第2話 エピトーム(後)


エピトームのリストに愛娘らしき人物が載っていた日から三日が経った。あの後佐藤はその人物をリストから外した。そしてこの三日間いつも通りに仕事をこなしていた。だが、今までと違い時折リストにあげられた人物が自分が知っている人物ではないかと考えるようになっていた。


こいつらが俺の知っている人であろうと関係ない、妻と娘さえ守れればそれでいいんだ。考えてはいけないと思っていた、考えてしまえば自分が多くの屍の上に立っていることを自覚してしまう。自覚してしまえば、今まで通り仕事をする自信がなかった。努めて他人に無関心を決めるということは、自分が他人と何らかの関係を持っていることを受け止めるのが怖いのである。


今まで通り深く考えずに与えられた職務を遂行するだけだ。先日のあれはエピトームの間違いだったのだ。エピトームがバグって偶然にも娘と似た人物をリスト化してしまったのだと思い込んだ。


そのように考えてここ数日仕事をしてきた。そして今日は後二人エピトームがリスト化した人物を確認すれば仕事が終わる。そして佐藤の動きが止まった。先日リストから外した人物が再び載っているのだ。


佐藤の作業の手が止まる。


額から冷や汗がにじみでるのが分かる。


一旦落ち着こうと思い、佐藤は席を立つ。そしてそのまま喫煙室に移動する。喫煙室内には既に数人が一服していた。そのため喫煙室内は白煙に包まれており、喫煙室内に入りたばこの匂いで満ちている空間にほっとした。佐藤は煙草を吸いながら心を落ち着かせる。


あれは間違いではなかった。エピトームは確実にあの人間がこの社会に不要と判断している。ならあの人間は死ぬべきだ。それにエピトームは知っている人間をリスト内にいれない。あれは娘によく似た経歴、性格を持つ別人である。だから、通しても問題はない。



――だが、もし本当に娘だったら。俺は自分の手で娘を殺したことになるのではないか。



通せない、娘が死ぬなんてことはあってはならないんだ。再びエピトームにNoを叩きつけてやろう。お前の選択は間違っていると、俺の娘は殺させないと。佐藤は煙草の火を押しつぶすと喫煙室を出て、自分のデスクに戻る。



ディスプレイを見て、はて、と思う。先ほどまで見ていた人物とは違う。経歴、性格

がまったく違うのだ。佐藤は他のリストの人物を見直す。いない、Noを選択しようと思う人物は消えていた。そして佐藤が確認すべき人物は後一人になっていた。



佐藤は首を傾げる。ここ数日疲れていて、睡眠もしっかり取れていなかった。先ほどまで実は夢を見ていたのではないか。だが鼻腔にこびりついた煙草の匂いが夢ではなく現実だと訴える。



気味が悪いなと思いつつ、その最後に確認すべき人物の経歴、エピトームが分析した性格を確認する。確認が終わったところで佐藤は首筋に死神の大きな鎌が自分の首に突き付けられているように感じた。背筋が凍る、周りの時間が止まったような錯覚を感じる。



そう、これは――自分だ。




駅のホームで電車を待ちながら佐藤は思った。仕事を辞めて、この国から出よう。娘の病気も自然豊かな所に行けば治るかもしれない。この国に居れば自分も娘もいつかは殺されてしまう。だから、明日辞表を出して、すぐにこの国を出よう。もしかすると今まで辞めていった人間も同じような体験をしたのかもしれない。


ポーンと音が鳴り響き無機質な声が電車の到来を告げる。


思えば人が人を必要かどうか判断をすることがおかしいのだ。人は神にはなれない、そしてエピトームも。だからこの国は狂っている。人が人であり、冷酷な管理者がいない国に行こう。これ以上ここにはいられない。



電車がホームに近づいてくる。ホームに停まるべく減速しながら近づいてくる。


――佐藤は浮遊感を感じた。


ああ、咲、奏。




暗く、冷房が効いた一室、そこには大量のPcが稼働していた。そしてその部屋の奥のディスプレイにはいくつかの端末が立ち上がっていた。そしてその一つ、黒色の端末上に新たに緑色の文字が出力される――佐藤智

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エピトーム 緑川碧 @tsubaki_ao

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