第8話
サルガルドはついに押し付けられた最後の仕事にかかろうとしていた。依頼内容は大手企業社長の娘の救出。よくあるタイプの依頼だ。彼女がいなくなった翌日すぐに相談して来たのが功を奏して、すぐに居場所を特定できた。彼女は人身売買組織に誘拐され、海外へ売り飛ばされそうになっている。
サルガルドは考える。我々は仕事でやむない事態になった時か、もしくは殺害そのものが依頼の時のみに殺しをしているだけで、穏便に済むならそれに越したことはない。つまり、少女だけ解放してくれれば誰も傷つけずに依頼を達成できる。だがサルガルドには子供がいる。だから誘拐された娘の親である社長の気持ちが少し分かる。本来の依頼からは外れるが、組織ごと叩き潰すという結論に達する。
「おいこいつ、どこで仕入れて来た?」
「すんごい上玉だろ?ハンテエレクトロニクスの社長の一人娘だ」
「おい、そんなでかいところのガキさらっちまっていいのかよ......」
「さっさと売っぱらえば問題ないだろ。そうすればこのガキに肩書きなんてなくなる......」
ここでいつの間にか紛れ込んだ男が遊びだす。
「でもよぉ、こんだけの娘だぜ。ちょいと味見したくはねえか?」
「そりゃ俺もそう思うけど、商品に手を出したら仕事にならねえぞ」
「ちょっとだけだよ。バレないところだけ美味しくいただけば大丈夫だろ」
「そう言われればそんな気もす......ん?お前誰だ?」
会話にあまりにも自然に入り込まれていて気づくのに遅れたゴロツキの一人がその男に尋ねる。
男は古代の魔術師のようなローブを被っていた。だが首から下ははるか東の東洋の国の人が使うような、青色の和服を身につけていて、ひどくアンバランスなセンスの服装となっていた。そして腰に何かをくくりつけている。
「うん?この娘を助けに来たおっちゃんだが。ところで、ボスはどこにいる?」
ゴロツキの二人は拳銃をサルガルドに向ける。
「映画でもこういうことを言ってる場面があるだろ。誰が知っててお前に話すと思う?」
「もーーーーー、一回だけ聞くぞ。ボスはどこだ?次はない」
サルガルドから怒気が少しづつ滲み出る。徐々にゴロツキの二人が押され始めた。
「さっき言っただろ。知っててっ!?」
そう言った言葉が最後となった。2人は胸から心臓を何かで刺され、事切れた。
「悪事をするなら最低限術くらい身につけろよ......。こっちが罪悪感感じちまうじゃないか」
サルガルドは、こういう使われなくなった工場に誰がどこにいるのかは大抵テンプレートのように決まっているものだということを思い出し、一気に工場奥まで突き進む。途中の部下であろう人間はことごとく頭を撃ち抜かれ、首を飛ばされ、腹をえぐられ、工場内は地獄絵図と化していた。そして最奥の部屋に着くと、そこには2メートル程度はあるだろうかという大柄の男が誘拐した娘のリストを見ていた。
「この騒ぎは、どうせ、お前なんだろうな」
「それが分かってるなら、俺の目的もある程度分かるだろ?」
「ああ」
そう言った瞬間男はサルガルドの懐に入り、腹へアテンを込めた拳を食らわす。それをあえて避けずに食らったサルガルドは部屋の端まで飛ばされる。
「「ボスは術者か。今までの輩よりはいい筋をしてるな。動きも悪くない。問題は上級術を使えるかどうかだが、それはすぐに分かるだろう」」
サルガルドはそう心の中で分析する。さっき受けた拳も僅かなアテンだけで無力化できた。
「「ただ、吹っ飛ばされる小芝居なんて苦手なんだよ......」」
その思いが頭をよぎった時、相手の男が動きだす。
男は右手を前に出す。その瞬間部屋に飾られていた10丁ほどのライフル、拳銃が宙を浮き、サルガルドの方を向きリロードを開始する。
「「なるほど、操作か。それなら。もう一度受けてやるか」」
サルガルドは腰につけた脇差程度の長さの刀を抜く。
その瞬間ライフル、拳銃が一斉に発射される。その弾丸をサルガルドは刀で片っ端から切断していく。弾丸が彼の肉を抉り取るその寸前で、弾丸は役目を果たさず真っ二つにされていた。
「尋常じゃない速さだが、いつまで持つかな?」
男は実験動物を拷問するかのような目つきで笑っていた。ライフル、拳銃は弾切れになると、別の銃器がカバーに入り、その間にマガジンを取り替えていた。その弾丸の雨を確実に防ぎながらも、サルガルドの心はざわめいていた。
「「妙だ。弾丸を切った手応えが何かおかしい。少しづつだが俺のアテン精製量が下がっている......」」
操作術。サルガルドは培えた経験から一瞬で種の謎に辿り着く。だが次の瞬間。
「どういう事だ......」
切断したはずの弾丸が刀をすり抜け、サルガルドに向かってくる。考えている暇はない。急所を避け、弾丸を肩のあたりで受ける。だが被弾した手応えがない。そこでサルガルドは答えにたどり着いた。
「「三重術者トリプルか。さっき切れなかった弾丸は操作術による幻覚。そこに本物の弾を混ぜる。さらにアテンへ干渉術を使い体力を少しづつ吸い取る。少しは考えたもんだ。だが術の連携は稚拙。やはりゴロツキとはその程度か」」
サルガルドは刀さばきをやめないまま、瞬時に何かを唱えた。
「大地の砦アースウォール 」
そう唱えた瞬間、爆音がサルガルドの足元から発生し、緑色の膜のようなものがサルガルドを包む。そこへ弾丸が集中豪雨の如く注がれるが、全て膜に触れた途端速度を落とし地面に落ちる。
「危ないところだったぜ、なんてな」
「てめぇ、一体なにもんだ?......」
「雇われた白馬の王子様ですが何か?」
そう言ってサルガルドは「大地の砦アースウォールを解除した。
「刃物持ってるからってだけで遠距離はないとか考えんなよ?」
いつまでも遊びに付き合ってはいられない。サルガルドが最初で最後の攻勢に転ずる。
「大喰らいの影シャドウイーター」
そう唱えると、サルガルドの足元から先程と同じように膜が発生した。しかし今度は漆黒の色だった。そして膜からいくつもの龍のような首が何本も生まれ、弾丸を超える勢いで襲う。男は必死にかわしていたが、影の首が漆黒の口を開け、をついに太もものあたりを捉える。
その瞬間、抉られた部分が消滅した。男はこらえ切れずに悲鳴をあげる。
「お前の肉、まあまあだってよ。よかったじゃねぇか。最期に役に立てて。俺は、君の犠牲を決して忘れないよ。多分」
もはや防戦一方だった。太ももの次は左手を、左手の次は脇腹を、男はまさに食われていた。最後には男が来ていた衣服の残骸だけが残った。
写真を手に、サルガルドは地下の監禁部屋で娘を探す。そして四人目で足を止める。
「やあ、君のお父さんに頼まれて君を助けに来た。君はもう自由だ。」
「私、自由になれたの?あの......他の子たちはどうなるの?」
「こんな状況なのに他の子のことの心配か?さすが育ちがいいな。大丈夫だ。君はいるべき場所に帰るんだ。」
サルガルドは電話を一本掛け、少女と共に工場を後にする。
「女子児童が行方不明になる連続誘拐事件が発生して1ヶ月、その児童が監禁されていた場所が通報によって発見され、児童も全員解放されました。警察が現場に駆けつけると、複数の犯人は全て死亡しており、地下に児童が監禁されていました。監禁されていた児童の証言によりますと、突然悲鳴のようなものが聞こえたとのことです。」
襲撃の翌日、ケータイでそのニュースを見ながら、天にも昇るような気持ちでいた。
「まったく団長も人使いが荒いよな。まあでも、おかげでこうしてお前らと一緒に居られるんだからな。なっ!!」
「ん?お父さん、どうしたの?」
「いいや、父ちゃんはお前らが大好きだって言ったんだよ」
「わたしたちも、お父さんのこと好きだよ」
そこには昨日殺戮を繰り広げたとは思えない男と、普通の家族の風景が広がっていた。
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