第25話

「おじちゃん、こんにちは!」



 「よお......ヒナタ、元気してたか?」



 「うん、おじちゃんと会うの楽しみにしてた!!」



 「そうよヘクト、この子ほんとに指折り数えて待ってたんだから」



 「そうなのかカエデ?それはありがたいぜ......」



 ヘクトは休みであるこの日、いとこのカエデとその娘であるヒナタと一緒にだった。ヒナタが8歳にして電化製品好きという変わった趣味を持っていたため、中央区にあるムツバシカメラに行く約束を立てていた。ムツバシカメラはウエスト区にあるブラックアンドブラック電機と双璧をなすこの街で超大型の電気屋だ。



 カエデは細目でありながら10歳は若く見られる童顔が特徴的で、耳に青いビー玉のようなイアリングをつけている。なので娘のヒナタとは顔だけで言えば兄弟のように見えた。ヒナタは自分のバッグにアクセサリーを10個はつけていた。そのほとんどは家電製品をモチーフにヒナタ自身が自作した、奇妙なキャラクターのものだった。元から茶髪の髪をポニーテールにしている。これをヘクトは似合っていると評価している。




 だがヘクトが先ほどから髪を引きつらせている訳。それは子供が苦手だから。嫌いでもないのだが、どうやって扱えばいいか分からない。それを前にカエデへ話した時、それは子供だけに限らないでしょ?と元々人付き合いが苦手なだけだと指摘を受けた。



 「ヒナタ、少し背伸びたか?」



 「うん! 2センチ伸びた!」



 「それは良かったじゃねえか」



 「でも背よりも胸の方が大きくなって欲しかったなあ」



 「お前その歳でなんて破廉恥なこと言いやがる......」



 「破廉恥なところは誰に似たのかしら?」



 「カエデ、俺がこいつをそそのかしたって言いてえのか?」



 「そんなこと言ってないよ?でも、子供は周りの大人の影響を受けるものよ」



 「肝に命じておくぜ......」




世間話をしながらムツバシカメラへ向かう。




 「おじちゃん、お仕事どう?」



 「仕事?普通だ」



 「普通?悪い人を捕まえるんでしょ?凄いじゃん!」



 「そんな良いもんじゃねえぜ。人も殺さねえといけねえし......」



 「ちょっとヘクト」



 カエデが声を重ねてヘクトの声を無理やり上書きした。



 「あ......わりい。けどよ、俺ほんとはは今おめえらと一緒に歩いていいような人間じゃねえんだよ」



 「何言ってるのよ。自分が信じた道でしょ?堂々としてればいいわ」



 カエデにだけ聞こえる声で愚痴をこぼしたヘクトを彼女は励ます。



 「着いた!おじちゃん行こ!最初は洗濯機売り場ね!」



 「なんで一発目からそんなにマニアックなんだよ......」



 三人はムツバシカメラ二階へ向かう。エスカレーターに乗っている時にヘクトはヒナタの顔を見た。まさにルンルンという擬音がぴったりの表情でヒナタは楽しんでいた。それを見ていたヘクトの殺伐とした心に小さな草の芽が生えた。



 洗濯機売り場はまさにヒナタのパラダイスだった。何十台と規則正しく並べられた店内を見て目を輝かせる。そしてヒナタの洗濯機品評会が始まった。



 「ねえおじちゃん、この洗濯機、16キロも入るんだよ!それに開閉ドアが左右対称に開くから左利きの人のも優しいんだよ!!」



 「おう......そいつはすげえな......」



 「でももう少しだけ容量が大きかったらいいのに。20キロくらいあったら完璧なんだけどなあ」



 「それ完全に業務用じゃねえか......」



 ヒナタが吟味した洗濯機の数は10数台にも及んだ。洗濯機を見ていた、ただそれだけで30分の時間を費やした。



 「ヒナタ、俺も見たいものあんだけど、見てもいいか?」



 「うん、何を見るの?」



 「カメラ」



 「へえ、おじちゃん似合わなさそう」



 「うるせえよ......」



 ヘクト一行は4階へ移動した。店名にカメラと付いているだけあって、60台以上のカメラがずらりと並べられていた。



 「おじちゃん、どんなカメラがいいの?」



 「性能も大事だが、見た目も良いやつじゃねえとな」



 「ふうん。ヘクトが見た目にこだわるなんて、新しい一面を見せてもらった気がするわ」



 「俺だってこだわりくらいあるぜ」



 そう言いながらヘクトはカメラを順番に見ていく。まずはカメラの見た目の採点で判断し、合格を得られたカメラだけが性能表を見てもらえる権利を得る。




 「おじちゃん、凄いカメラあったよ!」



 「どんなカメラだ?」



 「えっとね、画素数が4億画素もあって、ダイナミックレンジもかなり広いよ!」



 「......そのカメラ値段はいくらだ?」



 「100万ケルトだって」



 「おめえ俺をなんだと思ってやがる!買えるわけねえだろ!」



 「良いと思ったんだけどなあ」



 そんなやり取りをしながらも、50台目くらいのカメラに差し掛かった頃。



 「ん?」



 ヘクトの目に止まるカメラが出てきた。カメラとしては珍しい青色で、近未来的なデザインをしている。作っているのはユニバーサルラインという会社だった。



 「これ、中々良いな」



 「どれどれ......おじちゃん、このカメラすごいカクカクしてるよ」



 「でも俺はこれが好きなんだよ。よし、こいつを買うぜ」



 「6万ケルトって、ヘクト貯金でもしてたの?」



 「まあ仕事があれだから、それなりに給料良いんだわ」



 「おじちゃん、このカメラレンズ付いてないよ?」



 「このクラスのカメラだとそりゃ付いてないだろうな。ヒナタ、レンズコーナーへ行って良いレンズないか見てきてくれ。くれぐれも変なのはなしだぜ?」



 「うん、任せて!」



 騒々しい感じでレンズコーナーへ走り出したヒナタを二人は追いかける。レンズコーナーへ付いてヒナタがレンズを吟味しているのを見ているヘクトに、カエデが二人だけに聞こえる声で話しだした。



 「今の仕事、そんなに辛いの?」



 「ああ。ただ辛いだけならまだ耐えれる。だがな、もう俺は明るい方の場所にいる人間じゃねんだよ、きっと」



 「その言い方よく使うけど、人間て善と悪両方持ってるものじゃないの?」



 「そりゃそうだ。だが、どうしても俺らの方が悪もんになる仕事が最近増えてきてやがる。お前には話せないが、最近あった中でもあの仕事は本当に反吐が出るくらいキツかったぜ」



 「どんな仕事だったの?」



 「だから機密で言えねえんだよ。ただ、俺がその仕事をすることによって悲しんだ人がいるってことだ」



 「そっか......」



 「おじちゃん、これなんかどう?」



 そう言ってヒナタが二人を呼んだ。ヘクトはヒナタが選んだレンズに満足し、店員を呼びレジへ向かった。



 「おじちゃん、なんか元気ないね?」



 「お仕事してると色々大変なのよ。でも今日もヒナタに優しくしてくれたでしょ?」



 「うん、だからおじちゃん好きだよ」



 「これ、中々重たいぜ」



 そう言いながらヘクトが戻ってきた。他に見るものはないかと聞いたが、カエデもヒナタも満足したようだった。ヘクト自身にとっても今日は良い息抜きになったと思っていた。3人はムツバシカメラを後にし、解散場所の近くの広場へ向かった。その広場は小さく、いくつかのイスと小さな噴水があるだけだった。



 「せっかくだからよ、お二人さん撮らせてくれよ。さっき店員に頼んだらバッテリー入れてくれたからすぐに撮れるぜ」



 「おじちゃんが撮ってくれるの?やった!」



 「写真撮ってもらうなんて随分久しぶりだから、緊張するわね」



 「大丈夫だぜ、もう撮ったからな」



 「え!?合図くらいしてよ!」



 「合図なんかしたら顔が緊張して良い絵が撮れねえだろ。見てみろよ」



 二人はカメラの画面を覗き込む。



 「わあ、お母さんいつもより綺麗」



 「一言余計だわ。でも良い写真ね。ヘクトありがとう」



 そうやって三人見ているカメラの画面には、噴水をバックに親子が砕けた感じで、普段のありのままの表情で写っていた。




 「おじちゃん今日はありがと!また遊んでね!」



 「おう。俺も楽しかったぜ。カエデ、また写真送るわ」



 「うん、楽しみにしてるわ。今日はありがとう」




 2人と別れてから、ヘクトの心はざわついていた。あの親子は俺には少し眩しすぎた。まさかこんな人生になるとは。ヘクトは自分が政府の番犬となるまでのいきさつを思い出し、複雑な気持ちになった。そんなことを考えていてよそ見をしていたのか、軽い衝撃を感じた。その方向を見ると少年が尻餅をついていた。



 「あっ、悪い、怪我はなぃ......」



 その少年の顔を見た途端、ヘクトの思考回路が停止した。



 「ごめんなさい」



 その少年は、ヘクトに謝罪するとすぐに走って行った。その後ろ姿をただヘクトは眺めることしかできない。だが本当は今すぐに動かなければ。なぜならその少年はヘクトの任務で最優先で捕獲が命じられていた少年だったから。




 それでも動けなかった。なぜかはヘクト自身でもはっきりとは分からなかった。だが少年を見たときに思い出したのは、ミーティングの際に見せられた資料と写真に驚愕したことだった。そこまで振り返ってヘクトは理解した。あの時の光景がフラッシュバックしたのだと。

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