シーフード茶漬け

水木レナ

シーフード茶漬け

 蒸し風呂だ。

 昨年冬の間から今年は猛暑と聞いていたけれど、梅雨のさなかに熱帯夜が襲ってくるとは思いもしなかった。アキオはミカに勤労感謝の日にもらったセンスで首元を扇ぎながら、我が家に帰ってきた。

 我が家。ローンは残っているが、ミカの待つ愛のテリトリー。の、はずだった。そこはアキオが漢としての務めを果たし、憩いに戻る場所。

 だからって! ミカさん、その恰好は! 

 出迎えたミカはぱっつんぱっつんにくいこんだスクール水着を着用していた。

「あ、なんだー。アキオさん帰ってたの?」

 恥ずかしげもない。アキオは頭が痛くなった。

「どういうことなの、ミカさん……」

「だって真夏日だったんだもん」

 だからって! 目のやり場に困りますう!

「アキオさんも海パンにしたら?」

「余計なお世話です」

「結構涼しいのに……」

「あーもう、ただいま!」

 言い忘れていたっけな。

「うん、お帰りなさい」

 ミカのこの言葉を今日初めて聴いた。自分が帰ってきてそうそう「帰ってたの?」と聞く彼女である。何ともマイペースすぎる。

「それはともあれ、水風呂と海パンは用意してあるけれど、どうする?」

 どうするって選択肢がそれ以外にないの?

 そりゃもう頭から水を被りたいくらいに暑かったし、まともじゃない恰好以外、ミカの心遣いはありがたい。

 ……けど、やっぱり目のやり場に(以下省略)

「軽食……お願いできるかな? 台所は蒸すと思うけど」

 ミカははみ出そうなバストをグンと張って、

「まかせて!」

 アキオはすっかりリラックスしているミカの様子に、

「大丈夫そうだな……」安心感を抱く。

 それと同時に、帰宅時のやりとりですっかり毒気を抜かれ、かわりに後悔に似た感情が、疲れていた体に上乗せされた。自分の今日はこれでよかったのかと。

 脱げかけた靴下を引きずり、きゅうきゅうに締められた、二年前の誕生日に(以下省略)ネクタイに手をかけながら、いつも整えられているリビングに踏み入った。

 台所はその奥である。

 ああ、ミカさんネクタイとってくれないかな。腕がだるいよ、さっきからなぜか。あー、靴下廊下に落としてきちゃったかな……。

 オランダ製の規格外に大きなソファにちょこんと座り、料理が出てくるのを待つ。

 流しの上の扉を開け閉めさせているのが聴こえる。鍋、フライパン他、たこ焼き機やモッフル焼き機、ホットプレートが入っているところで、バストの重いミカには背伸びがきつい。

 やがて、あきらめたのか炊飯器をぱくっと開ける音がした。

 うん、シンプルイズベストだよ。

 ミカが手にしてきたのはじゃこと塩昆布がしこたま乗せられたごはん茶碗だった。アキオは自分で電気ポットのお湯を注ぐ。悪くない組み合わせ。

 お茶漬けは数か月ぶりだ。ありがたさで、重くなっていた腕を楽々動かせるような気がしてくる。

「気が利いてるな」

 言うとミカは投げキッスを飛ばしてきた。あやうくお腹がいっぱいになってしまうところだった。

 ふーん、じゃこね。それに塩昆布。

「さりげに、シーフードじゃないか!」

 ミカはざっぷーんという波音と共に、両腕を広げてきた。わるいが抱きとめる腕はない。両手で箸と茶碗を持っているから。

「とにかくいただくよ。いただきます!」

 箸のほんの先だけを使って、そそと食べる。

「あー、おいしいよ」

「私とどちらがおいしいの?」

 アキオは吹きそうになった。

「食べ終わったらミカさんもおいしくいただきます」

「ふむ、よろしい」

 これが恐妻家と言われる所以だ……でも、まあ。スク水はもうマニアックだから、二度とやらないでほしい。

 何の変哲もない木目調のテーブルの向かいにバストをのっけて、ミカは気だるげにため息なんてついている。どうやらマンネリは免れそうだ。

 これが幸せなのなら、何を言う必要があるだろうか。


                END

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シーフード茶漬け 水木レナ @rena-rena

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