第20話
「会ってみないと わからない」
それがサルガルドから諸々説明を受けたフランの現時点での診断だった。結論が決まると自ずと行動も決まる。ため、そこからは早かった。
先方とはドームから5キロほど離れたところにある広場で落ち合うことになっていた。先方との交渉、案内役でサルガルド、護衛としてヨル、あとマイケルとマックスも当たり前のように付いてきた。
「お客さんはどちらに?」
「マックスのことを教えておいたから、あっちからアプローチがあるはずだぜ」
広場にいる人の数はまばらだったが、なにせマックスとマイケルのせいで目立つ。
「フランくん、マックスはともかく、マイケルはなんとかならない?めっちゃ目立ってるんだけど......」
「ごめん マイケル 好き」
「しょうがないないな...... 」
フランが子供ながらの駄々をこねていた時、サルガルドに向かって10歳くらいの子供が近寄ってきた。
「おじさん。これ渡せって言われた。」
「おう?サンキューな坊主」
そう言ってサルガルドは子供からメモをもらった。
「目立たない広場の端の〇〇のところまで来てくれ」
メモを見たヨルが怪訝な顔をした。
「これ、ほーんとに罠じゃないんだよね?」
「大丈夫だ。もしやる気なら、フランも含めりゃ三人でボコボコにすりゃいい」
サルガルドがにっと笑い、一行は指定された場所へと向かう。
「坊主、やはりワンコロ二頭を俺たちから離せるか?目立ってしょうがねえ」
「......わかった」
そう言うとフランは心で念じ二頭に命令を出す。二頭は雑草が生え茂っている場所で伏せの姿勢で待機した。
場所へ向かうと、1人の男が立っていた。
「手間を取らせてしまって申し訳ない。その子が......」
「ああ、そうだ。確認しておくが、治療できるかはこいつが判断し、確実にできると踏んだ時だけだ。それと望みがあって治療した結果が思わしくないものであってもこちらは責任を取らない。それでいいか?」
「大丈夫だ。最初からそういう契約だからな。」
「じゃあ、患者の場所まで連れて言ってくれ」
そういい一行は出発する。広場の出口を出てすぐの所に止めてある高級車へ案内される。
「申し訳ないんだが、アジトがバレると不味いから治してほしい人は別の場所へ移している。そこへ今から向かうが、問題はないか」
「ああ、こっちとしても治せるかどうかは重要なことだから、早く結果が知りたい」
そういい、3人は車に乗る。俗にいうリムジン車だから、3人が座っても余裕の広さに、フランはリッチな世界を感じた。
「なるほどな、仮の場所でも明かせないか。ある意味同然だな」
車の窓は術によってカモフラージュされており、同じ景色がビデオテープの巻き戻しのように映し出されていた。
仮の場所とはいえ居場所は極力隠したいのだろう。フラン以外の二人は表向きはともかく内心リラックスはできなかった。何が起こっても対処できるように。
30分ほどした頃、車が脇へそれた。
「待たせたな、着いたぞ。」
それを機にサルガルド、ヨル、フランの順に車から降りた。
普段活気付いているこの街とは正反対の光景が広がっていた。ビル群は人がいる気配を感じさせず、商店もほとんどがシャッターを下ろして引きこもっている。所々に家路を持たない人が簡易の家を作り、道路はゴミなどが風に吹かれている。その中で一行は廃墟となったビルの一つに入っていった。
天井には電線のようなコードがむき出しになり、タイルは所々剥がれていた。階段を登り、3階でドアのない部屋に入る。そこには立っている人が1人の男が恐らくは護衛、患者であろう寝ている女の人が一人だった。
「長い間の移動でお疲れだとは思うが、早速診てもらえないか」
中にいた一人の男が言う。
「フラン、大丈夫か?」
「うん」
そういいフランは、患者にゆっくりと近づいていった。その様子を、仲間が固唾を飲んで見守る。そのまま牛歩ほどの速さでゆっくりと患者の元へ着いたフランは、患者の手首にそっと触れた。
はたから見ている限りでは特に変化は見られない。フランが患者の手首を触っているだけ。だがフランは目を閉じ、何かをぶつぶつととても小さな声で呟いていた。
おおよそ5分ほど経った頃、フランが患者から離れサルガルドのところへと向かう。
「確率 70パーセントくらい」
「だそうだが、どうする?」
それを聞いた仲間のリーダー格の男が、フランに近づき、怯えさせない優しい声で聞いた。
「もし失敗したらこの人はどうなる?」
「二度と目覚めない それか 後遺症 残る」
聞いた男が仲間の元へと戻り、ひそひそと相談しだした。それを見ているサルガルドが呟いた。
「坊主お前まだ半人前なんだろ?それでその確率とは末恐ろしいな」
「ありがとう」
フランとサルガルドが話している間に先方の結論が出たようで、リーダーの男がフランの元へ向かう。
「こいつを治してやってくれないか?」
「うん。 サルガルド」
依頼を引き受けたフランは、サルガルドとヨルに語彙の足りない言葉で必死に何かを説明していた。その様子はとても少年には見えず、一人の人の病気を直す医者、いや治療師そのものだった。
フランから聞いたサルガルドが必要なものを準備してくれと依頼主に言う。ヨルは元々護衛でついてきたので、成り行きに関してはフランが危険な目にあわない間は口を挟まず見守ることにしていた。
「その患者の真横にもう一つベッドを配置してくれ。そこにフランが寝る。そして患者の心に入り精神を拘束しているものを壊す。その間は患者、フラン共に外部の干渉を受けないため、各自1メートル以上は絶対に離れ、近づくな」
そう言うやいなや依頼主のグループは引っ越し屋のような要領のよさで次々と準備をしていく。そして数分後にはフランが望んだ環境が出来上がっていた。それを見たフランが小さく頷いた。
「はじめるよ」
「頼んだぞ。君を信じている」
そう檄を飛ばされたフランはベッドに横になり、患者の手を繋ぐ。この光景を全く知らない人が見たら、カップルがただ眠っているように見えるのだろう。フランはそのままゆっくりと目を閉じ、治療を開始した。
50センチの奥も見えない一面が青緑のヘドロ。その表面から人間の手が無数に生えていた。まさしく生えていた。獲物を探し、沼の中へ取り込もうと何千もの手はゆらゆらと空気の中を動いていた。
その中に彼女はいた。ここに囚われてどれほどの時間が経っただろうか。1週間?1ヶ月?それ以上?もう時間の感覚がない。ヘドロは口の中にまで入り込み、腐った牛乳のような味覚を脳に植え付ける。息も苦しい。もはや彼女は自分自身が誰で、何をしていて、どうやって生きていたのかすら思い出せず、ただただ心臓だけが鼓動する屍と化そうとしている。
残り少ない力を振り絞って沼から出ようとするが、即座に無数の手によって再び引きずり込まれる。まるで蟻地獄が沼になったような感じだった。
その数千の手に異変が生じた。最初はほんの少しの、指先の皮がほんの少し向けた程度の違和感。それがじわじわと異変に変わっていく。手の動きが鈍くなっている。獲物を捕まえる、その意思が少し弱まっている。
異変は一つだけでは終わらなかった。手の動きがおかしい。まるで息ができないかのように痙攣している。そしてヘドロの青緑色が少し薄くなっていた。
その異変についに彼女が気づく。苦しかった呼吸が少しだけ楽になったからだ。呼吸が楽になり思考能力が戻ってくる。ヘドロの色が少しだけ薄くなり、粘りも少し薄くなっていた。
彼女は沼から出ようともがく。以前よりはずっと動けるようになった。必死に手でもがいて腰のあたりまでは抜け出すことができた。だがそれでも最後の抵抗とばかりに痙攣しながらもいくつもの手が自分の体を掴んで離さない。状態は依然として拮抗していた。
再び彼女の力が弱まり、沼に徐々に戻される。あともう少しなのに、そのもう少しが届かない。再び諦めの二文字が頭をよぎった時、変化は訪れた。
沼の手の痙攣が一気に激しくなった。青緑色だった色が徐々に白っぽくなっていく。沼が凍り始めてる?彼女がそう思い始めたとき、頭上が一気に眩しくなった。雲に覆われた空から何かが降りてくる。その一方で沼の手は痙攣を通り越して冷凍されたように動きが固まってきた。
空から降りてきた何かがより近づいてきた。どうやら少年のようだった。彼は雲を切り裂き、瘴気で腐りきった空気を切り裂き、彼女の元へ向かう。
少年がいよいよ彼女の数メートル先まで近づいてきた。すると少年は左手を伸ばした。それと同時に沼が凍り始め、亀裂が走る。抜け出せるかもしれない。少年を見て彼女はそう思った。少年の差し出した左手にすがるように、自分も左手を出す。
少年の手がいよいよ彼女の手を掴んだ。それと同時に、沼全体が完全に凍り、そして粉々に割れた。
その割れた沼の中から彼女は手を引っ張られ、天へと昇る。少年と共に。
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