第16話
ヘリは15分ほどでカバのたまり場から近い公園に着地した。ものすごい騒音に何事かと駆けつけた住民もいたが、救急搬送中ですと言って、無理やり追い返した。
ヘリが公園に着地してから5分後、イズミも到着した。
「着いたか。それほど待たなかった。悪くない」
「はぁ...... しんど......」
イズミは体操座りでぜえぜえと息をしながら休憩していた。
「助かった。また何かあった時は頼む」
「へい旦那、ありがとござんした!」
ユズハとフランを慎重に運び出す。たまり場までは歩いて五分ほどの距離だった。
「おいユズハ、白衣を用意しろ。視線が鬱陶しい。」
「はあ......はあ......オーケー」
こうして不恰好な医者風の不審者が四人誕生した。サンの当ては外れ、注がれる視線は思ったほど少なくはならなかった。
幸運なことにたまり場の付近には人はおらず、姿を見られずに中へ入ることができた。
「少し休憩だ」
サンがそう言い、フランとユズハをゆっくりと下ろす。
「ここから先が長いんだよねー」
ヨルがさほど深刻にならない程度に愚痴を言う。
「術を使えば余裕なんだけどねぇ。今回はそうもいかないし」
10分後、サンの掛け声で四人とフラン、ユズハはドームへ向け出発した。
「階段どうする?」
ヨルが尋ねる。
「今までと同じだ。自力で運ぶ。気合い入れろ」
そう言うとゆっくりと降りていき、壁の前でたどり着いた。
サンが手で難解な呪文を解き、壁が口を開け、一行が洞窟へ入っていった。
普段なら洞窟へ入ってからドームまで3分も掛からないが、乱暴に扱うとユズハの傷口が開いたり、フランの状態が不安定になる可能性があったため、30分かけてゆっくりと運んだ。
そしてようやくドーム内へたどり着くと、担架に乗せられた二人をゆっくりと下ろす。サンは軽く汗をぬぐい、サルガルドは肩を回し、イズミは大きく息を吐いた。ヨルは漫画で見るような目をバッテン印にして石化したかのように立ち尽くしていた。
「もう少しだ。イズミの部屋に2人とも連れて行くぞ」
もうあとわずかというところまで来たので、4人は気合が戻ってきており、順調にイズミの部屋まで2人を運ぶことができた。イズミが構成した頑丈なベッドにユズハを寝かせ、すぐ横にフランも寝かせる。
「よし。全員、フランが書いた注意事項を改めて読んでおけ」
フランが気絶する前にイズミに渡したメモのことだった。そこにはこう書かれていた。
”まず、この文は”治療師の能力、自動書記によって書かれている。ユズハを移動する際、傷口は構成糸で縫合してあるだけなので慎重に運ぶこと。フランがイズミへアトゥムを安定的に供給するため、必ず2人を3メートル以内の距離に置くこと。ドームに着いてからは、二人の距離が近いほど治癒が早くなるので、同じベッドに寝かせるのが良い。
フランはユズハの損傷した臓器を構成術により補完した。よって補完した部分がが定着するまでは莫大なアトゥムをユズハに注ぎ続けなければならないため、フランは消耗を避けるため眠った状態になる。マックスやその他の構成生物も一時的に物質状態を解除される。補完部分が完全に自分の臓器になるまで約6日程度かかる。重大な損傷部分と傷口が治った時、フランは目覚める。ユズハは完全に治るまでは10日程度かかるが、それまでに意識を取り戻す可能性がある”
「僕がお世話になった時、サイザルさんは気絶しなかったから、そこの所フランはまだ治療師としては発展途上なんだろうね」
ヨルが分析する。それにサンも被せた。
「発展途上でありながらこれだけのことができる。極めて将来有望だな。おいヨル、死体から何か見つけたか?」
「何も。フランの似顔絵がポケットに突っ込まれてただけ。ケータイも見みてみたよ。その中のメールの1通はフランを連れて行けば2000万ケルトもらえるというような内容だったよ」
サンは思わず上を仰ぎ見た。せっかく入ってくれた超有望株がこうも人気者だとは。手を打つ必要がある。サンは夜にもう一度聞いた。
「襲ってきた連中は九つの川で間違いないな」
「うん。九つは団員の数だから、あと五人だね」
「そうだな。これは掃除をする必要があるな」
サンの言葉に寝ている二人以外の全員が同意した。
「で、誰が掃除すんだよ」
サルガルドが問いかける。
「俺が行く」
「団長が!?あたしとサルガルドで行けばいいんじゃない?」
「いや。丁重にもてなしてもらったからな。こちらもきちんと挨拶しなければ失礼だ。後はフランが誰に狙われているかだが」
この件で調査をしていたサルガルドが自分の考えを述べる。
「まずクラスターは間違いない。後はクラスターに雇われた奴ら。それにその噂を聞きつけてフランを横取りしたい野良の奴らもいるだろう。坊主ほんとに人気もんだな」
それを聞き、サンが現時点での方針を伝えた。
「ヨル、サルガルド、イズミは上の仕事をしながら交代で二人の護衛だ。少しでも変化があったらすぐに知らせろ。その間に俺は挨拶を済ませる。それでいいな?」
「おうよ」 「了解」 「わかったよぉ」
各自が方針を共有し、解散しようとした時。
「みんな、ちょっと待って」
全員が足を止める。
「どうした?イズミ」
「フランのこと」
個人的に今悩んでも仕方がないだろとは思いつつ、話を聞くことにしたサンはイズミに続きを促す。
「フランがどうした?」
「みんなはどうして平気なの?今のフランは私たちの知ってるフランじゃないんだよ?」
「誰にだって隠したいことくらいあんだろ」
「そうかもしれないけど、話してくれたら、もっと助けてあげられたかもしれないのに」
「イズミは何が言いたいの?」
ヨルが少し怒りを滲ませながら詰め寄る。
「悲しくない?あたしたち仲間なのに」
「だからよ、前にも言ったじゃねえか。まだ日が浅いってよ」
「それに、ユズハをこうして治してくれたじゃないか。それも普通の医者なら絶対に助からない怪我をだよ?仲間じゃなかったらそんなことしないよ?」
「そうだけど......」
「やめろ」
サンが静かに場の流れを切った。
「確かにフランの事については謎が多い。戦いに関しては素人のはずが、熟練の暗殺者を二人も狩っている。たった数日訓練をしただけでこうなるとはとても思えない。
治療師としての技術もそうだ。当初俺たちはフランがまだ治療師の仕事をしていなかったと勝手に判断していたこともある。だがそれでもあの年であの治療技術は常識の範囲をはるかに超えている。
ここからは俺の推測になるが、フラン自身でも分からないことがあるのかもしれない。そもそも人間が術を使えること自体が超常現象のようなものだからな。特にフランはその傾向が顕著だ。あの底の知れない生成量と貯蔵量、それに質の良さ。フラン自身が知らない、もしくは親から知らされていなかったという可能性もある。」
サンはそこまで一気に言うと、イズミの肩を優しく叩いた。
「イズミ、よく考えてみろ。今回新たに分かったことは?フランは戦える、治療もできる。良いことばかりだと思わないか?今度はこいつが立ち止まりそうになったら、手を引いてやろう。あいつが目指してるところは果てしなく遠い。もしかしたら、最悪の結果になるかも知れない。だからこそ少しでも可能性の高い、日の当たらない場所にいる俺たちといることを選んだんだろう。」
「分かったよ......」
イズミはそう言うと、自分の部屋へトボトボと帰っていった。
「放っておいて良いの?」
ヨルが二人に尋ねる。
「あいつだって分かってんだろ。そっとしといてやれ」
そう言うと今度こそこの場は解散となり、各自各々の役割をするための準備に入った。
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