第18話
団長が挨拶に行った翌日、ヨル、サルガルド、イズミの三人はユズハとフランを護衛しながら上の仕事をしていた。サルガルドは空いた時間を使って幻の楽園に依頼された内容が載っている一覧表を見ていた。
愛犬を探してほしい
庭の大掃除
1週間旅行のため犬を預かってほしい
パソコンを直してほしい
作文を代わりに書いてほしい
宿題を代わりにやってほしい
一日だけ友達として遊んでほしい
武器を仕入れてほしい
〇〇企業の社長を護衛してほしい
〇〇を殺してほしい
内容としてほとんどが取るに足らないものばかりだ。ただ顧客は幻の楽園がどういう存在か知って、しかも知っていること自体がある意味禁忌になる。そのため庭の大掃除だけでも10万ケルト程度の報酬は見込める。だがこういう誰でもできる依頼は普通の便利屋に依頼すればいいのにとサルガルドはつくづく不思議に思う。
普通は依頼を受ける場合のみ追加の連絡をする。しかし今は人手が全く足りない。よって断るしかなかった。だがその中でひとつ、気になる依頼があった。
ある人物を救出してほしい
この依頼の重要な所は、囚われた対象がクラスターにいることだった。片手間で済むほど簡単なものではないことは分かっているが、クラスターの内情を調べるにはいい機会だと思った。
内線で上に連絡する。
「忙しいとこすまん、団長が戻んのいつ頃か聞いてるか?」
電話を受けたヨルが少し考え込む。
「うーん、団長のことだからそんなにはかからないだろうけど、僕には分からないな。ごめん」
「そうか、分かった。邪魔したな」
そう言い、内線を切った時。
「俺がどうかしたか?」
背後にサンがいた。
「団長!?ビックリさせんなよ。挨拶はもう済ませたのか?」
「ああ、とても丁寧にな。何か用か?」
「ああ。団長に。というより全員で決めるべきことができた」
「とりあえず話せ。どんな内容だ」
サルガルドは依頼のことをかいつまんで話した。
「なるほどな。これは俺の独断で決めるべきことじゃない。」
「幸いなことに、期日の指定とかはねえんだけどよお。問題はあの坊主だな。」
「そうだな。フランが目を覚ますまであと何日だ?」
「予定ではあと2日だな」
「分かった。サルガルドは夜まで待機だ。上が片付いたら全員で話そう」
二人は結論を出し、サルガルドはトレーニングに、サンは戦いで汚れた体を落としにシャワー室へと向かった。
「今日も忙しかったねぇ」
「うんうん、ラグビー部の団体さんがカバ盛りどかどか頼んでくれたよね。ありがたい」
イズミとヨルが降りてきた。サルガルドが二人に声を掛ける。
「二人とも、きてくれ。」
ヨルが怪訝そうな顔をする
「僕ちゃんと仕事してたよ?」
「お前もたまには仕事してるのは知っている。大事な話があるんだ」
「たまにじゃないから......」
そうやって四人はドーム中央に集まる。
サルガルドが切り出した。
「今日、依頼があった。内容はとある人物の救助」
「特に変わった依頼じゃないと思うけどねぇ」
イズミがそう口をこぼす。
「問題なのはここからだ。救助する対象はフランの家族だ」
二人の表情が一気に固くなった。
「どういうことか説明してくれる?」
ヨルが続きを催促した。
「依頼主の仲間が重体らしい。そこで夜の光に連絡を取ろうとしたが、繋がらない。色々調べていくうちに、向こうも俺たちと同じ結論に達したらしい。」
サルガルドがいい終える前に、イズミが割り込んだ。
「ちょっと待ってよぉ。クラスターに行くって正気で言ってる?敵の総本山じゃない。自分から火に飛び込むのは明らかに自殺行為だよぉ」
そうイズミが警鐘を鳴らす。それを聞いていたヨルが口を開く。
「その重体の人、フランくんに治すことはできないの?」
「それだよぉ!ねえサルガルド、どうなの?」
「どうだろうな......患者は肉体的損傷で重体になってる訳じゃねえ。敵によって強制的に閉じ込め症候群のような状態にさせられている。眠っていて話しかけても、触れても一切反応がない。症状としては植物状態に近い」
「治療師は精神的な症状も治せるんでしょ?少なくともフランくんの家族は」
ヨルが可能性を提案する。
「それは”家族が”できるという話だ。フランができるとは限らない」
三人が討論をしていた時、サンが間に入る。
「仮にフランがその患者を治せる”かもしれない”としよう。だが可能性にすぎない。お前らよく考えろ。これは依頼であり、仕事だ。確率に相談できるような半端な真似はできない。患者にとっても危険すぎる」
「ああ......サン、実はな」
サルガルドがサンに申し訳なさそうに切り出した。
「先方に坊主のこと伝えちまったんだよ。それであちらさんは一度坊主に診てもらいたいって言ってる。それで望み薄ならまたその時相談できないかって......」
サルガルドが一言一言言うたびに、サンの怒気が膨れ上がっていく。周りの三人が思わず歯をカスタネットのように鳴らし始めた。
「お前、そんな大事なことを、俺やみんなに言わずに漏らしたのか?」
「ほんとにすまん、起きたらユズハと坊主にも頭下げるからよ」
サルガルドは平謝りで許してもらえるよう懇願していた。
「どうしてそこまでその客に執着するんだ?」
「その患者、どうも探知能力者らしい」
「なに?」
サンが怒気を鎮め、サルガルドに弁明の機会を与える。
「最初はさっき言った通り、坊主の両親に治してもらう依頼だった。だが坊主の存在を知って、先方はこういう提案を持ちかけた。できるかは別としてまず坊主に患者を診察してもらう。そして望みがあって目を覚ますことができたら、両親の救出に手を貸すってな」
三者三様の表情だったが、一番深刻だったのはやはり団長のサンだった。それはまるで大昔に作られたある彫刻のように。ついさっき挨拶するまで知らなかった新しい系統の能力者がいたこと、それと探知能力者という存在そのものをサルガルドが知っていて自分が知らなかったこと、この二つについて、サンは自分の見識が浅すぎると猛省していた。
鍾乳洞のように場が静かになった。聞こえるのは四人の呼吸音だけ。その状態が五分ほど続いた頃、ヨルが口を開く。
「この依頼、罠って可能性はないの?」
「それはねえ。俺が直に依頼主と話をしたし、患者も見てきた。」
「お前、いつからそんなに脇が甘くなった?」
サンが味方にかけるとは思えない殺気の含まれた声を発した。
「それはほんとにすまん!団長の言う通りだ。これからは勝手な真似はしねえ」
そのやりとりを聞いていたイズミが口を開く。
「なんでこんな自分勝手なことをしたの?」
「それは......」
サルガルドは訳を話すのを恐れた。言えば組織の一人として失格と自ら認めることになりかねないから。
「いいから話しなよ。」
ヨルが珍しく上から目線で先を聞きたがった。
「だってあの坊主、あの年で両親と兄貴さらわれたんだぞ......。普通のガキならそんなの耐えられねえ。それなのにあいつはユズハを自分の体を張って守った。それだけじゃねえ。自分の秘密がバレることも厭わず、ユズハを治してくれた。だから俺はこの依頼がきた時、あいつに対してやっと少し返してやれるんじゃねえかと思ったんだよ。」
それを聞いたサンが心底あきれ顔になった。
「全く、イズミといいサルガルドといい、いつからシュークリームみたいな甘いこと言うようになったんだ。俺たちは裏の人間。情など自分の急所をさらけ出すものだ」
「けどよ、仲間だぜ。俺たち」
「だから相談しろと言っている。お前らホウレンソウって言葉知ってるか。一般市民はこの言葉無くして生きていけないらしいぞ。少しは勉強しろ」
まあとにかく、とサンは話を区切りる。
「ユズハとフランにこのことを話す。それまでこの話は保留だ。文句はないな」
この問いに対してだけは誰も異論は唱えなかった。
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