第8話 お年頃、デスか?

 ロッテの登校初日。


 洗濯物と格闘し、部屋の整理をしているうちに夕方になった。学校はそろそろ終わっている頃だろうと、俺は夕飯の準備をしながら考える。


「まっすぐ帰ってくる、か?」


 どうだろう、まだ初日だからクラスメイトとの距離は開いたままなのか、それとも彼女のことだからすぐに友人を作って遊びに行ってしまうだろうか――。


 遊びに行くとしたら――。

 悪い友達でなければいいが。


 電車を乗り継げば三、四十分程度で渋谷くらいまでなら繰り出せる。日本に憧れていたロッテにとって、誘惑は多いはずだ。級友に誘われればふらふらと着いていくかもしれない。


 そういえば門限も特に決めていないし、何時に帰ってくるか分からない。あれでしっかりした面もあることだし、心配することはないと思うが……。


「…………」


 学校の様子をもっと細かに聞いておくべきだったかもしれない。素行はどうか、放課後の様子はどうか――あの教頭に念を入れて確認しておけばよかった。


 進学校だと言うから変な生徒はそうそういないのかもしれないが、勉強のストレスから暴走するケースもあるだろうし……普通、留学生は取っつきにくいだろうが、ロッテほどの美少女なら男子も女子も放っておかないだろう。


「む、迎えに行くか?」


 いやいやいや。

 それは過保護というものだろう。


 ――そうでもないか?

 ただの女子高生ならともかく、彼女は来日したばかりの外国人なのだし、それに王族なのだし、万が一彼女の身に何かあっては取り返しのつかないことになる。若者への誘惑は多い。酒にドラッグ、夜遊びに男に……!


 そこまで思考したところで俺は調理を中断し、気づけば財布とスマホを引っつかんで、玄関に向かっていた。


 と。


 玄関戸の鍵が開き、ロッテが帰宅した。ばったり鉢合わせた俺を見て、ロッテはその大きな眼をぱちくりさせた。


「お出かけデスか?」

「い、いや。お帰りなさい……」

「はい、ただいまデス!」


 にっこりと笑顔。よかった、無事だ。


「学校、どうだった?」

「胸、ばくばくしましタ! でもみんなイイ人」


 聞くと、やはり放課後誘われたのだと言うが、まだ家にも慣れていないからと約束を伸ばしてもらったらしい。やはり懸命な少女だ。


「えっと、お腹は空いてる?」

「ぺこりん!」

「……じゃあ着替えといで。夕飯できたら呼ぶから」

「はい!」


 ちなみにロッテの昼食はコンビニのパン。弁当を用意する、ということに思い至らず、購買部の存在も不確かだったので、申し訳ないと思いながらも登校途中にコンビニで調達したものだった。


 そりゃあお腹もぺこりんだろう。

 ……ぺこりんて。


 ・・・・・・


「なに作ってマスか?」


 今日はロッテもキッチンに入ってきた。

 俺の隣に並んで手元をのぞき込んでくる。


 なんだか昨日よりも距離の近い彼女に、俺は本日のメインディッシュを紹介する。


「肉じゃが」


 つくってあげたい手料理=肉じゃが


 という方程式しか浮かばなかった俺は、朴念仁ぼくねんじんというかただの古い人間なのかもしれないなと自嘲しつつも、まあ和食の定番メニューのひとつではあるしと自分を納得させていた。


「ミック・ジャガーじゃないよ?」

「??」

「いや、ごめん。何でもない……」


 イギリスのミュージシャンを引用したギャグ(オヤジギャグ)で和まそうという俺の思いつきは、世代の違いによって打ち砕かれた。というかとても恥ずかしい。知らないか、ローリング・ストーンズ。


 うん、まあ、俺も世代ではないし、欧州の人だから知っているはずだとひとくくりにするのも失礼というものだろう。


「それ、見てマスか?」

「ん? ああこれね。そう、料理アプリ」


 カウンターの上に置いた俺のスマホには、肉じゃがの作り方が表示されている。正確にはアプリの画面ではなく、インターネット閲覧用のアプリで開いたレシピの画面だ。


「ユーザーがレシピを公開してくれてるんだ。けっこう便利なんだよ」

「ほほぅ……」

「見てもいいよ」


 俺が言うと、ロッテはスマホを手に取ってのぞき込んだ。

 なにやら興味深そうだ。


「…………」


 その立ち姿に、俺はしばし見とれる。

 朝、学校で見せた『王族モード』ほどではないが、こうして改めて観察すると妙な存在感が彼女にはある。


 ストロベリーブロンドの髪をアップに結んで、ごくごく普通のロングTシャツを着ただけの格好。特に居住まいを正しているわけではないのに、キッチンに立っているだけで絵になっている。


 ロッテには、何かに興味を惹かれると唇が尖る癖があるらしい。

 画面をスクロールしながら――日本語を解読しようとしているのかもしれない――形のいい唇を突き出している。


「タカユキ」


 不意にこちらを振り向かれて、堂々と盗み見をしていた俺は慌てて取り繕う。


「な、なんだ?」

「これ……えっちなページ?」


 笑顔とともに差し出されたのは、料理サイトとは別のタブで開いていたインターネットのページ――昼間にロッテの下着を干すために『女性 下着 干し方』で検索してたどり着いた、ごく健全なサイトだった。


「い、いやそれは!」


 健全だが、ばっちり下着が映っている!

 ちがう! 誤解なんだ!


「タカユキ……おぬしもワルよのぅ」


 ロッテは意地悪に笑って、スマホを持ったままリビングに逃げる。


「ちょっと待てって! 説明させろ!」


 小走りに逃げるロッテの背中を追う。ローテーブルを回り込んでソファの背後へ。


 くそっ、すばしっこい!

 はしゃぐ子犬か!!


 リビングでばたばたと追走劇を繰り広げたあと俺は、昼間の葛藤についてしっかりばっちりと説明させられるハメになった。


「なんか、すまん……」


 俺がひととおり説明すると、しかしロッテは気分を悪くするでもなく、むふふと笑って、


「くるしゅーない、くるしゅーない」


 だからなんだその日本語は。

 今日は時代劇か?


「タカユキもオトコのコ。飢えたケモノ。仕方ありませんカラね」

「やっぱ分かってねぇだろ」


 いや、分かっていてからかっているのかもしれない。

 

「ったく……。つーか、ロッテもロッテだぞ。他人ひとのスマホを勝手に操作しないこと」

「えへへ」


 こいつ、可愛く笑えば許されると思っているのだろうか?


 いや、まあ、許すけども……。




 ともかく、そうこうして、俺は夕飯づくりに復帰し、ロッテは取り込んだ洗濯物をたたむ作業に移ったのだった。

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姫がダブピでホームステイ!! ナナフシ07 @nanafushi07

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