第28話

 「.....どうして?」



 サンが放った一言に、フランは耳を疑った。一体何のためにこれまで訓練して来たのか。家族を助けに行くまさに今この時のためではなかったのか。



 「行きたい気持ちはわかる。だが今のお前では無理だ」



 「わからない......」



 「理由はわからんがお前の家族はクラスターに誘拐された。その総本山にお前が行くのは、自分から捕まえてくれと言っているようなもの」



 「僕も行く!!」



 フランが椅子から立ち上がって叫んでいた。その初めて見せた態度に他の団員は驚く。ただサンだけは一切眉すら動かさなかった。その姿勢に強固な意思が感じられた。



 「駄目だ」



 「......」



 「ねえフラン君」



 アスカが椅子から立ち上がり、フランの元へ向かう。そしてしゃがみこみ同じ高さの目線になりフランを見つめながら言った。



 「言い訳ばっかりでごめんね。だけど君が助けてくれたのに私が家族の救出を躊躇したのにはね、理由があるんだ。」



 そう言うアスカの目は僅かに赤くなっていた。堪えても滲んでくるものを手でさっと拭き取る。



 「捕まったら、ただ牢屋に入れられるだけじゃないんだよ?あいつらは国の秩序を守るためだと言って、ありとあらゆることをして囚人に情報を吐かせる。ありとあらゆることの意味わかるよね?」



 フランは静かに頷く。だが握りしめた左手からは血が滴り落ちていた。



 「しかも、サルガルドさんが仕入れてきた情報だと今回は治療師をピンポイントで狙ってきてる。なぜ狙われるのか理由はまだ分からないけれど、そんなところに君を行かせられない。だからフラン君の代わりに私たちが行く」



 アスカはいつの間にかノインが持ってきた包帯を受け取り、フランの左手に巻いていく。



「正直なところ……」



 サンは言うかどうか迷ったが、フランが少しでも納得できるようにと思い、話すことにした。



 「俺たちだけなら生きて問題なく帰ってこれるだろう。だがノイン達3人も守らないといけない。それだけで相応の負担になる。フランを連れていける余裕はない」



 「フランの家族にはお世話になった。だから僕たちも全力を尽くす。僕たちが安心して探せるように、フランは待っててくれるかな」



 「......」



 ヨルの言葉にフランは何も言わなかったが、やがて静かに椅子へ腰を下ろした。それを見てサンが口を開く。



 「フランが残るとなると、護衛をつけないといけない訳だが、誰か希望者はいるか」



 ユズハが手を挙げた。



 「ユズハ、頼んだぞ」



 「うん、わかった」



 それを待っていたかのように、今度はノインが話し出す。



 「俺たちの能力の説明をしておこう。探知能力者はアスカだが、残りの俺たち2人もアンテナとして使える。少し気味の悪い話だが、アスカがフランの血を舐めることによって能力が発動し、本人と血縁者の位置が分かるようになる。精度は俺とザックが生存している状態で誤差1メートルまで絞れる。これは考えたくないことだが、対象者が死亡していたりした場合、位置を絞り込むことはできず死体のある場所にもやのように探知がかかる。あと、この3人の間では携帯などを一切使わず通信ができる。テレパシーのようなものだと思ってくれていい」



 それを聞いた楽園の団員一同は軽く頷い。続いてサンが質問した。



 「君たちに戦闘能力はあるのか?」



 「最低限の自衛能力しかない。普段の仕事も裏業界で探偵のようことをしたから、戦闘に関してはほぼ素人だ」



 「となると、3つにグループを分けるのが良さそうだな。2人もアンテナになれるということは、分担した方が効率が上がると見たが、その認識で間違いはないか?」



 「ああ、間違いない」



 ノインの説明を聞いたサンは頭の中でグループメンバーを振り分ける。



 「アスカにはサルガルドとヨルをつける。君がやられたらそもそも計画にならない」



 「はい、ありがとうございます」



 アスカはサンに対して敬語を使っていた。アスカ達から見れば、幻の楽園は雲の上の存在だという事実が、自然とそうさせた。



 「ザックにはイズミをつける。それでいいか?」



 「よろしく頼む」



 ザックが初めて口を開いた。イズミが場違いにも団長並みのハスキーボイスだなと思ったが、口には出さずに済んだ。



 「ノインは俺と組む。よろしくな」



 「楽園の団長さんと一緒に組めることほど名誉なことはない。よろしく」



 時刻は7時20分を指していた。計画が少しづつ形作られて行く。




 「問題は、どうやって侵入するかだが、何か案はあるか?」



 ノインが双方のメンバーに問いかける。



 「はっきり言えば、あそこは不落の要塞だ。見つからないのは不可能だろう。だが幸いなことに、囚人が拘束されているのは摩天楼のビルじゃなくて地下だ。作戦とは言えんかもしれんが、入口を強行突破し速攻で地下へ向かい対象を奪取し逃げる、これでいくのはどうだ?」



 サルガルドが内部の協力者から得た情報を元に案を提示する。それにノインが付け加えた。



 「基本的には賛成だが、俺たちは隠れるのが上手い。見つかるまではお忍びで行くのはどうだ?」



 「具体的には何ができるの?」



 イズミの問いかけにアスカが応える。



 「簡単に言うと、どんな分厚い壁でも無理やり鍵穴を作ってドアにしそこを移動できる。移動した後は数秒で穴は塞がる。ただし別の階につなぐとかワープみたいなことはできない。この能力は3人ともできるわよ。あなた達も隠密行動はなれてるでしょ?」



 「そいつは便利じゃねえか。情報によると地下は4階まである。出来るだけ静かに行ければそれに越したことはねえ」



 「問題は、地下のどこに囚われているか、だけど」



 ヨルがそう言い、難しい顔をする。



 「恐らくだが、治療師絡みの案件だと一番奥の可能性が高い。クラスター内部でも極秘にされているかもしれん」



 「団長の案に乗っかるのが良さそうね。そちらは問題ない?」



 イズミの確認に、3人は相談するまでもなく頷いた。そしてノインが口を開く。



 「決行時間は?」



 「時間が惜しい。午前1時でどうだ?」



 「わかりました」



 打ち合わせは終了した。各自席を立つ。時間まで思い思いの時間を過ごす。小さなロウソクが一行を優しく照らし出していた。ヨルはガラスの無い窓から外を眺めている。サルガルドはシャドーボクシングをして体を慣らしていた。ノインとザック、アスカは現場へ行った時の動きを確認していた。サンは席を立たず、体を前に傾け両手を組み、静かに瞑想していた。



 フランも席を立たなかった。サンとは違い、体が細かく震えていた。寒さのせいで無いことはそこにいる全員が分かっていた。イズミとユズハが側に行く。



 「フラン、みんなを信じて」



 「フラン、こう見えても私たち強いんだからねぇ。必ず家族を見つけて見せるから」



 イズミはそう言って右腕を折り曲げ、力こぶを作った。それを見たフランの顔がここへ来て初めてほんの少しだけ柔らかくなった。



 徐々に夜の闇が街を包み込む。






 「......モミジ、今月のノルマはもう達成したか?」



 「はい。2割増しで逮捕、殺害しています。少しは休んでもいいのでは?」



 午前0時。2人はクラスター内部の休憩室にいた。モミジは上司から送られてきた指示書や他国の情勢が書かれたレポートを読んでいる。ヘクトは両手に負荷140キロのハンドクリップを使いトレーニングをしていた。 



 「いや、そうじゃねえんだ。これからの予定はどうだった?」



 「夜勤で巡回ですよ。ヘクトが予定を確認するなんて珍しいですね。どうかしましたか?」



 「......そうだな。今日は変更して、溜まってる書類でも減らすか」



 「ほんとにどうしたんですか?気持ち悪いですよ?」



 「......なぜかは分からないが、ここにいた方が良い気がする」



 その言葉にモミジは頭の上にハテナマークを浮かび上がらせていた。



 「それはそうと、モミジ、お隣さんの様子はどうだ?」



 「かなり賑やかになってきてます。もしかしたら......もうすぐにでも」



 「そうか」



 「......今日のヘクトはどこかおかしいです」



 「俺もそう思う」



 そう言い2人は休憩室を後にする。







 0時59分。ウエスト区、クラスター本部ビル前。そこから200メートルほどの所にある小さな公園に一同は集まっていた。フラン、ユズハはノイン達のアジトに置いてきている。



 「各自、準備は良いか?」



 サンの問いかけに、全員小さく頷いた。だがアジトで打ち合わせをしていたときとは打って変わって、全員が殺気を押し殺している。完全に裏の仕事をする時の顔だった。



 「それでは、行こう」



 号令がかかると同時に一瞬で7つの影が消えた。数10秒後、ビルの周りに打ち合わせ通りに配置につく。要となるアスカ率いるA班はビルの真裏、北方向から。イズミ達B班は西方向から。サンとノインのC班は東から潜入する。




 アスカが壁に右手を当てる。すると右手がほんの少しの淡い緑色の光に包まれた。その様子をヨルとサルガルドは邪魔をしないよう静かに見守る。



 事前に打ち合わせで予想していた通り、1回はエントランスとなっており、警備の術者がいる上に体を隠せる場所がなかった。そこでアスカはビルの壁から2メートルほど離れ、今度は真下の地面に向けて手を当てた。今度は先ほどよりもやや強く右手が光に包まれる。その光を万が一にも見られないように、2人が体で隠した。



 「この真下はちょうど通路みたいね。半径10メートルには人はいない。ここならいけそう。下に降りて2メートルの所に誰もいない小部屋がある。その部屋に直接上からはいけないけど、下に降りたらすぐに避難できそう



 「なんで直接その部屋に行けないの?」



 ヨルが小声で尋ねる。



 「何か障壁のようなものが部屋の外側全体に張られているの。ただ調べた感じだとドアにはそれが無いみたい。」



 「つまりドアはくり抜けれるってことか?」



 「ええ」



 「よし、頼む」



 サルガルドの号令でアスカが頷いた。今度は青色の光がアスカの右手を包み込む。と同時にアスカの手を中心として縦横1.5メートルの範囲がわずかに青色に光り、その口を開けた。下には地下1階の廊下が見える。



 「よし、行こ」



 「ちょっと待って!!」



 アスカが声にならない声で絶叫し、ヨルの手首を掴む。ヨルは急いで地上へ戻った。



 「どうしたの!?」



 「今分かったんだけど、床にセンサーが張られているの。調べるからちょっと待って」



 そうアスカが言うと今度は赤色の光を右手に纏わせ、廊下に向かってかざす。



 「ここのセンサーは靴の裏側を識別してるみたい。登録してない靴で入ると警報がなる。B班、C班、聞こえた?」



 「B班了解」



 「C班了解した」



 「じゃあ裸足は?」



 「囚人達は裸足だから、それも登録されてる。意味ないよ」



 「じゃあ床に足を付けなけれりゃいいだけの話だろ?」



 そう言いサルガルドが下へ飛び降りた。そして床に足を付ける前に両手で壁を触り、ヤモリのように壁へへばりついた。



 「アテンを使ったちょっとしたトリックだよ。お前らもできんだろ?」



 「あっ、そういうことね」



 「さすが楽園の団員さんね......」



 サルガルドが用いたのはアテンを両手から壁へ放出し、両足で回収する方法だった。アテンは循環させることでエネルギーが発生することを利用した技だった。



 「アスカ、早く部屋を開けてくれ、あまり体力を無駄使いはしたくない」



 「ええ、分かったわ」



 残りの2人も飛び降り壁にへばりつく。ヤモリ状態を早く解消するために、アスカは同じ手順で小部屋に入り口を作った。



 中は倉庫部屋のようだった。3段のラックが並行に3台設置され、紙の資料が山積みになって保管されていた。



 「この部屋の床はセンサーがないみたいね。降りても大丈夫よ」



 そうアスカが言い、3人は物音一つ立てず着地した。



 「こちらA班、地下1階潜入成功。そっちはどう?」



 「B班、潜入に成功。降りた場所が独房で、囚人が騒ぎそうだったので殺った」



 「C班、潜入に成功。B班とは反対の独房にいる。こちらもやむ終えず1人処理した」



 「殺しちゃったらバレるんじゃないの?」



 アスカが怪訝そうに聞いた。



 「大丈夫、ここは術者の独房だから、完全密室。監視カメラも細工済みだ」



 ザックがテキパキと言葉を連ねる。



 「分かったわ。B班、C班、床をくり抜けれる?センサーがあるけど」



 「心配ないアスカ。直接床に触れる訳じゃないし、カモフラージュもする。そっちはそのまま下の階へ行け」



 「......了解」






 自分のデスクでキーボードに向かってタイプをしていたヘクトは突然、顔をあげた。



 「モミジ、下に降りるぞ」



 ヘクトの10倍のスピードでタイプしていたモミジも顔をヘクトの方へ向ける。



 「はい?どうしてですか?」



 「お客さんだ」



 「お客さんって、警報も何も出てないですけど」



 「おめえあんなもん信じてんのか?俺たちにとって一番信用できるのはカンだ」



 「まあ確かに......」



 「何もなければそれで良いさ......」







 アスカは地下2階へ行くため、下の階を術で索敵していた。



 「ここは床には何も仕掛けられてないわ。何かおかしくない?」



 「1階でこんだけ警戒してんだから下は緩めにしても良いてことじゃねえか?」



 「普通下に行くほど厳重になるものなんじゃないのかなぁ」



 サルガルドは楽観的だが、ヨルとアスカは慎重派だった。



 「行くしかないだろ」



 そう言うないなや3人は地下2階へ飛び降りた。着地した瞬間何かあるのではと身構えていたが、何も変化は起きない。



 「A班、地下二階に潜入成功」



 アスカの脳内でザック、ノインの2人が了解と返事をした。



 「とりあえずは俺の当たりらしいな。アスカ、対象の反応はあったか?」



 アスカは目を閉じ、反応を探る。



 「......下に微弱だけど反応がある。この階じゃない」



 「おい、微弱って......」



 「まだ決めつけるのは早いわ。ここは一切電波の干渉を受け付けない。そういう所では私の能力もノイズが生じて制度が下がることがある。前にもあったのよ、こう言うこと。だから大丈夫......」



 そう言いながら一番不安なのはアスカであることを2人は分かっていたが、口には出さなかった。口に出すとそれが事実になってしまう気がしたから。







 サンとノインは独房から外へ出た。囚人は壁にアトゥムで生成したナイフで貼り付けにしている。サンは殺した囚人の足の形をアトゥムで再現し、ノインの足に覆うことでセンサー上を歩けるようにした。変則的な事態に陥った時に対応できるのはこちらの方なので、ノインには体だけでも自由に動けるようにいてもらう必要があった。



 「この階に反応はないんだな?」



 「ああ。少なくとも俺たち東側に対象の反応はない。いや、ちょっと待て......。アスカの方で対象の反応を微弱だが探知した。アスカのいる階層よりもさらに下らしい」



 「そうか。ならばこちらも潜る......」



 「「侵入者を探知、侵入者を探知。警報レベルを6に設定。本部内にいるAランク以上の捜査官は支給地下層へ集合せよ。Bランク以下の能力者はAランク以上の能力者の補佐をせよ。繰り返す、繰り返す。侵入者を探知......」



 「いよいよか......」



 右手足だけでヤモリ状態になっていたサンがそう呟きながらすっと地面に降りた。



 「ノイン、仲間全員に伝えてくれ。これより各自の判断で動け。対象を見つけ次第即座に回収、もしくは目標達成不可能の場合即座に伝達、撤退せよと」



 「分かった......」



 言われたことをそのまま迅速に伝えながらもノインがサンを見た。そこには普段の面影は消え去り、熟練能力者の域を超えた、これから獣を喰らおうとする狩人の姿がそこにあった。



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