第14話
「おい、お前。黙って私たちについてくるなら、この女のように痛い目にはあわなくて済むよ」
女がそう言う。だがフランにその言葉が届いた様子はない。
「仕方がない。多少弱らせるか。」
男がそう言い、女も頷く。
女が動いた。フランの脇腹目掛けて蹴りを放つ。その瞬間。
「な!?」
突如として現れたマックスが蹴ろうとした足めがけて噛みつきにかかる。だが女は空間術を自分自身に使い、瞬時に1メートルほど瞬間移動し回避した。続けて5メートルほどフランから距離をあける。
この時マックスはフランから見て左に4メートルの場所に、女は真正面5メートル程の場所に位置していた。
「ちっ、面倒だね、犬をまず片付ける。」
そう女は言い、構成術で作ったナイフを持ち、マックス目掛けて跳躍した。一気に首の動脈を狙う。だがその攻撃は届かない。マックスはすでにその場所にいなかったのだから。
「え??」
女が声を漏らした時、マックスはフランを庇うように真正面に立っていた。
「「どういうことだい?」」
女がこの戦いで初めて動揺を見せた。
「どけ!犬1匹始末するのに何をやっている!」
男がアテンの砲撃をマックス目掛けて打つ。女は砲撃を避けるため疑問を感じたまま回避した。
砲撃がマックスに直撃するまでコンマ2秒ほど。だがその時間がたった時、二人は今度こそ驚愕した。
またしてもマックスが消え、いつの間にか男の右腕に噛みついていた。
「こいつ!?」
腕を噛んでいるマックス目掛けて蹴りを放つ。だがマックスは蜃気楼のように一瞬で消え、瞬きをした時にはフランの元に戻っていた。噛まれた男の右腕からはドロドロと鮮血が滴り落ちていた。
「まさかこの犬、構成生物かもしれん......」
「構成生物!?この場で洒落にもならない冗談言うもんじゃないよ。いくら熟練した構成術師でも、この規模の生き物を丸々作りあげるなんて...... 」
「じゃあどうやってこいつは瞬間移動したんだ??さっきお前も見ただろう。普通の犬がそんな芸ができるわけがな......」
そう不毛なやりとりを繰り返している間にフランが動いた。殺気がみるみる膨れ上がる。そして左手を地面に向かってかざす。
「さっきまでは小便ちびりそうなガキだったのが、一体何があった?それに今こいつは何をしている?」
自分自身に問いかけた瞬間、男はすぐにその疑問の答えにたどり着く。そしてその答えを間違いにするため、全力で攻撃を仕掛ける。
フランの左手からとてつもない量のアトゥムが放出され、地面上で集まり始めた。
「まずい!!また何か構成させる気だぞ!」
男がこの戦い最大の砲撃を放つ。そしてフランの元で大爆発を起こし、当たりは水蒸気で一メートル先も見えなくなった。
だが男は自分の攻撃が失敗に終わったことをすでに悟っていた。
「これは......水蒸気。奴は氷を使っていた。つまり...... 」
フランは氷を使って砲撃をガードしていた。ただしユズハの時よりも比較にならない質量と硬度の氷を使った。そしてその結果が大量の水蒸気だった。
徐々に水蒸気が薄らいで、フランの姿が徐々に浮き出てきた。
「無傷だと!?あれだけのアトゥムを込めた砲撃だぞ......」
そう男が言っている間にも、事は進んでいた。フランが注入しているアトゥムの霧が徐々に濃くなり、周りに風が生まれ始めた。そしてみるみる風は強くなり、霧も濃くなっていく。
やがて風が嵐となり、台風と呼べるほどの強風になった頃、霧が形を作り始めた。そして爆発が起きたように風が強くなった後、全くの無風となった。
砂埃が雪のように地面に舞い降り、その輪郭が姿を表す。そこにいたのは体長3メートル近くある白い狼だった。
「馬鹿な......」
二人は追い詰められていた。この世の理屈を超えた現象をこんな小さな少年が起こしている。その現実が脳の思考回路をショート寸前まで追い詰める。だが時が止まる事はない。
マックスは女へ、狼は男へと向かっていた。それも動きながらコンマ0.1秒程度物質状態を解除し姿を消すフェイクを入れる。それが二人にはワープしているように見え、動きを捉えることをより困難にしていた。
一気に攻守逆転。男と女は攻撃を避けるだけで精一杯だった。
「これは本人を叩くしかないぞ!」
「あぁわかってるよ。私がやる!」
女がそう言い、身体中からアテンを絞り上げマックスを振り切り、フランに突進する。だが残り1メートルというところで瞬間転移してきたマックスが前方にそびえ立つ。
「畜生!!近づくことすらできねぇ。役割交代だ、砲弾を打て!!」
「了解!」
男は狼の噛みつきをかわしながら今の一瞬でできる渾身の砲撃を放つ。その数20弱。超速でフランを補足するが、またしても直前で爆発し、水蒸気が発生する。だが今度は様子が違った。
「氷が......残ってる......」
男の砲撃を受けてもまだ氷の塊、ではなく氷の壁は形を保っていた。そして役割を終えた途端、亀裂が綺麗に入り、ダイヤモンドダストのように粉々になった。
「このガキここまでやってまだアトゥムが枯れないのか......」
男がついに愚痴をこぼしたその時、フランが動いた。
左手を開き、女の方に向ける。するとフランの頭上に長さ120センチ、幅20センチほどの八角形の氷の柱が構成された。そしてフランが左手を下ろす。すると氷の柱は女めがけてみるみるスピードを上げながら飛んでいく。
「速い、速いが避けれないほどじゃないね」
そう女が呟いた瞬間、マックスが突然フランの元へ転移した。
「え?......」
ここで思わず戸惑ってしまった女に死神が忍び寄る。
避けたと思った氷の柱が数10個の小さな氷に分裂した。そして分裂した氷がさらに分裂をする。
フランが想像したのはショットガンの散弾だった。それをイメージしながら氷を壊していく。
百個以上の氷の散弾が一瞬動きの遅くなった女を襲い、女の全身を貫いた。全身に穴という穴が開き、そこから噴水のように血が吹き出る。
女は痙攣しながら膝をつき、倒れ絶命した。
「な!?」
男は相棒が命を失ったことを現実として受け入れらなかったが、それを見逃すほどフラン達は甘くない。
今度はマックスと狼2匹がかりで男を狩りにいく。
「く......これは凌ぎきれない......」
男は何かフランの弱点はないかと必死に術の粗を探していた。2匹の猛攻撃を紙一重でかわしながらフランの様子を見ていると、一つ気がついた。
マックスと狼が物質状態を解除する時、フランの両手の指がわずかに動く。このことから物質解除能力は自動型ではなく手動型能力。ならば指示を出すためにアトゥムを2匹に送り込んでいる流れを見つけ出せば、能力は解除される。能力が解除されれば転移は出来なくなり、こちらにほんの少し天秤が傾く。そう男は判断した。
その時狼の噛みつきが左手を捉え、さらにマックスに頭を浅く噛まれた。頭は軽症だが、左手は全滅は避けられたものの小指と薬指を失った。男は時間が動ける残り少ないことを実感し、激痛に耐えながらアトゥムの流れを探る。すると一本の細い糸程度の流れを二本感知できた。
男は二匹の動きを止めるため残り少ない体力で技を放つ。
鋼鉄の針
通常は暗殺に使われる技を今使うのには理由があった。体力がもう残り少なく、フランを倒すためには一滴たりとも無駄なエネルギーは使えない。そう判断した男はピンポイントでアトゥムの流れを串刺しにし、切断した。
「よし!これで......」
二匹の転移化が止まった。これで状況を改善できたと男がわずかに油断したその時。
「ぁ......」
男は針で脳幹を貫かれていた。そして糸の切れたマリオネットのように倒れこんだ。
フランは男か女のどちらかがアトゥムの流れに気づくことを予想していた。さらには今のような膠着状態に陥ることさえも想定済みだった。マックスには姿を消している間に、狼には構成する際に極細の針を頭の体毛に潜り込ませ、男が技などで動きが止まるのを待った。ほんのわずかな時間なら物質状態を解除してもすぐに体が再構成されるので針は留まり続ける。
次に脳幹を直接狙えるようマックスに傷をつけさせ、目印とする。さらに男を追い込むため狼に左手を攻撃させた。その後は針が刺さる確率を上げるために動きをカモフラージュしながら顔の向きを目印に向け続ける。そして操作術を使い、男が技を使うためにコンマ5秒程度の一瞬動きを止め流れを切った瞬間、マックスが作った傷めがけて針が飛ぶよう設定した。
マックスと狼の行動は全て針を刺すための準備だった。そして何よりドーム内で訓練した際に読んだ「操作術超初級入門」という本を読んでいたのが功を奏した。でなければ暗殺のような真似はできなかっただろう。
「「ね、私が言った通りでしょ?あなたは強い」」
また声が聞こえた。
「「君が僕を操って倒したんじゃないの?」」
「「だから違うって。私はほんの少しお手伝いしただけ。」」
「「何をしたの?」」
「「心の中にある恐怖を少し麻痺させただけ。後は全部あなたの力よ」」
「「こんなことが出来るなんで、僕は化け物だ......」」
「「違う。あなたは大事な人を守るために頑張っただけ」」
「「......」」
「「まだ終わってないよ?お姉さんを助けなきゃ」」
そう言われ気がついた。全速力でクレーターの中へ、ユズハの元へ向かう。
「「お姉ちゃん......」」
フランはユズハの脈拍を調べようとした時、わずかに胸が上下した。
「「生きてるけど危ない。すぐに処置しないと」」
ユズハの体は複数の臓器が損傷、肝臓は門脈、肝動脈から出血。小腸は体からはみ出していた。中でも酷いのが腎臓。腎臓は二つのうち一つが完全に潰れ、もう一つも損傷により腎不全状態。複数臓器の損傷による多臓器不全とフランは瞬時に診断した、その時。
「ユズハ?......」
振り返るとイズミが魂の抜けたような表情をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます