きていた。玲雅の方がより窓際に近いため、西日が当たって眩しそうだ。

「……トーリが『ゆめかわいい』について嬉々として語るあたり? わたしはキラキラ輝くトーリが好きなの…… この眼に一秒でも長く焼き付けておきたい程だわ……」

「里見ちゃん、あなた歌詞かけそうね~」

「……zzz」

「無視!?」

小紅の話には興味が無いのだろう。小紅が玲雅に視線を移すと夢の世界にトリップしていた。会話に全員が加わり、話し合いはスムーズに行われるかと安心できたのはわずか数秒のことだった。

「……それで、それが『ゆめかわいい』ってやつなのね?」

ドリンクバーで注いできたコーヒーを口にして、小紅は桃李に再度質問する。

「そう!! ちなみに、ボクが今着てる服も『ゆめかわいい』に入るかな?」

桃李が着ているのはピンク色を貴重としたワンピースだ。膝丈のスカート部分にはメリーゴーランドのイラストがあしらわれている。なんとも見ているだけで甘味を食した気分になりそうな1着だ。

そして彼女は小紅の目の前でくるんと一回転。大胆にスカートが風で跳ね上がり大事な部分が見えそうになる。

「桃李くん、あなた女の子だから隠して! 見えちゃう!」

「えッ!? み……見た?」

慌ててワンピースの裾を抑えて恥ずかしそうにじぃっと小紅を見つめる。その顔は熟れた林檎のよう。

「それから、くん付けで呼ぶのをやめてくれないかい?」

その恥ずかしさを誤魔化すようにこう付け足した。半ば彼女の本心でもあるのだが。

見つめられた小紅は額に汗を浮かべると、

「うふふ……まぁ、そんなことは置いといて、コンセプトはゆめかわいいで――」

「話をそらそうとするなーーーーッ!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「それじゃあ気を取り直して、私達のグループ名とコンセプトを決めましょう。コンセプトはさっきのゆめかわいい、でいいかしら~?」

「賛成ですっ!」

小紅の一言により仕切り直されたグループ会議。

「じゃあ、改めて……グループ名を決めましょう? 何かいい案あるかしら?」

「はいっ!」

ふたたび勢いよく手をあげる桃李だった。

「あら、積極的ねぇ桃李くん」

すると、桃李は玲雅の方を向いて、

「玲雅の意見が聞きたいな。玲雅、君はなにかコンセプトやユニット名について意見はあるかい?」

「コンセプト? ユニット名? ……わたし、特にない。トーリが言った意見でいいと思うわ……」

顔を伏せて寝ていた玲雅は起き上がりそれだけ言うと、再び寝る体勢へとシフトした。

「「それだけ!?」」

小紅と桃李の声が重なる。

「いやいやいやいやちょっと待ってよ! 玲雅もせっかくだから意見だすの参加してよ! ていうかボクの意見覚えてるの!?」

「『ゆめかわいいアイドルってどう!? 夢の世界でふわふわ~~ってするような!』……でしょう?」

「一言一句逃さないとはさすがね……」

ふたりの会話を聞いていた小紅が少し呆れたように苦笑い。

「わたしはトーリのための里見玲雅なの。……だから、トーリがいう意見がいいと思う……」

恍惚の表情で頬杖をつきながらいう。その目にはハートマークが浮かんでいた。「はぁ……わたしだけのトーリ。天使ってこの世にいるのね……」といつの間に桃李を隠し撮りしていたのだろうか、視線がカメラに向かれていない彼女の写真を広げて眺めている。

「ちょ、ちょっとまって!? それボクだよね!? いつ撮ったの?」

「……企業秘密♡」

玲雅は艶っぽく微笑むと桃李の唇に人差し指をあてた。その指を振り払うと、桃李は慌てて写真を取り返そうとした。

「っ! 恥ずかしいよ! 返せ!」

「い・や・だ♡」

写真は着席する桃李の手が届かない位置へと上昇。ひらひらとそれを振り、笑う。

「……これはわたしのものなんだからね?」

「……話が脱線しているし、里見ちゃん、あなた、そんなキャラじゃなかったわよね……??」

展開についていけなくなった小紅がたまらずやんわりと突っ込んだ。

「グループ名っていつ決まるのかしら……?」

「あッ、そうだったね!」桃李は頭の後ろへ手をやって舌をペロッと出す。てへぺろ、というやつだ。

「グループ名かぁ、『my little melody』なんてどう? 小さなメロディがどんどん大きくなって~! みたいな感じなんだけどさ!」

「却下」

速攻却下という判断を下したのは意外にも玲雅だった。

「それ、トーリの趣味でしょ。あのピンクのうさぎでしょ。著作権にも引っかかるじゃない」

淡々とした口調に鈴の鳴るような小さくも強い声があいまって、より言葉の鋭さを感じる。彼女ははっきりとものを言うタイプらしい。痛いところを疲れた桃李は頬を膨らませ、

「じゃあ玲雅はなんかいいアイデアがあるのー……?」

ジーッと横にいる玲雅を見つめる。

玲雅は「ある」とだけ返答。カバンからスマホを取り出してメモアプリを立ち上げ、慣れた手つきで英語のキーボード入力をする。そして、画面を2人に提示した。

そこに書いてある文字は『pastel bouquet 』。pastelはその名の通り「パステルカラー」を指す。bouquetとは「花束」という意味だ。

「……どう? わたしたち3人って、髪の色がパステルカラーじゃない。わたしたちがライブに来てくれたお客さんを楽しませたいから。楽しませたいって、花束送るのもそういうのじゃない」

「あぁ、いいかもしれないわね! 賛成よ」

提案を聞いていた小紅が納得して頷く。

「うん! ボクもすっごく素敵だと思った!! ナイスアイデアだよ、玲雅ぁ~~~~~!!」

勢い余って玲雅に抱きつく桃李。

玲雅は彼女を抱き返す。

「ああ、トーリがわたしを抱きしめてくれた……やっぱりわたしたちって結ばれてるのね……うふふ……離さない、絶対に話さないから……」

「ずっとずっと離れずにいようね!」

抱き合いながらなかなかヘビーな約束をしている2人だった。

(……すごい光景ね)

完全に、小紅は展開についていけなくなった。テーブルの向こう側に温度差を感じる。これは、私のノリが悪いだけかしら……そんなはずないわよね。と言い聞かせて口許をきゅっとあげてみる。私がしっかりしないとね。抱き合う2人に向かって、確認を取る。

「ふふ、それじゃあ、『pastel bouquet』でいいかしら?」

「ええ……」「うん!」

玲雅と桃李の声が重なり、3人の意見が一致した。小紅がテーブルの中央で右手を差し出す。桃李、玲雅と続いて手を重ねた。

小紅は明るい茶色の瞳を細め、こう告げた。

「『pastel bouquet』結成! ふふ、頑張りましょう」

「「「おーーー!」」」

3人の右手が高くあがった。

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ふらわーまーち!~ flour march! ~ ありみやゆきほ @you_kick_hot_army

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