第21話

宇宙。そう呼ぶのが最も適当。フランは今、女性の心の宇宙の中にいる。心の宇宙には星々はない。だが何故か数え切れないくらいの光が暗闇を満たし、その光の色も様々だ。本物の宇宙と全く同じ。光を線で結べば星座を作れそうだ。圧倒的な光景、その中をフランはクジラのように泳ぎながら進む。



 一つの光に近づくと、その正体が見えてきた。正確に言えば、光るシャボン玉といったところか。フランが一つのシャボン玉の中に近づく。するとシャボン玉の中にプロジェクターで投影された映画のように動く景色が写っていた。今見ているものは、少女が地平線までひまわりで埋め尽くされた場所で、大人の男性に肩車をされている光景だった。恐らくは父親だろう。少女は肩車から降りると、機嫌の良い犬のようにひまわりの園を走り回る。



 これじゃない。いつまでも見ていたいが本来の目的を果たさないと。だがその一方で、こうして他人の心、記憶、人生を覗ける治療師の特権をもう少しだけ使っていたいとついフランは思う。



 ひまわりの楽園のシャボン玉を離れ、次を探す。一つ一つのぞいていてはキリがない。フランはゆったりと泳ぎながら意識を集中させる。数え切れないシャボン玉の中から負のオーラを出しているものを探す。フランにとって不思議だったのは、彼女には負のオーラを持つ思い出が少ないこと。もともと嫌な経験をあまりしないまま生きてきたのか?いや、そんなことはないはず。嫌なこと、辛いことも原動力に変えて前へ進むとても強い心の持ち主。だから心全体のオーラが明るいのだろうとフランは感じた。これがもっと繊細な人であれば、治療はもっと長く困難になっていたかもしれない。



 フランは暗いオーラを放つシャボン玉を順番に見ていく。失った仲間、愛する家族の死、負のオーラのシャボン玉はそういった光景で溢れていた。だが足りない。絶望が。この程度の場所に閉じ込めたところですぐに脱出できたはず。フランはさらに意識を集中させる。



 フランが女性のシャボン玉を観察していると、一箇所だけ数が少ない場所があった。そこへ向かうと突然どす黒いオーラがフランを襲う。だが見た目上は特に変化はない。フランはこの相手の心を監禁する方法を知っていた。いわば心のブラックホール。宇宙のブラックホールが光を吸い込むように。これは心の中にある明るいオーラを吸い取ることにより心を衰弱させ、やがては命をもすこしずつ削っていく。オーラは人間の体力そのもの。厄介なのがこれを下手に治そうとすると、治療師まで巻き添えをくらい囚われてしまう。



 しばしの時間フランは考える。ここは彼女の心の中、外の世界の一秒がここは十分。対策を練る時間は十分にある。



 ブラックホールと例えたがもちろんそのものではない。あくまで似たような仕組みにしているだけのことだ。そしてそもそもブラックホールの仕組みなど解明されていない。よってどこか必ず穴がある。



 フランは左手をかざし、見えないブラックホールもどきに向かって微弱な量のオーラを放った。するとそのほとんどが一点に吸い込まれていく中、ほんの一部分が別の場所に向かって吸い込まれている。穴を見つけた。術者が彼女をブラックホールもどきに閉じ込めた後自分だけ脱出する際に作った出口を塞ぐのを忘れている。もしくは塞げなかったのか。それはどちらでもいい。ここから入ればフラン自身が囚われることはない。



 中へ入ったフランが景色を見て思わず嘔吐しそうになる。例えるなら惑星そのものが腐っているとでも言おうか。地面は廃棄物のようなゴミ溜めと泥にまみれている。これを作った人間は相当性根が曲がっているとフランは思う。あまり長くはいられない。フランがゴミ溜め惑星の中から彼女の精神を探す。



 見つけた。数え切れない手が獲物を探している底なし沼の中に閉じ込められている。彼女のタフな性格が幸いした。おかげで善のオーラを膨大な負のオーラの中から探知できた。一番難しい峠を越えた。後は彼女の精神を助けるだけ。



 フランはお決まりのポーズのように左手を沼へとかざす。そして沼へと強烈な善のオーラを送り込む。すると少し沼の手の動きが鈍くなった。そしてついに見つけた。囚われた女性の姿を。沼の底の方から少し浮き上がってこれたようだ。フランは先程とは比較にならないほどの量のオーラを沼へ打ち込む。



 あと一歩だ。もう少し抵抗力を削げれば助け出せる。だが今のままではフランの方が取り込まれてしまう。フランはオーラに加えて冷気を流し込んだ。すると効果てきめんだったようで、沼の手の動きが一気に鈍くなり、沼の粘度も下がってきた。どうやら炎を操る術者だったようだ。だからこそこの精神世界で物理的なエネルギーが干渉できたのだろう。



 彼女が上へ浮き上がってきた。恐らくフランの姿を捉えたのだろう。手を沼から突き出し、助けを求めている。フランは沼がもはや抵抗できるほどの悪のオーラが残っていないことを確認すると、彼女の手を取り一気に引き上げた。彼女はかろうじて正気を保っていたが、消耗が激しい。現実の世界に戻ったら少し休む必要があるとフランは考えた。



 フランは彼女を抱きかかえ現実の世界へ脱出する。正確には彼女の精神をゆっくりと表面へと浮き上がらせる。先に現実の世界へ戻ってきたのはフランだった。それに気づいた一同が一斉に騒ぎ出す。



 「どうだった?」



 リーダー格の男が必死の形相でフランに聞いた。



 「成功」



 そう言ったと同時に女性が目を覚まし、ものすごい勢いで嘔吐しだした。フランはベッドから降り、女性がいる反対側へと向かった。嘔吐している女性の背中をさする。嘔吐しているのは閉じ込められていた精神が沼とヘドロの中に閉じ込められていたからだと推測した。



 「大丈夫 戻ってきた」



 女性に現状を認識させる。まだ現実の世界に戻ってきたとうまく認識できていないようだった。



 「アスカ、俺だ、わかるか?」



 リーダー格の男が女性、アスカに声をかける。



 「ゲホ......ゲホ......ノイン?」



 代わろう、と言いフランと交代し背中をさする。



 「ここは......どこ?」



 「現実の世界だよ。この子のおかげで君は戻ってこれたんだ」



 「この子?男の子のこと?一体どういうことなのかさっぱり......」



 「それはおいおい話そう。今は休んでくれ。ザック、後を頼む」



 ザックと呼ばれがもう一人の男が嘔吐が落ち着いたアスカをベッドへ再び寝かしつける。そして幻の楽園一同の元へと向かう。



 「フランといったね?今回のことはほんとに感謝している。言葉では表現できないくらいに」



 「うん」



 「こちらとしては仕事としてやっただけのことだ。気にするな。報酬はいただけるんだな?」



 「もちろんだ。完全に成功させてくれたから色をつけさせてもらう」



 サルガルドが商売人として契約をまとめにかかる。



 「後、元患者の彼女が回復した時にはこの坊主の家族の捜索を手伝うという契約もあるが、これについて我々としては彼女が回復するまで少し待ってもいい。なにせアスカさんとやらはまだ何も知らないんだろ?」



 「ああそうだ。非常に助かる。君たちはこれからどうする?一旦戻るのかい?」



 それを聞かれ楽園の一同は相談に入る。



 「坊主、おめえはどこか異常はねえか?」



 フランは大丈夫と言ったが、体全体に汗をかいていた。やはり治療にかかる負荷は相当なものだった。



 「戻るには距離もあるし、契約のことも考えるとここに残った方がいいんじゃない?」



 ヨルは居残り組に賛成した。



 「俺も同意見だ。坊主はどうする?」



 「疲れた 帰りたい」



 居残り組と帰り組が決まったところで、サルガルドがリーダーのノインの元へ向かう。



 「フランは治療の消耗が激しいから一度戻る。移動手段を手配してもらえないか?」



 「わかった。その子は功労者だ。責任を持って送り届ける。君たちはどうする?」



 「俺たちはアスカって子の状態が回復するまでここで待たせてもらっていいか?契約に関わることでもあるしな」



 「了解した。こんなところだが、衣食住には不便ないように心がける」



 こうしてフランは長い長い闘いからやっと解放され休憩に向かう。残る二人もこの依頼が一件落着したことで肩の荷が降りた。アジトを後にするフランに二人が声をかける。



 「フランくん、お疲れ様、エース級の活躍だったよ」



 「坊主、また会おうぜ。団長の見込み通りおめえはとんでもねえ野郎だよ。だからこそ無理すんなよ」

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