第9話

フランの訓練が始まってから3日が経っていた。



 アトゥム・構成術の訓練はフランの天賦の才のおかげか、すでに握りこぶし大の氷四つ程度は構成できるようになった。その様子を見たイズミから午前の訓練のうち1時間は必ず本を読み構成のための知識を得ることをノルマとされた。



 一方、アテン・強化術の方はかなり苦戦していた。一瞬何か別の感覚が掴めたと思って人形を殴っても、反応しない。そしてもう一度左手に意識を集中させる。これの繰り返しだった。



 1時間が経った頃、感覚に変化があった。普段流れてるアトゥムの流れに沿って、絡みつく電流のようなものを感じた。もう一度試してみようと思い、人形を軽く振りかぶって殴りつけた。




 その瞬間、人形の顔がドッジボールを受けた人間の頰のように大きく凹み、ドーム反対の壁まで吹っ飛んでいった。人形を座らせていた椅子はバラバラになり消滅した。その人形をマックスが一目散に追っていく。



 「おおっ!!ついにやったね!」



 イズミが部屋のドアを蹴り破ってフランのところまで突進してきた。フランはイズミが駆け寄ってきたよりも、自分が放ったパンチの威力に驚いていた。



 「これで分かったでしょ?強化術がいかに大事か。でも驚いたのは、フランの場合ちょっとアテンを練るだけであそこまで威力が上がるんだね......。フランは肉弾戦でもいけるかもしれないねぇ」



 イズミは子供がハイハイが出来るようになった時を喜ぶ親のように、フランを褒めていた。その横ではマックスがご主人様のスペックをここぞとばかりに自慢している。



 「フラン、左手でアテンを集めるコツは掴んだ?」



 そうイズミが尋ねると、フランは左手を見せた。10秒後には、見た目にも分かるほどアテンが溜まっていた。



 「よし、じゃあ第二段階に行くよ。といっても、やることはそんなに変わんないよぉ。左手でやってたことを、体全体でやるだけだから。見本見せるよ。」



 そう言うとイズミは両手を自然体で下げ、リラックスした姿勢になる。その瞬間、イズミの闘気が爆発的に膨らんだ。フランはその様子に思わず後ずさりする。



 「ざっとこんな感じ。左手でやったことを体全体でやるんだよ。これが出来るようになれば身体能力は大きく向上するよぉ。ただ負荷は体全体でやる分それなりにかかるから、休憩しながらやってね。あっ嬉しさのあまりドアを......」



 イズミはとぼとぼと自分の部屋に戻って行く。マックスが何かを察したのかイズミの後を付いていった。




 イズミが去ってから10分後、フランは訓練を再開した。全身でアテンの流れを探る。左手でコツはある程度分かっているので、探り当てるのはそれほど難しくなかった。手繰り寄せた流れを掴み取り、少しずつ集中し増幅させるようイメージする。すると、徐々に自分の体から力が湧いてくるような手応えを感じた。そこでフランは増幅させた状態を維持したまま歩き始める。止まっている時よりもかなりの集中力を必要とした。だが、精神面では疲労する代わり、肉体的にはかなり動きやすくなった。フランはもう一段階レベルを上げ、増幅させたまま走ってみた。すると今まで走っていて見てきた景色の流れが今までよりも随分早く感じた。




 それから2時間、フランはアテンの錬成をしながら走る訓練を、少し休憩しながら続けていた。するとイズミとマックスがプレハブのようなドアを開けフランの元へとやってきた。



 「フラン、順調みたいだねぇ。一回タイム計ってみよっか。前に引いた線残ってるから、あっちへ行ってくれる?合図はマックスにしてもらおう。」



 フランは軽い足取りでスタート地点へ向かっていたが、イズミから見ると明らかに動きが軽やかになっていた。



 「フラン準備良い?じゃあマックス、合図して!」



 フランが準備を整え、マックスに目で伝える。



 「ウォン!!」



 マックスが超大型犬にふさわしい随分低いドスの効いた声で合図を出した。



 スタートしたフランは前回よりも数段伸び伸びと足を前に出し、みるみるイズミに近づいて行く。そして白線を超えた時、イズミはストップウォッチを見るまでもなくタイムが良くなっていることを確信した。




 「11秒ちょうど。やったねフラン!3秒タイム縮まったよ!」




 そういってイズミはフランの頭をごしごしと撫でた。




 「一度感覚を掴んだら、自転車や絵を描くのと一緒だから、後は繰り返していくのみだよ。あと、これからの訓練に筋トレもいれて行くから。元の体が強くないと、どうにもならないからねぇ。といっても、フランはまだ子供だから、成長に影響しない程度でやるよ。」




 フランは自分が成長していることに満足している一方、これで両親と兄の元へ少し近付いたという気が引き締まる思いもあった。








 一方、地上では、カバのたまり場がインコ1匹すら入れないほど繁盛していた。



 「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?ろ、6名様ですね!ただ今満席でして、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」



 「ご注文はお決まりでしょうか?ヒッポコーヒー2つ、メロンソーダのオアシスサイズ、オムライスのカバ盛りですね。少々お待ちください!」



 ユズハがチーター並みの速度で客と注文をさばいていく。だがそれでも追いつかずに、カウンターで料理を担当しているヨルにハッパをかける。



 「ヨル、お客様の注文3人分溜まってるよ?早くして!」



 「分かってるけどユズちゃん、体は一人分しかないんだよ?それに料理に手は抜けないよ......。ていうか僕たちの本業忘れてない?」



 「こっちも大事な仕事だよ!他に手の空いてる子いないの?」



 「あのーユズちゃん、僕料理しながら話すの苦手なんだけど......。今団長仕事終わって戻ってるはずだから、聞いてみて」



 そうヨルから突き放されたユズハは、先ほどのコーヒー、メロンソーダ、オムライスを運び終えるとカウンター奥の内線に電話した。




 「俺だ、どうした?」



 「今上がとんでもなく混んでるんだけど、手が空いてる団員いない?」



 「イズミが動けるはずだ。後は......そうだな」



 サンの出した指示に、ユズハは驚いて思わず聞き返した。



 「え!?上のことは何も教えてないんだけど...... 」



 「あいつなら愛嬌だけでなんとかなるだろ。まあ1つ問題はあるだろうが、そこはそっちで頭を絞って考えてくれ。」



 「はあ......分かったよ。人手は欲しいからね。」




 団長は内線を切ると、ドーム中央で休憩中の二人の元へ向かった。



 「イズミ、上が繁盛してるらしい。手伝ってきてくれ。」



 「了解だよ、団長。行ってきますぅ。」



 「後フラン、仕事だ。イズミと一緒に上へ行け。」



 「へ?...... 」



 イズミのひどく間抜けな声がドームに響いた。

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