第26話
「よろしく頼みます」
そう去り際に声をかけられ、フランとサルガルドの2人は承知した旨の返事をした。
依頼内容はこうだ。4日ほど前に依頼主が飼っていた猫が突然いなくなった。最初は猫なのでそのうち戻ってくるだろうと思い首を長くして待っていたのだが、3日経っても帰ってこない。流石に心配になった依頼主は会社の友人に相談し、友人が以前公には言えない組織にある依頼をしたという情報を聞いた。
その友人はなぜその組織を知っていたのかというと、数週間前に交際していた女性が乱暴されしかも犯人はまだ見つからず。腹わたが煮え繰り返りながら昼食を食べていると、横で食べていたとても長身でビジュアルバンドにでも入ってそうな整った男に、何かお困りですか?と声をかけられた。そしてもし良ければ、私の知り合いで探偵のようなことをしている知人がいるので、電話してはいかがでしょうと言い、その男性は店のコースターの裏に電話番号を書いて渡されたという。
この際何でもいいから手がかりが欲しいと思い帰宅し電話をしそこで初めて相手が普通の探偵だけではない、裏の仕事を請け負っていることを知った。友人は犯人を見つけ出し始末してほしいと依頼をした。相手は復讐をしても女性の傷は癒されないという裏の仕事をしているとは思えないことを言ってきたが、交際相手があんな目にあっているのに罰せられないのは考えられないと友人はあくまで一線を超えた対応を求めた。それに相手の組織は答えた。犯人を特定するため乱暴された女性を遠目からでいいので拝見したいと許可を求められ応じると、4日以内にこの件は方がつくだろうと言い残し、電話が切れた。
それから2日後、ちょうど正午に自分の携帯に知らない宛先から1通目のメールが来た。そこには誰にも見られない場所へ移動しろと書いてあった。それから10分後、今度は画像が添付されたメールが届いた。届いた画像には知らない金髪の男が首を切断され寝かされていた。それを見た友人は満足感よりも恐怖で体が震えた。そして文面にはこのメールを含め、全ての連絡した痕跡は自動で消えること、料金は契約通りローンで支払いをお願いすることが書いてあった。その男が死亡したというニュースは現在になってもまだ一切報道されていない。
依頼主は友人からこのことを聞きこれしかないと思った。普通なら頼っても張り紙程度が関の山だろうが、この猫が実は絶滅危惧種で違法な手段で入手したことが問題だった。そして絶滅危惧種である以上、連れ去られたのではという懸念もあり、ある意味でその道のプロに依頼することになり今に至る。
「さて、どうするか」
それが依頼主の自宅を後にしたサルガルドが発した最初の言葉だった。身体的特徴は全身が真っ黒だが左目の周りだけが白く、虹彩は青色だという。
「たぶん、誘拐された」
「だろうな、この猫は普段家から出てもその日に帰ってくるインドア派の珍しい奴だからな」
フランの発言にサルガルドも同意する。
「この手の裏商売してる奴らを片っ端から潰していってもいいが、坊主、何か案はあるか?」
「......マックスを使って匂いを追わせる」
「おめえの構成術は見た目だけじゃなくて特徴まで再現するのかよ。反則じゃねえか......」
フランは近くで待機していたマックスを呼び寄せ、指示を与える。マックスが地面に鼻を近づけ、匂いの分析を始めた。
やはりここは普通の住宅街の中なので、色々な匂いが漂っていた。その中からマックスはまず依頼人の匂いを判別した。それを辿って依頼主の家の庭まで進む。やはり一番濃い匂いは依頼主のものだった。それに混じって至る所に動物の匂いがあった。それもネコ科の匂い。これに違いない。マックスが匂いを特定したことはすぐにフランに伝わる。マックスへその匂いを追うように指示を出した。
それから5分後、フラン達一行は道の狭い住宅街を抜け、片道2車線の幹線道路へ出て来た。
「坊主、こうやって地道に足跡追っていくのも悪くはねえが、あまり効率が良くねえ。せっかく俺がいるんだ。手を貸すぜ」
そういうと、サルガルドはフランの左肩に手を置いた。
「俺の能力は戦闘というよりは仲間の補助に向いてることが多くてな。細かい仕組みは省くが、今からマックスの探知能力を限界まで引き上げる。それでもう一度探ってみてくれ」
その言葉にフランは軽く頷いた。と同時にサルガルドから物凄い量のオーラが流れ込んできた。だが普段フランが使っているアテンのオーラとは種類が違う。そのことにフランが疑問を感じている間にもオーラが注ぎ込まれ、今度はフランからマックスへオーラが瞬く間に注ぎ込まれる。
そして数秒後、フランの脳内に膨大な情報が流れてきた。普段なら半径数10メートル程度のマックスの探知能力が爆発的に強化され、今は半径数キロ程度の範囲内の匂いを感じ取ることが可能になっていた。そのことにフランは驚いていたがすぐ我に帰り猫の匂いを探る。すると今いる位置から4キロほどの所に猫の匂いが濃くなっているところを発見した。このことをサルガルドに伝える。
「捕獲された後その場所で囚われてるんじゃねえか。行ってみるぞ」
これが手っ取り早いからと走って目的の場所まで移動することになった。訓練を受けた2人の走る速度は相当なもので、瞬く間に目的地に近づいていく。そして500メートル程度まで近づいた時、動きがあった。
「匂いの場所......動いてる」
「もしかしたらこれから外国にでも飛ばしちまうかもしれねえな。急ぐぞ」
そういい2人はさらにスピードを上げる。その後ろからはマックスとマイケルが付いてきていた。歩道でスピードを出すのは人が多く面倒だとフランが感じたその時、急に長身の男性が進路上に出てきた。咄嗟に勢いを殺すがそれでも間に合わずぶつかってしまう。
「ごめんなさい」
そう言い再び走り出したが、フランの中でさっきぶつかった男性のことが妙に気になった。ろくに姿も見てないが、第六感がさっきの男性に何かがあると伝えているようだった。
2人は車道に移動し、普通の人間では考えられない速度で走っていた。だが相手の匂いが移動する速度も速い。
「このままじゃ目立ってしょうがねえ。坊主俺に近づけ。正気消失」
サルガルドが術を唱えると、2人と2匹の存在感が急激に小さくなった。猛スピードで走っていても振り返る人がいなくなった。
「チッ、これでも間に合わねえ。坊主、負ぶってやる」
「だいじょうぶ、マイケルに乗る」
そうフランが言うと、マイケルを横に並ばせ背中に飛び乗った。
「ほんと便利だなお前の術。よし飛ばすぜ。次どっちだ」
「次の信号を右、それから200メートルでまた右」
急いでいる2人はもちろん信号など無視し車を飛び越え、目標へ近く。
白い商業用のバンの中では、チンピラもどきの男2人が呑気にさらってきた猫のことで会話していた。
「しっかし、こんなボロ雑巾見たいなのか高値で売れんのかねえ」
「ボスに聞いたところ、1000万ケルトは固いらしいぞ」
「1000万!!」
「坊主、大分近づいたか?」
「あと50メートルくらい。あの白くて背の高い大きなくるま」
「えーっと、あれだな。本当は始末してもいいんだが、穏便に済ませられるならそれに越したことはねえ。坊主、もう少し近くぞ」
「うん」
そして白いバンに追いつき、並走する2人。そして2人とバンの間に車などが何もない所でサルガルドが何かを呟いた。
「幽霊の手」
サルガルドが右手をバンにかざす。すると透明なオーラが手の形を作り、ぐんぐんと伸びていく。やがて手はバンの中へと貫通し、再び縮んで戻ってきた。するとサルガルドの手には依頼されていた猫が掴まれていた。
「それ、どういうしくみ?」
「企業秘密だ」
「おい、そのボロ雑巾くたばってねえか一応確かめとけ」
「おう。ええと、確か後ろの方に......」
そういってバンの後部座席を探していたチンピラ風の男だったが、やがてその肌が青色へと変化していった。
「おい、早くしろ、ブツは大丈夫なのか?」
「ない......」
「は?」
「いないんだよ!!」
「そんな訳ねえだろ。隅の方まで探せ!!」
「荷物とか全部引っぺがしたんだよ......知らない間に飛び降りでもして逃げちまったんじゃ......」
「どうもありがとうございました」
「これからは気をつけろよ。それと、もうこういう事がないように、この首輪をつけてくれ」
サルガルドはそういうと、小さな鈴の付いたオレンジ色の首輪を手渡した。
「これを付けていると家から出られないようにバリアが張られる。だが主人のあんたが一緒に出かける時だけ外に出られる。範囲は半径5メートルだ。それと、こいつは敵意を感知すると自動的に付けている対象者を任意の場所へ移動させることができる。その場所はあんたが決めれるから、誰にも分からない安全な所を考えておいてくれ。あとその事態になった時は俺たちにも連絡が来る。その時は別料金を払ってもらえればまた助けに行く。ちなみにこの首輪はサービスしておく。今後は気をつけろよ」
そうサルガルドが依頼者の家のリビングで説明をしている後ろで、トラックとバンの衝突事故のニュースが流れていた。
「さてと、一仕事終えたし帰るぞ、坊主」
「うん」
仕事を終えた2人は溜まり場へ急いでいた。報告までが仕事だからだ。幸い依頼主から溜まり場までの距離は一般人が歩いて1時間くらいだった。人の常識から外れた2人がほぼ全力で走れば大した距離ではない。
「今回の仕事はどうだった?」
「面白かった」
「そりゃ何よりだ。これからもバリバリ稼いでくれよ。何か欲しいものはあるか?」
その問いにフランはしばし考えた後、こう答えた。
「くるま」
「おめえまだ運転できる歳じゃねえだろ!」
「ちがう、みんなが使う車 ふだんから走ってばかりだと目立つから」
「そういうことか、つまりおめえはうちの組織に公用車みてえなものが必要だと言いたいんだな」
「うん」
「はっきり言っちまうと必要ないだろうが、娯楽も兼ねて帰ったらみんなに相談するぞ」
「戻ったぞ」
「おかえりー」 「お、早かったね」 「フランくん、大丈夫だった?」
2人が地下に着いた時にはイズミ、ヨル、ユズハの三人が待機していた。
フランが3人の問いかけに答えた。
「しごとはきちんとやったよ」
「そっかそっか、お疲れさまぁ。サルガルド、フランの働きぶりはどうだった?」
「十分な働きだった。見事な協力プレイであっという間に解決したぜ。それより団長はどこだ?報告もしたいし相談したいこともあるんだが。というか、お前ら上の仕事は?」
「忘れたの?今日は定休日でしょ。団長なら出かけてるよぉ。電話してみれば?」
そう言われたサルガルドが携帯を触り出し、耳に当てた。
「どうした?」
「例のおつかい仕事終わったんだが、報酬はどうすればいい?」
「いくらだ?」
「40万ケルトだ」
「20万ケルト入れてくれ。残りはフランと相談しろ。」
「わかった。それともう一つ相談があるんだが」
「何だ?」
「フランが俺たちの車が欲しいらしいんだが......」
「何に使うんだ?」
「俺にも分からん。表向きは組織だから車が必要だと言っていたが、恐らく単に乗りたいだけなんじゃねえか」
浅いため息をしつつ、数秒ほどサンは考えた。
「わかった。2人乗りのスポーツカー以外ならいいぞ」
電話を切ったサルガルドがフランへ向かってにかっと笑いかけた。
「団長からゴーサイン出たぞ。よかったな」
それを聞いたフランは穏やかに微笑んでいる。
「ねえ、どういうこと?」
事情を知らないユズハがサルガルドとフランへ説明を求めた。
「くるま、買おう」
そういってガッツポーズをするフラン。
「それだけじゃ分かんないよ、フラン!サルガルド、説明して」
「その前に、報酬の件だ。残りは20万ケルト。俺と坊主で山分けだ」
「ありがとう」
「話が逸れたな。ユズハ、普段なら車なんぞはいらないが、こいつはみんなでラクして楽しく移動したいんだとよ」
「それでもよく分かんないなぁ。まあ団長が良いって言ってるならいいけど」
ユズハとは反対に、イズミはあまり興味がなさそうだった。
「ていうかさ、あいつらのこと先にしたほうがいいんじゃないかな。フランの家族のことの方がよっぽど大事だよ?」
ユズハがごもっともなことを言ったので、サルガルドも苦笑いをした上で言葉を重ねる。
「確かにそうだが、相手が1週間くれと言ってきている。まだ2日目だから流石に催促はできねえ。少しは羽を伸ばすのもいいんじゃねえか?」
「私たち結構羽伸ばしてる気がするけどねぇ......」
20分後、一同はコンピュータールームへ集まっていた。パソコンで車の情報を調べていた。まずはどのメーカーの車にするのかというところから話は始まっていた。
「車なんて乗れれば十分だからホソダで十分じゃないかなぁ」
「それはそうだけど、こんな機会なかなかないから、吟味しようよ」
ヨルも男だからか、今回はなかなかやる気のようだった。
「レボリューションとかどうなんだ?」
サルガルドが思いつきで発言する。
「あそこのやつは見た目はいいけど中身は狭いんだからダメよ」
「じゃあどこがいいんだ?」
そう問われユズハは即答した。
「やっぱりショコラでしょ!」
「そりゃかわいいかもしれんが俺とかヨルが乗ることも考えてくれよ......」
「フランはどんな車がいいの?」
ユズハに聞かれ、フランも即答した。
「セダン!!」
「相変わらず渋いわね......」
それからの話は平行線となり、なかなか進まなかった。イズミが国産車にするが外車にするかで絞ってみてはどうかと提案したが、意見はサルガルド、フランが外車を推し、他のメンバーは国産というように見事に別れた。ならばとヨルがセダンのあるメーカーから選べばと言ったが、どこのメーカーもセダンの1つくらいはあるもので、あまり参考にはならなかった。一行に決まらないことにメンバー一同は徐々に車選びに飽きがきたのか、部屋の中を沈黙が占める。
そんな中、フランだけがいつまでもパソコンとにらめっこをし、検索を続けていた。そして一つのメーカーと写真をみて指が止まった。
「みんな、これがいい」
椅子に座って半分寝ていたヨルがどれどれといった具合にモニターを見た。そして絶叫した。
「ローレル!!フラン馬鹿じゃないの!?」
ローレルと聞いて意識を半ば手放していた他のメンバーも一気に覚醒した。
「フラン、流石にそれは無理じゃないかなぁ......」
「また何でローレルなんて見つけちゃったのよ......」
「お前、将来大物になりそうだな......」
「いいかいフラン、ローレルっていうのは超高級車メーカーで、最低でも100万ケルトはするんだよ?」
ヨルがそう諭すも、フランは譲らない。
「だってこれがいい......」
フランが指をさした先には、モニター越しでもわかるくらいのオーラを漂わせた車の画像が乗っていた。
「フラン、あなたが直接団長に聞きなさい。私たちが聞くのは恐ろしくて......」
ユズハがそういい、携帯をフランへ手渡す。フランは初めて触ったタイプの携帯でありがならもスラスラと操作し、団長へ電話をかけた。
「......どうした?」
「ぼくフラン」
「フラン、何の用だ?」
「車、ローレルが良い」
「ローレ......」
流石の団長も一瞬言葉に詰まった。
「フラン、お前はこれから死ぬまで俺たちとともに馬車馬のように働くことを覚悟しているのか?」
それを聞いたフランも額に汗がじんわりとかいていたが、どうしても諦めがつかなかった。
「......うん」
「......なら良い。サルガルドに言って手配してもらえ」
電話を切ったフランがOKをもらったことをみんなに伝えた。
「フラン、あなたはいろんな意味ですごいわね......」
ユズハから思わず言葉が漏れていた。
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