城跡

前花しずく

第1話

 列車から降りてバス停に向かう。丸1日以上列車に揺られていたものだから、腰がどうにかなりそうだ。駅前広場は閑散とし、海風がびゅうびゅうと吹き付ける。列車の本数は少ないものの、循環バスは一時間に二本走っているらしい。古い町並みが有名な観光地だからであろう。その城下町の中心であったはずの城は、石垣だけ残して朽ちてしまったらしく、今は城跡公園になっている。

 なぜそんなに知っているのかと問われれば、以前来たことがあるからだ。高校二年生の頃に父親に連れられて、車で高速をこれまた丸一日走ってこの町を訪れた。その時はホテルに車を起き、散策はこの市内バスで行った。この駅から乗ると、そのホテルも経由することになる。

 かつてのことを思い出しているうちに、ロータリーに小さなピンク色のバスが入ってくるのが見えた。どこまで乗っても100円らしいのだが、明らかに採算がとれていない。観光用にも関わらず地元のじじばばしか乗っていないバスは、国道に出た途端にアクセルをベタ踏みする。実際はそれほどスピードが出ている訳ではないのだろうが、年配の運転手の際どいハンドリングと、この車種独特の床の低さで、体感速度が異常に速い。

 吉田松陰ゆかりの記念館でも誰も乗ってこず、以前に泊まったホテルの前ではじめて観光客らしき夫婦が乗り込んできた。その後は記念館の裏の山の中へ入り、坂を上ったり下がったり、住宅街に寄ったりして、一通り山を走り尽くして、記念館の横に出てくる。一体全体この山を回る必要があるのかは疑問だが、そんなことをいちいち気にしてたんじゃやっていられない。

 橋を越え、市の中心街を幾分か走ると市役所の敷地の中にある停留所に到着する。ここでもう一本のバスに乗り換えるために降りる。実際のところ、駅から市役所まで歩けばバスに乗って山を回るより早い気もするのだが、何せ冬真っ只中の気候なもので、ジャケットを羽織っていてもびゅうびゅう吹き付ける海風に縮みあがってしまう。また、循環バスは一方通行なので、必然的に乗らざるを得ない。

 市役所の停留所で2つのバスが接続し、同時に発車する。どっちのバスもピンク色でどっち方面行きのバスだか分かりづらい。ここから東へ200kmばかり行ったところにある、城下町の有名な観光地では、バスは行き先によって赤と緑に塗られていた。

 さて、乗り換えてしまえば後は黙っていても城跡に着く。終点でないため、眠るわけにはいかないが、しばし車窓を楽しむことができる。こちらのバスのルートは海沿いを走るので、海風に悶えることなく、冬の日本海を拝むことができる。日本海は荒れているとよく聞くものだが、この海岸線はそうでもないらしい。父親は姉とここへ海水浴に来たなんてことも言っていたほどだ。自宅から900kmも離れた場所へ海水浴しにこようなどとは、常人は思うまい。

 海岸線を抜ければすぐに目的地に到着する。100円を運賃箱に放り、運転手に軽く会釈をし、喫茶店なんだかお菓子屋なんだかよくわからない店の前に降りた。道の脇には城のお堀のようなものがあるが、これは淡水と海水の混ざったような川だ。

 橋を渡り正面から中に入ると、本物のお堀と石垣が見える。お堀の上にかけられた橋を渡ると、石垣を内側から見ることができる。だからといって何があるわけでもないのだが、そのまま石垣の階段を上った。石垣の上に立つと海風に吹き飛ばされそうになる。大の大人でも何か掴まるものがないと直立しているのは厳しい。風に耐えつつ左を見れば、松林の向こうに海が望めた。

 一通り眺めてから石垣を降りる。海の方に歩いていけば砂浜に出られるのだが、あまりに寒くて堪らないため、公園の横にある定食屋兼みやげ屋に転がり込んだ。そして、4つしかない机のうち1つに座ると、エプロンを掛けた女性が奥からしずしずと出てきた。

「いらっしゃいませ。こちらお茶です」

 女性はそう言いながら、お盆に乗ったお茶を差し出す。

「ありがとうございます」

 お茶を受け取りながら彼女の顔を覗く。4年前に来たときには仏頂面だったのが、今では慣れたのか、すっかり営業スマイルを身につけている。

「お若いですよね。おいくつですか?」

 注文したカレーを運んできたところで、そう聞いてみた。

「えっと、今年で21になります」

 不躾な質問だったと思うのだが、彼女ははにかみながら教えてくれた。21ならば僕と同い年である。道理で4年前に見たとき、ときめいたはずである。僕は同い年以下しか恋愛対象に含まない主義なのだ。

「僕、4年前にも一度ここへ来たんですけど、その時もここにいましたよね?お手伝いだったんですか?」

「そうですね~。高校の間はお手伝いで、卒業してから後を継ぎました。4年前……すみません、覚えてないです」

 その時は父も僕も黒ずくめで、互いに何も会話を交わさなかったのだから覚えてなくて当然である。

 カレーを食べ終えて、この店の利益になるようにお土産も買って、挨拶もそこそこに後にした。わざわざこの町に寄ったのはあなたに会いに来るためだ、なんて口が裂けても言えまい。僕は海風に吹かれ、バスを待ちながら、今後の旅をどうするか考えていた。

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城跡 前花しずく @shizuku_maehana

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