第15話

「嘘でしょ......」



 イズミは目の前の光景を認めることができない。死んでいない。生きている。それを確認するためにユズハに近づいていく。



 「ねえユズハ!」



 ユズハ目の前まで近づいた時、フランが手でイズミを制した。



 「フラン......?」



 「たすける しんじて」



 フランがそう言った瞬間、彼とユズハの寝ている地面と周りに1メートル範囲に円形の青いバリアが生成された。そして外側へ向かって緩やかな風が吹いている。



 そして変化は起きた。ユズハの体が数センチほど浮き上がり、徐々に内臓、体から汚れが消えていく。やがてバリアの中は完全な無菌状態となる。



 「すごい......」



 イズミは今目の前で起きている光景があまりにも神秘的すぎて、ユズハを治療していることを少しの間忘れるほどだった。我にかえった時、治療は次の段階へ以降しつつあった。



 フランがユズハの体に手をかざす。すると小腸が徐々に元の位置に戻ってゆく。小腸の位置が正しい場所に収まると、今度はは体内の臓器全ての位置が本来あるべき位置に配置されていった。



 次にフランが損傷した腎臓に手をかざす。すると手から霧が発生し、腎臓に染み込んでいく。徐々に腎臓の形、機能が修復されて入った。最後には潰れていた片方の腎臓を含め、欠損部分が全てフランの構成術によって補完された。だがこの方法だけでは、欠損部分を補うことはできても、補完部分以外の傷そのものを塞ぐことはできない。潰れた内臓を補完するだけで尋常ではないアトゥムを消費するため、傷を塞ぐことにまでアトゥムを使っていてはフランでさえもあっという間に生成量の限界がきてしまう。



 外で治療の様子を見ていたイズミは悟った。



 「これが治療師の治療......」



 欠損部分が補完されると、治療の段階が次へ移った。フランが手元に特殊な器具と青い糸を構成し、それを用いて体内の傷という傷を順番に縫合していく。ただ縫合するだけなら外科医でもできる。ただ治療師の能力は医者の能力よりも一線を画している。


 まるで機械が行なっているかのように、極めて無機質に、かつ尋常ではない速度と精度で傷を縫合、止血していく。その様子はフランが治療しているというより、フランの体を借りて別の誰かが行なっているようにもイズミには感じられた。



 普通の医師なら8時間から10時間はかかるであろうここまでの工程を、フランは四十分程度でこなしていた。



 もうすぐ治療はユズハの本体から切断されかけている左手に移りつつある。体内の止血、縫合を全て終え、あっという間に真皮、表皮まで縫合されていった。フランは左腕の上に移動ししゃがみ込んだ。



 フランは数十秒ほど患部をじっと見てどの組織、神経が破壊、切断されているのかを診断した。先ほどと同じ器具と糸を構成し、先程と同じく、ものすごい速度で腕を縫合していく。神経、筋繊維、切れた組織を完璧に縫合、骨は構成した特殊な接着剤で固定する。左腕の方も約十五分ほどで全ての処置を終えた。



 「これで おわり」



 フランがそう言うと、バリアが解除されユズハの体がゆっくりと地面に下りた。縫合跡以外は、完全に健康体に戻ったように見える。



 「かみとペン ちょうだい」



 「え......?」



 イズミはその言葉が自分に言っているのだと気づくのに少し時間がかかった。



 「はやく」



 そう言われて、ようやくイズミはスケッチブックと鉛筆を差し出した。



 フランはいつもの筆談の時とは違い、高速で何かを書き込んでいた。そして何かを書き終えるとユズハに渡す。



 「フラン、これは......」



 イズミがフラン書き込んだ内容を聞こうとしたその時、フランは地面にゆっくりと倒れていった。と同時にマックスと狼も一旦構成状態を解除され、フランの体内に戻っていく。フランは眠りに落ちるように、ゆっくりと意識を閉じていった。その時、声が聞こえた。



 「「よく頑張ったね」」




倒れたフランにイズミが駆け寄る。



 「フラン!?ねえフラン!?大丈夫?返事して!!」






 フランが倒れてから20分後、イズミの連絡を受け残りの団員全員がユズハとフランの元へ集まっていた。




 「それで、フランがユズハを治したと?」



 サンがユズハに尋ねる。



 「うん。あたしがが来た時はもう奴らは見た通り死んでたよぉ。責めるつもりはないけど、フラン自身も治療師だったことは言ってくれなかった......それに、2人も殺せるほどフランて強かった?違うでしょ?謎だらけだよ。私たち信頼されてないのかな......」



 「まあいいじゃねえか。結果オーライだ。それにまだ出会って短えし、これからだよ。それよりよお、2人殺って仲間の命まで救った。大手柄だ、坊主」



 サルガルドが意識のないフランを言葉で労う。それに、こんな形の初対面になってしまったことに少し残念な気持ちもあった。



「みんな、これを見て」



 イズミがフランの書いたメモを見せる。そこにはユズハの怪我が完治するまでにやるべきことが書かれていた。



 「まずは二人をドームまで丁寧に運べばいいってことだな。ヨル、団長、イズミ、どうする?」



 「サルガルドの転移術で少しづつ移動していくっていうのはだめかな?」



 ヨルがサルガルドに控えめに尋ねる。



 「それは無理だ。さっきのメモを見ろ。術や技で移動させた場合、フランの術で構成させて補完してある内臓部分に干渉したり、ユズハを縫った傷口が開くらしい。移動させるのに術は使えない」



 「そりゃまた難儀だね......」



 「何を言ってる。ヘリで近場まで飛べばいい。」



 サンがそう言って何処かへ電話をかける。



 「あの......団長?」



 ヨルが声をかけるが完全に無視される。



 「よう、商売は順調か?ちょっと頼まれてくれるか?ヘリを大至急貸してくれ。料金は言い値で構わない。あぁ。座標の通りの場所で頼む。そこなら降りられる。ブルーリバー公園の端だ。よろしく頼む。」



 「団長はおめえとはスケールが違えんだよ」



 サルガルドがヨルを軽く小突く。



 「そうだね......僕貧乏性だからね......」



 「イズミ担架を作れ。俺とイズミでフランを、サルガルドとヨルでユズハを運ぶ。くれぐれも慎重にやれ」



 了解



 全員が頷いた。



 慎重に運んだめ目的の場所までは10分程度かかった。すでにヘリは到着していた。大型の輸送ヘリだった。



 二人を担架ごとヘリに乗せる。



 「絶対に2人を3メートル以上離すなよ」



 サンがそう言った後、操縦席のパイロットが声をかけてきた。



 「旦那、遅くなりやした」



 「助かる。よろしく頼む。」



 「すんません、旦那。一つ問題がありやして。」



 「どうした?」



 「このヘリあっしを入れて6人乗りなんで、お1人様お乗せできねえんですわ。どうしましょ」



 そう言われサンはみんなを順番に見る。そしてヨルに目線が移り、そこで止まった。



 「いや待って!こういう時くらい公平に決めない!?」



 ヨルがさすがにこの待遇はないだろと不満を挙げる。



 サンが数秒考え、言った。



 「それでは、じゃんけんで決めるぞ。負けた奴は必死についてこい。着陸した時には追いついていてもらわないと困る」




 「そんな無茶な......」



 ヨルが思わず呟くが、サンはいたって本気のようだ。



 みんなが構えの姿勢をとった。



 「......最初はグー!ジャンケンほい!」



 みんながパーを出すなか、イズミだけがグーを出していた。



 「え......マジで?」



 「イズミちゃん、頑張れ」



 ヨルがそう声を掛ける頃には、すでにイズミの姿は点となっていた。



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