第7話

故障、それ以外考えられない。成人の男性でも最高で9秒半ばくらいだったはず。フランの常識を超える出来事が起きていた。



 「そんなにびっくりしないの。ちゃんと種明かしするから。ユズハ、ありがとね。」



 ユズハはヨルと組手をしに行き、イズミは地面にあぐらをかく。フランもそれに続いた。



 「アテンて言うのは、アトゥムと同じエネルギーの種類の一つだよ。というか、本来は全てのエネルギーの中の基本のやつなんだけど。フランは覚える順番が逆だねぇ。さて、アトゥムが物体を構成させる作用があるのに対して、アテンは物体を強化、増幅させる作用がある。アテンもアトゥムと同じで、訓練、実際に使うことで量と質を増やすことができる。そしてこのアテンを使った術を強化術という。基本はアテンを使った強化術と自分が得意な術の二つで戦うことになるよ。


 ここまで説明すれば少しは分かってくるんじゃないかな?他にいくつものエネルギーがあって、エネルギーごとの排出口もそれぞれある。そして人それぞれ操るエネルギーに得意不得意がある。フランは構成術者だから、それ以外のエネルギーをどこまで使えるようになるかは、まだ分からないよぉ。ってまたベラベラと喋っちゃった。大丈夫?頭から煙出てない?」



 フランは話こそ表面上は聞いているフリをしていたが、途中から完全に聞き流していた。それを見破られていたのか、突然イズミに両手で頬を挟まれ、目を覗き込まれる。



 「やっぱり聞いてないねぇ?まあいいや、実際にやって見た方が早いからねぇ。じゃあ立って、リラックスしてね。」



 そう言うと2人は立ち上がった。フランはさっき目を覗き込まれた時に感じた女性の香りのせいで、頭の切り替えが少し遅くなった。



 「フランくんは利き手左だったよね?じゃあ左手を出して。あっそのうち両手でやってもらうから、そのつもりでねぇ。じゃあ左手に意識を集中させて。まずはアトゥムの流れを感じ取って。」



 フランが意識を集中させると、左手にモヤモヤした何かが流れているのを感じ取った。そのことを目で合図する。




 「それじゃあアトゥムの流れの周りに、絡みついてる別の流れを感じ取って。いきなりは無理だから、少しづつ。もし何か感じたと思ったら、これにパンチしてみて。ちゃんと痛くないようになってるし、パンチした時にアテンを制御できてたら私にも分かるような仕組みにしてるからねぇ。」




 そう言ってイズミが作り出したのは、フランと同じ背丈のたぬきの人形だった。これを同じく作った椅子に座らせる。かなり可愛い見た目をして殴りづらいのだが、フランはそれを伝えるほどの体力の余力はなかった。




 「今は午後3時だね。6時までその練習続けてねぇ。休憩は適度にとっていいから。でも10分を超える休憩はサボりとみなしてお仕置きするよ!じゃあ頑張りなよ!!あたしは用事があるから何かあったらユズハに言ってねぇ。」



 そう言ってイズミはドームの反対側の端でヨルと組手してるユズハの元へ向かった。



 「ユズハ、代わって。あたし疲れたから少し寝る。」



 「えぇ?今ヨルと組手してたのに。」



 「ごめんねぇ、教えるのに集中してたらかなり疲れちゃって。サボらないように見てるだけでいいから。なんなら組手続けながらでもいいよぉ。」




 「それなら......分かった。おやすみー。いい夢を。」



 「見張りの片手間で十分だと思われるとは、僕も舐められたもんだね......なんて。」



 「別にそう言うことじゃないでしょ。将来頼りになる仲間を育てるためにあんたも協力して。」



 イズミはそのやりとりを聞きながら心底眠そうな表情で自分の部屋へと向かう。




 一時間が経過した頃、ユズハはフランの様子を見た。まだ一度も休憩をとっていない。そして左手に意識を集中させているのは分かるが、霧が発生していないところを見るとまだ感覚は掴めていないようだ。



 「さすがにこっちはそう簡単にいかないみたいね。私も最初は苦労したわ。」



 「まあ構成術があれだけできるってだけでも反則物だからね。今回はじっくりやればいいんじゃないかな。」



  2人はフランを気にかけながらも、組手を再開する。



 「「難しい......」」



 フランにとってアテンの流れを探り当てるのは想像以上に難しいものだった。アトゥムの流れる量が膨大なため、相対的に微弱な流れとなるアテンをなかなか感じられない。こうして、特に収穫が得られないまま午後6時になった。部屋からイズミが出てきた。そして先ほどの爆発的なスピードでフランのところへ向かった。



 「フラン、お疲れ様、よく頑張ったね!」



 その様子を見てユズハとヨルもフランの元へと集まる。



 「フラン、訓練はどうだった?」 



 ヨルがフランに尋ねる。フランは笑顔でヨルに笑って頷いた。



 「結果はともかく、充実してたってことかな?すぐにどうこうなることじゃないから、これからだよ。」



 「そうよフランくん、地道な努力が実を結ぶんだから。あなたなら大丈夫!」



 ヨルとユズハが労いの言葉をかける。



 「フラン、これからは基本午前がアトゥムの訓練、午後からはアテンの訓練になるからねぇ。午後6時以降は自由時間だから。自主練するのもよし、休むのもよし、自分の好きなことすればいいよぉ。個人的には、疲れてると訓練の効率が弱くなるから、そうでない時以外は訓練はあまりおすすめしないよぉ。」



 イズミはそこまで勢いよく言うと、息を整えて再びフランに話しかける。



 「じゃあこっち来て。フランの部屋作ってあるから。」



 そう言って二人はドーム内を東の方向へ移動する。すると、最初ドームへ来た時にはなかったドアができていた。


中へ入ると、そこは世間一般で言う12畳の広さくらいの空間があった。急ピッチで作ったためか、部屋の備品はベッドのみで、シーツも敷かれていなかった。



 「フランくんの好みが分からないから、必要最低限以外のものは置いてないんだぁ。シーツと掛け布団どうする?いくつか用意しといたけど。クジラの柄、星がキラキラ入ってる柄、それから、カバの柄、そのどれも嫌なら、イズミお姉さんが使ってた太陽と月の柄のがあるんだけど、どうする?」



 フランは、恥じらいの表情を見せながら指を四つ立てた。



 「あたしが使ってたやつがいいの?別に深い意味はないよね?そうだよね?あたしの考えすぎだよね?よし分かったよぉ。今から持ってくるから少しだけ待っててねぇ。」



 そう言って大急ぎでイズミは南側にある倉庫に向かい、20秒後にはシーツとかけ布団を抱えフランのところへ戻っていた。そしてシーツを綺麗にベッドにセットしていく。



 「はい、これで良し。じゃあフラン、他に欲しいものある?」



 フランはいつものやり取りのようにスケッチブックとクレヨンを受け取り、書いていく。



 「えっと、本棚、本、ケイタイ、パソコン、タブレット......。フラン、結構贅沢だね......。その代わりちゃんと強くなって仕事手伝ってよぉ?」



 フランは力強くうなづいた。



 「よし!分かったよ。タブレットとケイタイは今度買いに行こうねぇ。本棚は在庫があるから持ってこれるよ。本はどんなのが良い?」



 フランは伝えたい思いが先になり、雑にクレヨンを滑らせる。



 「もじのほん と かがく の ほん」



 「ほんとフランは勉強熱心だねぇ。よおし、書庫にはそういう本結構あるから、たくさん持って来てあげるよ。


あとは隣の区に馬鹿でかい図書館があるから、今度ケータイ買う時一緒に行ってみようねぇ。」



 二人で今後の話をしていると、ドアが四回ノックされた。イズミが代わりに出ると、サンが立っていた。



 「よお。まだ1日目だがこいつ、へばってないか。」



 「体は結構疲れてるみたいけど、大丈夫。この子ほんと根性あるよ。」



 イズミの報告に、サンは満足げに頷いた。



 「そうか、10日までに何とかなりそうか?」



 「ギリギリかもねぇ。まぁできる限りの全力でやるよ。」



 サンはフランを見た。



 「お前には期待している。できないことをしろとは言わないが、結果を出せ。」



 サンは静かにそう言い、部屋を後にする。フランは今後組織の核となる存在になれるかもしれない。だがそうなることを恐らく彼は望まない。なぜなら家族を助けるために組織に入ったのだから。

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