第27話

 翌日、フラン達一行はローレルのディーラー前にいた。イズミとヨルはたまり場の仕事で留守番をしている。よって今いるのはフラン、ユズハ、サルガルド、そしてサンがいた。よほどのことがない限り私的なことで顔を出さない彼がこの場にいることが、幻の楽園にとってどれほどの一大事なのかを証明していた。



 ローレルのディーラーがあるこの通りは正式名称をスイート通りと言い、別名富豪通りとも言われている。車はもちろん、洋服、時計、オーディオ機器など、超一流のブランドが軒を連ねる通りである。そしてその中でもローレルは他を圧倒していた。端から橋までおよそ1キロ以上はあるのではないかと思われる敷地の中にあるビルは、600メートルほどの大きさで2階建て、そして威厳と繊細さを持ち合わせた極めてハイセンスなデザインをしていた。



 事前にネットで調べた情報では、ここは車を買う目的でも訪れる人が数多くいるという。というのも1階はディーラーだが2階は小さな自動車博物館となっており、ローレルの歴史が学べ、過去の名車などが展示されている。よってローレル側も自社の車を知ってもらうために設けているので、見にくるだけの客、極端な話貧乏人でも大歓迎ということだった。



 マックスとマイケルは中へは入れないので、邪魔にならない所で待機させた。



 「いらっしゃいませ」



 中へ入ってすぐ、年は20代くらいの男性店員が挨拶をした。その所作全てが完璧であり、ユズハはこれだけで来た甲斐があったと思えるほどであった。



 「車を見させていただきたいのですが」



 サンが敬語を使っている、と他の団員は意外な所で驚いていたが、すぐに我に帰る。



 「かしこまりました。わたくし本日お客様の担当をさせていただきますサイトウと申します。車種などはお決まりでしょうか?」



 「それが、御社の車を何も知らないんです」



 「かしこまりました。弊社では現在販売しております全てのモデルをこの1階で展示しております。ごゆっくりご覧くださいませ」



 「全部展示してるんですか!?」



 ユズハが思わず驚きの声を上げる。



 「はい。もし気になる点などありましたら、お尋ねくださいませ」



 そう言われ店内を見てみると、8台の車が展示されていた。その中から入り口に一番近い車に近づき、サルガルドが質問した。



 「こいつはどういうモデルなんだ?」



 「こちらは弊社のベーシックモデルとなっております。丸型のライトが特徴的です。ハイブリッド車でリッター14キロになります。弊社のモデルでは比較的リーズナブルなお値段ですので、こちらをお買い求めいただくお客様が一番多くいらっしゃいます」



 「値段は?」



 「税込で110万ケルトでございます」



 「ふうむ......」



 サルガルドは思わず唸った。



 「ちなみに弊社は全てのモデルで内装、シートの色を選べるようになっております」



 「例えばだがシートを赤で、内装を茶色とかにも出来るのか?」



 「はい、もちろんでございます」



 「お前はどんな趣味をしてるんだ」



 サンがサルガルドの独創的なセンスに茶々を入れる。



 「座席に座って見ても良いか?」



 「はい、もちろんでございます。どうぞ」



 サイトウはそう言い、後部座席のドアを開けた。さながら小説に出てくる執事のように。



 「おぉ、こいつはすげえ。一瞬で眠っちまいそうだ。ベーシックモデルでこれかよ」



 それを聞いたサイトウが穏やかな笑みを浮かべる。



 「よいしょっと。他にも見せてもらおうぜ!」



 「サルガルド、年甲斐もなくテンション上がってるみたいね......」



 そういうユズハも奥の方へ入って行くや否や、歓声を上げた。



 「何これ、超可愛い!!」



 ユズハが見ていたのは、普段見慣れた凹凸がある形の車ではなく、タイヤの上に円を半分に切った本体が載っている車だった。



 「そちらはレディというモデルでございます。デザインはてんとう虫を参考にしております。もちろん見た目だけではなく乗り心地も最高を追求しております」



 「ほほお、なるほどー」



 ユズハの目は完全にお星様になっていた。サイトウがてんとう虫というだけあって、ペイントもメインが赤色でその中に黒の丸がいくつも入っていた。



 「ちなみに、何人乗りなんですが?」



 「こちらは4人乗りになっております」



 「うんー、4人かあ。こんなに大きい車なのに4人乗りなんですか?」



 「申し訳ございません。どうしてもデザイン性と快適性を両立させると、4人で抑えるのが理想でございましたので」



 楽園のメンバーは全部で6人。これでは2人足りない。



 「もう1台買えば良い」



 突如言い出したのは団長だった。



 「団長!?本気なのか?」



 サルガルドが天狗のような顔になってサンに確認する。



 「もうここまで来れば100万ケルトも1億ケルトも変わらん」



 「団長、もうヤケになってない!?」



 「そんなことはない。やはり金は使うためにあるんだと今回のことでよくわかった」



 「それヤケになってるんじゃ......」



 ユズハが心配するも、サンはどこ吹く風といった様子だった。



 「これって、展示してる車以外の色も選べるんですか?」



 ユズハの目の中のお星様は輝きを増していく。



 「もちろんでございます。ここに色のパターン表がございます。ご覧くださいませ」



 そう言いサイトウがパンフレットを両手で滑らかにユズハへ差し出した。



 「凄い!こんなにたくさんの色から選べるんだ!」



 「ユズハ、この車のことはお前に任せる。自由に決めてくれ」



 「やった!」



 「ユズハ様、こちらへどうぞ」



 いつの間にか現れたのか、こちらも20代くらいと思われる女性店員が近くのテーブルと椅子のあるところにユズハを案内した。そこでユズハは店員とあれこれ相談している。



 「サイトウさん、支払いはこれで。その中から値段分だけ引いてください。」



 そう言いサンは、サイトウへアルミケースを渡す。これを見ていた無数の客から眼差しが注がれていた。



 「かしこまりました。誠にありがとうございます」



 大金の入ったアルミケースを渡されても全く動じないサイトウの肝の座り様をみてサンは感服していた。



 「お客様、本日は2台ご用命とのことでしたが、もう1台はいかがなさいましょう」



 そう聞かれ、サンはフランの方を向いた。



 「フラン、何か希望はあるか?」



 「さいこうきゅう」



 「......サイトウさん、ここの中で最高級で性能も優れているモデルはありますか?」



 「はい、ございます。こちらへどうぞ」



 そうサイトウが言うと、一行は窓際から離れ、明らかにその車のためだけに設けられたであろうコーナーへ向かった。



 「こちらはブリリアントというモデルになります。弊社の中で最も快適性が高く、性能も満足していただけるかと存じます」



 「どう性能が良いんだ?」



 サルガルドが興味津々といった様子で尋ねる。



 「普段では用いないかもしれませんが、100キロメートルまでの到達秒数は3.2秒、最高速度は400キロメートルまで出せます。そしてこちらは弊社のセダンでは唯一の4WD車ですので山の中の悪路でも安定して走行できます。」



 「マジかよ......」



 とうとうサルガルドの目まで星になってきた。



 「かなり大きい車ですが、寸法はどれくらいですか?」



 「全長は丁度6メートル、幅は2メートルになり、乗車人数は4人となります。流石に細い道路は走れませんが、ブリリアントには前後左右合わせて24箇所のカメラとセンサーを搭載し、それを元にコンピュータが運転の補助を行います。もちろんこのカメラはヘッドアップディスプレイで表示することもできます」



 「なるほど」



 サンもこの技術にはさすがといった表情だった。そして初めてサイトウの方から話しを持ちかけてきた。



 「このブリリアントには燃料方式が二つございます。1つ目は従来のガソリン方式、2つ目は少々値段は上がりますが、水素を用いた燃料電池方式でございます」



 「どちらの方がいいのでしょうか?」



 「燃料電池方式ですと、少々値段は上がりますが、当社独自の技術により1回の給油で約2200キロ走れます。それから水素自動車はモーターで駆動するため、常に最大のパワーを引き出せます。現在水素スタンドは市内に12ヶ所だけでございますが、今後増やしていくという国の方針がございます」



 「団長、ここは未来志向で水素でいかないか?」



 「そうだな......水素式だと値段はどれくらいですか?」



 「600万ケルトになります」



 「なるほど」



 サンは手で顔を覆い考えている。



 「サン、これがいい」



 「おめえどうせ何もわかってないんだろ?」



 「わかってる。さいこうなんでしょ?」



 「完全に分かってないみたいだな......」



 「もし宜しければ実際に試乗もできますがいかがいたしましょう?」



 「いえ、大丈夫です。こちらでお願いします」



 「ありがとうございます。フラン、内装とか希望はあるか?」



 「団長、坊主に決めさすのかよ!?」



 「どうせ俺もお前もこだわりなんてないだろ?だったらうるさい奴に決めさせる。後から文句を言われるよりマシだ」



 「まあ、確かに......」



 サルガルドはどこか釈然としない思いを抱きながら、団長命令なので黙って従うことにした。



 「このフランが決めます」



 「はい。ではフラン様、内装はいかが致しましょう?」



 「うーん」



 600万ケルトもの車の内装を少年が決めているという異常事態に、周辺の客が集まり半ば野次馬とかしていたが、それも熟練の店員が見事にさばいていった。



 「椅子はしろが良い」



 「かしこまりました。シートの色は白でございますね」



 「ドアの色はクロと濃いアオが良い」



 「かしこまりました。内装は黒と濃い青でございますね」



 「おいおい団長、どうなるのか想像できねえぞ......」



 「恐らく大丈夫だろう。このレベルのプロがいるんだ。それなりに仕上げてくれるはずだ。サイトウさん、故障した時の修理代などはどれくらいかかりますか?」



 フランにとって意外だったのは、サンは修理代の値段までチェックするほどの細かい性格だったことだ。



 「ご安心ください。弊社ではお買い上げ後6年間はよほどの損傷を除いて全額無料で修理を承っております。その6年間が終了しましても、残りの4年間は6割引で修理をさせていただいております」



 それを聞いたサンが満足そうに頷く。



 「それではサン様、ユズハ様も決まりましたようですので、こちらへどうぞ。書類へのサインがございますので」



 「団長、オプションとか色々付けてたら、思いの外高くなっちゃった......」



 「もういい、フランよりはマシだ」



 サンは椅子へ腰掛け、書類に次々とサインしていく。その間にもユズハが話しかけてくる。



 「フランの車はいくらしたの?ちょっとその契約書見せて......はい!?!?」



 「まあ、正確には俺たちみんなの車だ。フランが選んだのは確かだが」



 「私が選んだのが210万ケルト、フランが選んだのが600万ケルト、合計810万ケルト......団長、これは」



 「心配するな。もう払った。それに組織の総資産からすれば大したことはない」



 「団長......」



 地下に戻ったらフランに医学的にどこかおかしくなってないか見てもらおうと本気でユズハは考えていた。



 「ありがとうございます。手続きはこれで終了となります、納車についてですが、レディは1ヶ月半後、ブリリアントが2ヶ月後となります。こちらをお返しさせていただきます」



 サイトウはそう言ってアルミケースをサンへと渡した。サンは現金が正しく引き出されているかは確認しなかった。サイトウを信頼していたし、誤魔化していれば重さで分かるからだ。用事を済ませた一行は出口へ向かった。



 「今日はどうもありがとう」



 外に出て、サンが礼を言う時には、サイトウ以外にもほとんどの従業員が揃っていた。



 「ありがとうございました」



 見事に息の揃った挨拶だった。サンは今になって気づいたが、どうもサイトウはここの支店長だったらしい。実力に年齢は関係ないのだなと初心に帰った。



 「団長、ヨルから留守電が3件も入ってる。これを聞いたら至急戻ってくれって」



 ユズハが携帯を見ながら団長に伝えた。






 「ノインから連絡があった」



 溜まり場の地下へ戻ってきたフラン達一行へ最初に発したヨルの言葉がこれだった。



 「ノインって、あの精神閉じ込めにあってた女のボスだよな?」



 サルガルドが渋い表情で確認する。



 「そうそう。それで要点だけ言うと、説得できたらしい」



 「それほんと?どう言う風の吹き回しよ......」



 ユズハは、いい知らせであるはずのそれを聞いても沸点に達しようかというほど言葉に怒気がこもっていた。



 「まあまあ、それでフランの家族を救出する件で話したいんだって」



 「それはいつだ」



 「いつでもいいし、今日でも良いって言ってたよ、団長」



 「今すぐあっちの連中と連絡取れるか?」



 「大丈夫だと思う。もう一度掛けてみるよ」



 ヨルがそう言い携帯を操作する。先ほどディーラーで買い物をしていた時とは打って変わって、深刻な雰囲気が場を包む。特にフランは口を真一文字に結んで成り行きを見守っていた。



 「あっ、ノインさん、楽園のヨルだけど。うちの団長が話したいってさ、うん」



 そうヨルが言い終えると、携帯をヨルのところまで持っていき手渡した。



 「団長のサンだ」



 「ノインだ。迷惑をかけてすまない」



 「例の女性の説得はちゃんとできたのか?」



 「ああ大丈夫だ。無理矢理ではなく、彼女もきちんと納得した上で参加したいと言ってくれた」



 「そうか。事がことだけに早く決まって助かった。それで今夜でも先のことについて話したいんだが、大丈夫か?」



 「ああ、大丈夫だ。午後6時半にこの前の広場に来て貰ってもいいか?」



 「わかった。あと今回は俺も含め全員で行く」



 「わざわざ団長さんが来るのか?」



 「ああ。そちらさんも分かってるとは思うが。今回の潜入は困難を極めるだろう。俺も参加する」



 「そうか。それは心強い。では後ほど」



 「ああ」



 そう言い電話を切った。



 「午後6時半に前回と同じ広場だそうだ。全員で行くぞ」



 「今言うべき事じゃないなんだけどさぁ、上の仕事はどうするの?」



 「臨時休業って書いておけ」



 イズミは了解したとサンに伝え、上へ登って言った。他のメンバーも各自外出の準備に入る。そんな中ヨルがサンに近づき、ひそひそと呟いた。



 「団長、フランのことなんだけど......」



 「今は何も言うな。話は向こうへ行ってからだ」



 「そうだね......」







 午後6時半、前回と同じ広場へと一行はやってきていた。すでにノインは到着し、楽園の一行を待っていた。



 「よく来てくれた。3人は知ってると思うが、まだアジトの場所は明かせない。だから何も言わず、あの車に乗ってくれるか?」



 「ああ、それでいい」



 サンの微動だにしない態度は何か起こったとしても十分に対応できることを暗に示していた。



 マックスとマイケルを公園の隅に待機させ、一行は車に乗る。そして30分後、前回と同じ場所へ到着した。



 そしてノインのアジトの真下へ到着した。ビルへ足を入れ、3階へゆっくりと向かう。奥へ入ると、そこにはすっかり元気を取り戻したアスカがいた。その横には一度顔を見たことのある護衛もいた。



 「楽園のサンだ。こっちはユズハとイズミ、あとは分かるな?」



 「ああ。今回はよろしく頼む。俺はノイン。後ろのいるのが助けて貰ったアスカ、その横にいるのがザックだ。詳しいことはこちらで話そう」



 「その前に少しいいかしら」



 アスカがみんなを、特にフランを見てそう言った。



 「フラン君、助けてくれてありがとう。なのに私は......。でももう大丈夫だから」



 「うん、ありがとう」 



 2人が話し終えると、用意されていた円卓状に人数分並べられている椅子に各自が好きな場所に座る。最初に言葉を発したのはサンだった。



 「今回の作戦に当たり、まず一番重要なことを言っておく」



 サンはそう言い、フランを真っ直ぐ見つめた。



 「フラン、今回はここに残れ」

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