第17話
ブルーリバー公園のちょうど中央に大きな噴水がある。その噴水を眺めるように行くつもの椅子が設置されている。
椅子には黒で統一されたひらひらした服を着た女性が座っていた。のんびりと噴水で水を飲む小鳥を見ていた。
彼女に近づいてくる女性があった。モミジだ。全身真っ黒の彼女を見つけると、横に腰掛けた。
「見てきた?」
黒づくめの女性がモミジに尋ねる。
「ええ。あれはどういうことですか?」
「狩られたのよ」
モミジは少しムッとした。彼女は昔から話の核心に入るのが遅い。
「それはわかります。何があったんですか?」
「警察が来る前にギリギリ間に合ったから見れたんだけど、2人狩られてた。二人は九つの川の団員だった。」
「九つの川.......。かなりの手練れが集まってるみたいですね。その内の2人が狩られたんですか?誰に?」
「そこまでは分からない。ただ、現場周辺のアトゥム濃度が極端に高かった。計測器が壊れるくらいの。もしかして、あなた達が追ってる子供がここにいたんじゃない?」
「......だとしても相手は九つの川ですよ?とても彼に相手はできないはずです」
「彼ならね。ただ、彼が誰からに守られていたとしたら?それも九つの川の連中を葬れるくらいの実力を持つ誰かに」
「あなたは、少年が影にかくまわれていると言いたいんですか?」
「私は情報を差し出すだけよ。考えるのはあなた達の仕事でしょ?」
「そうですね......ありがとうございました」
モミジは女性へ謝礼を手渡し、10メートル程度歩いたところで姿を消した。
ウエスト商店街の中ほど。そこにある雑貨屋の裏に小さなマンホールがある。そこを下り蜘蛛のように複雑な下水道の一角に九つの川の本拠地はあった。入り口には術がかけられており、普通の人にはコンクリートの壁にしか見えない。
その本拠地は混乱していた。
「あいつら失敗したのか?全然連絡を寄こさない......」
三人いるうちの、一人の男がそう嘆いた。
「相手が相手だ。もう少し待とう。」
リーダー格風の男がそう諭す。
そんな時、入り口の呼び鈴が鳴った。
「なんだ、こんな時に全く」
「あたしが行くよ」
女が入り口へ向かい、インターホンで相手に話しかける。
「今日の天気は?」
「今日は晴れだが、明日は雪になるかも」
それが合言葉だった。
「どうぞ入って。今日はどのような要件でしょうか?」
客に注文をとる店員のように女性が聞いた。
「俺の顔を知らないか?」
奥にいた二人の男の視線が鋭くなる。
「えっと、初めてのお客さんですよね?」
「いや、そんなことはない。俺の部下が随分世話になったからな」
「そいつから離れろ!!」
リーダー格の男が叫んだ時、既に女は額を何かで貫かれ事切れていた。
「これであと4人だな」
「お前......誰だ?」
「最近世話になった者だとだけ答えておこう」
2人の男から殺気が滲み出す。
それを感じ取った時、サンも殺気を放った。だが二人の殺気が蟻レベルなら、サンは象以上だった。思わず恐怖から二人の男がカタカタと歯を鳴らす。
それでもリーダー格の男はなんとか心が折れるのを防いだ。構成術で作り出したライフルでサンを打つ。とてつもない爆音が数秒続き、数10発もの弾丸が打ち込まれた。
だがその全てを、サンは素手で掴み取っていた。男が信じられない顔でサンを見た。
「素晴らしい性能だ。弾丸の速度は秒速6キロメートルといったところか」
サンがもう一人の男に向き直る。
「お前はどうだ?何か特技はあるのか?」
男は、股の間を濡らして震えているばかりだった。
「どうした?何かないのか?あれば数秒は長生きできるぞ」
そう言われ何か術を唱えようとした瞬間、首から血が吹き出す。
「遅い、時間切れだ。」
サンはそう言うと、リーダー格の男に向かって言った。
「そうそう、あんたに見てもらいたいものがあるんだよ」
サンはそう言い、内ポケットからタブレット二つ取り出し、近くにあった机に並べた。
タブレットには、それぞれ別の場所の廃墟だったが、そこに写っている光景は同じだった。椅子に構成糸でくくりつけられた男女がそれぞれ写っていた。
「なんだと......?」
リーダー格の男は天を仰いだ。
そして男女の横にはサンと全く同じ容姿、同じ背丈の人間が立っていた。
「貴様、どういう術を使った?」
「お前がそれを知る必要はない。今から言う質問に答えろ。そうすれば仲間の命を有効活用してやる」
「......」
男は冷や汗を垂らしながら、ただ黙っていた。
「そうだな。まずここから聞こう。うちの新入りに何の用だ?随分と丁寧なご挨拶をしてくれたようだが」
サンが尋ねるが、男は血が出るほど口を固く閉ざしていた。すると、二つあるタブレットに映る景色のうち、片方が動いた。もう一人のサンが女に近づく。
「ボス、お願い助けて!」
女が懇願する。しかしもう一人のサンは、それを無視し小指の爪をゆっくりと剥いだ。ガーゼをゆっくりと剥がすように。女は悲鳴こそあげなかったが、心拍が上がり痙攣していた。
「くっ...... 」
「質問に答えろ」
それでも男は口を閉ざしたままだった。すると今度はもう一方の画面の風景でリプレイが起きた。同じように男が爪を剥がされていく。
「どうする?骨だけになるまででもやるぞ?」
「......連れてこいと言われた」
男が初めて口を開く。
「誰にだ?」
「......」
画面の向こうのサンが爪剥ぎを再開する。
「誰に連れてこいと言われたか聞いてるんだが」
「......1人の男」
「もう一つ聞く。なぜあいつが俺たちの所にいるとわかった?」
「......」
「もういい加減理解してくれたと思ってたんだが」
既に画面向こうの男女は既に両手両足の爪を全て剥がされていた。その剥がれた右手の小指が突然ハンマーで叩かれたように潰れた。
「あああっ!!」
男女は今度こそ悲鳴を上げた。
「悪魔め......」
「同じ商売をしているお前らが言っていい言葉じゃないと思うんだが」
罵倒されてもサンはびくともしなかった。とにかくこの無駄なやりとりを早く終わらせたいという思いしかない。徐々に男女の全ての指が上から潰れていく。びくびくと痙攣し、意識を保っているのがやっとのようだ。
「......探知能力者がいたんだ。エネルギーにも個性値がある。それを覚えて追跡する。お前がさっきドアの前で殺したやつだ。」
「ほう......そこの女は、どの程度の精度で探知できたんだ?」
「索敵範囲はこの街全域くらいの広さで絞り込めるのは半径30メートル程度だ」
「探知専門の能力者がいることも、そんな精度で追跡できることも初耳だな。やはり術は奥が深い。ところでエネルギーにも個性があると言ったな。うちの新入りのエネルギーの質をどこで覚えた?」
もう既に男は観念した様子だった。口から滝が溢れるように、サンの尋問に対してありのままを話している。
「その男からサンプルをもらった。お前らのガキの親は治療師だ。その親父の構成糸だよ。親子のエネルギーの個性値は似たものになるからな......」
「そうか、よくわかった。ありがとう」
そう言うと、画面の向こうの男女の体が工場の圧縮機でされたみたいに潰れた。そしてリーダー格の男も、男女が死んだことに気づく前に首を落とされていた。
「それで、何か分かったか?」
ヘクトは一人ずつ狩りをしながら片手間のように聞く。ヘクトが動くたびに血飛沫が派手に吹き上げる。
「子供はどうやら影の保護下にあるようです」
それを聞いたヘクトの動きがほんのわずかだけ鈍る。だがすぐに狩りを再開した。そして断末魔も。
「嬉しさ半分、厄介だなとい気持ちが半分って感じか」
「ええ」
「ただ、これでようやく繋がったぜ。影の尻尾をわずかだが捉えた」
そう報告した後モミジも狩りに参加した。今回は22人にも及ぶ大量の狩りだった。
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