第19話

真っ白な雪原。今自分がいる光景を例えるならこれがふさわしい。雪をすくって見ると、砂丘の砂のようにサラサラと落ちていく。地平線の向こうまでこの雪原が続いていたが、所々に雪化粧を纏った木々が自分は埋もれまいと背伸びをするように生えていた。



 フランは雪原をゆっくりと歩き出した。360度どこを見ても同じ景色なので、とにかく気のまま進んだ。雪化粧に靴跡が風景を描き出す。



 どこか心地よかった。遭難するかもしれないなどとは露ほども思わないし、なぜかそうはならない予感があった。なだらかな斜面をゆっくりと降りていく。



 感覚で20分ほど経った程だろうか。遠くに何かが見える。少しづつ近づいていくと、それは木でないことは分かってきた。蜃気楼のような幻でもないらしい。



 体感で50メートルまで近づいたとき、そこにあるものが”それ”ではなく”人”であることに、女性であることに気づいた。その人は木に寄りながら本を読んでいる。表紙には太陽と雪だるまの絵が書かれていた。



 彼女と10メートルくらいの距離まで近づいた。彼女は金塊のような輝きを持つ金髪をしていた。服装は薄いピンクのコートを着て、その中から薄い青色のひらひらしたスカートが見えていた。年齢はフランと同じか、少し年上か。彼女は本を閉じてにこにことフランを見ている。




 「いらっしゃい」



 それが初めて彼女がこの場所で初めて発した言葉だ。だが、フランは彼女の声を聞くのが初めてでないような気がした。



 「あの時の......」



 フランの記憶にあるユズハと戦ったときに聞こえたの声にそっくりだった。



 「うん。そうだよ。お久しぶり」



 「ここはどこ?」



 「さあ、どこでしょう?」



 フランの疑問をひらりとかわす。



 「よく頑張ったね。君やっぱり素質あるよ」



 彼女はにっこりと笑う。



 「僕になんの素質があるの?」



 「仲間を救える素質」



 「あれは人殺しをしただけじゃないか」



 それを聞いて彼女は小さく背伸びをした。



 「違う。物事を小さく捉えないで。もっと大きなスケールで考えるの」



 フランはその言葉の意味を自分自身すぐに理解できるとは思えず、質問を変えた。



 「君は誰?」



 「全ては言えない。でも今言えるのは、私はあなたと共に生きる存在」



 フランはますます訳が分からなくなった。その困惑した様子にまるで妖精のように彼女は笑う。



 「まあ、君の守護霊みたいなもんだよ」



 「ますますわかんないよ」



 今度は歯を見せて豪快に彼女は笑う。



 「あなたに伝えたいことがある」



 「僕に?」



 「そう、フランヌ・ステラノリス。君にね」



 「僕の名前を知ってるの?」



 「ええ、君のことは何でもね。でも今はあまり時間がない。だから聴いて」




 そういうと彼女はフランへ近づいて目線を合わせた。






 「あなたは誰かが造った道を歩かない あなたが歩いたところが道になる」



 「どんなに辛いことがあっても あなたは道を切り開く存在」



 「その存在の前には決して抗うことはできない」



 「だから歩き続けて 道を造り続けて」




 そう彼女がささやいたその時。世界が弾けた。全ての雪が小さな結晶となって空へ昇っていく。結晶同士が光を交換し、景色全体が眩しくなっていく。その中で彼女が優しく手を振っていた。そして彼女から最後、また会おうねと唇が言葉の旋律を紡ぎ出し、世界は白に包まれた。








 瞼を開くと、無機質な天井の白が目についた。さっきのは夢だったのか。いや、そうじゃない。眠っている間に心だけが別の場所を旅しているようだった。フランは心の旅の余韻に浸っていた。とても綺麗な世界だった。




 「うん?フラン、起きたの?おーいみんな、フランが起きたよ!」



 すぐに部屋から出て行ってしまったから分からなかったが、多分イズミだろう。コマネズミのようにドーム中を走り回って吉報を伝えている。



 フランは余韻から徐々に目覚め、自分の現状を思い出し始めた。首を動かし、周りを確認すると隣でユズハがぐっすりと眠っていた。まだ回復途中だが、このままいけば後遺症などはなさそうだとわかり安堵した。自分の治療が実戦で通用した。そのことがフランを自信づけた。



ゆっくりと体を起こす。大量のアトゥムを使ったので、少々倦怠感はあるが、それ以外はいたって正常だった。ユズハの治療を終えたことによってみるみるアトゥムの貯蔵量が戻っていく。イズミの部屋から出ると、残りの団員がこちらへ向かってきていた。



 「フランくん、お疲れ様。大仕事だったね」



 「ありがとう」



 ヨルがフランを労う。最近おもちゃにされっぱなしだったヨルはフランの一言だけで感激のあまり涙が出そうだった。



 「最初は、うんだけしか話せなかったらしいが、随分と喋れるようになったじゃねえか」



 声の方を振り向くと、フランにとって初めて見る顔がそこにあった。



 「ちゃんとした状態で会うのは初めてだな。俺はサルガルド。団員の一人だ。坊主、よろしくな」



 サルガルドはそう言い手を差し出す。フランの小さな手とその倍以上の大きさの手が、ガッチリと握手を交わす。



 「フラン、大丈夫?ほんとよく頑張ったね」



 イズミは目に涙を溜めていた。ユズハはフランの治療によって助かったが、フランが治療をする際に掛かる体と精神の負荷をイズミは気にかけていた。



 「イズミ ありがとう」



 フランのその一言で、イズミの涙腺が決壊した。フランを我が子のように抱きしめ、愛おしそうに頭を撫でていた。



 「イズミ、そのくらいにしとけ」



 コントラバスの音色が聞こえ、やっとイズミはフランを話す。



 「よお」



 「ユズハ 助けた」



 「ああ、ご苦労だった。」



 二人の間のやりとりは少なかったが、それでもどこかお互いを理解しているようなところを見ると、3人はこのフランとサンがどこか似たものを持った人間同士なのではと前から感じていた。



 「坊主、疲れてる所悪いんだが、おめえに大事な用があるんだ。今はまだ無理そうか?」



 サルガルドはフランの目が少し焦点を捉えてないことを見抜き、気遣った。



 「少し 休みたい でも 先に マックス」



 「おっとそうだったな、坊主はワンコロを出してないとやばいんだったな」



 フランは頷くと、左手を地面に向ける。だがここでフラン以外の面々が不思議がる。地面で固まった霧の塊は二つあったからだ。



 徐々に霧の周りに風が発生し、勢力を上げていく。



 「おいおいおい、すげえパワーだな!これが構成生物の誕生の瞬間ってわけか」



 サルガルドがランドセルを背負っていた頃の少年のように興奮する。



 「俺も初めて見たが、やはりとてつもない量のアトゥムを使うようだなただ、霧は一つだけだったはずだが」



 二人がそうこう言っている間に二つの霧は形を作り始め、風は暴風の域まで強くなっていた。



 そして出来上がった光景に、フラン以外のメンバーは度肝を抜かれた。



 「フランくんちょっとちょっと、こいつ何さ!!」



 「確か、坊主の犬って一頭だけじゃなかったのか?」



 「戦いの時 新しく 作った」



 ヨルとサルガルドの疑問に対し、水汲みに出かけたかのような軽い調子でとんでもないことを言い放つ。



 「つくづくお前は期待を超えてくるな」



 「規格外とはこのことだねぇ......」



 サンはそうは言ってもさほど驚いておらず、イズミは狼を見てその放つオーラに圧倒されていた。



 「この狼、昔の何かの映画に出てなかった?」



 「いや似てるけどこいつじゃねえだろ」



 「フラン、この子名前なんて言うの?」



 三者三様に言葉を並べる中、フランはイズミへの答えを考えていた。



 「マイケル」



 「マイケル......いい名前だと思うよぉ......」



 イズミはどこか釈然としなかった。



 「なあ、構成も終わったことだし、そろそろ本題に入りたいんだが......」



 サルガルドが首どころか体全体を長くして待っていた。

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