第4話

何も見えない。右も左も上も下も前も後ろも 何も見えない。


 右足に違和感を覚えた。その途端、もの凄い勢いで闇へ引きずり込まれていく。


 このままでは、取り込まれる......。そう思った束の間、今度は体の感覚が薄れていく。次第に焦りが生まれる。だがいくら抵抗しても体は全くいうことを聞かない。


 寒い。自分の体が、凍りつくように寒い。次第に思考が鈍くなる。頭の中まで凍りついてしまうのか。


 闇に体が全て飲み込まれ、消化されるように存在が無のものと化していく。





 「!!!!」


 フランは目を覚ました。


 「「またこのゆめ」」」


 ゆっくりとベッドから身を起こす。ピンクと緑のチェックのシーツは汗で滝のように濡れていた。


 何度見ても慣れない。慣れるはずがない。


 ユズハに貸してもらった可愛いキャラクターが描かれた掛け布団に顔を埋める。恐らくユズハのだろうか、女性の可憐な香りがして、フランは恥ずかしさを感じつつも、気持ちが落ち着いてきた。



 「フランくん、起きた......?」


 見られた。完全に見られてしまった。フランは掛け布団を思い切りかぶってうずくまる。


 「フランくん男の子だもんね、しょうがないよ。お姉さん怒らないから。ね?」


 そういうと、フランは小動物が敵を確認するように、布団から顔だけ出して、ユズハを見つめた。彼女がやさしく微笑んでいるのを見て、もそもそと布団から出てくる。


 「「まあ、女として見られるのは悪くないけどね......」」


 「フランくん、一階のお店で待っててくれる?今日は運よく定休日だから、お客さん来ないし。」


 フランは、頷いて廊下を曲がり螺旋階段を降りていく。ユズハはフランが使った寝具を畳んでいた。


 「凄い汗......」


 フランがカウンターへつながるドアを開け中に入ると、ヨルが口うるさい姑のように掃除をしていた。ヨル自身の印象を代償とするかわりに、窓際のホコリから床はもちろん、テーブル、キッチン、そして部屋全体が塵ひとつない病院の閉鎖病棟のような清潔な部屋へと変わっていた。


 「フラン、おはよう。今日は長い一日になるかもだから、気合い入れてね。ユズハが来ないと出発できないから好きな所に座ってていいよ。」



 フランはカウンターから見て中央左の大きいテーブル席に座り、宙ぶらりんになった足をゆっくりと揺らしていた。

その数が三桁になろうかという時、勢い良くカウンター奥のドアが開かれた。


 「フランくんごめん!遅くなって!」


 「僕には何もなしですか......」


 「あとヨルもごめん。」


 「もういいです......」


 ヨルは雑巾と放棄、その他掃除道具なんやらを片付け始め、ユズハはフランの所へ向かう。


 「ちゃんと眠れた?疲れは残ってない?」


 そう問いかけるユズハに対して、フランは微かに笑みを浮かべて頷いた。


 「それじゃ行こっか。少し遠いけど、体力には自信ある?どうしてもだめな時はおんぶしてあげるから。」


 ヨルはその言葉を聞かなかったことにして、自分の荷物を背負う。玄関横のスペースでいびきをかいて寝ていたマックスも眠い目を開き立ち上がる。


 「よし!出発!!」


 ユズハの元気な掛け声で、三人とマックスはカウンター奥のドアを開け、すぐ先にある螺旋階段を降りていく。そして四周りほどした時に、鉄のような金属でできた頑丈なドアが見える。


 「フランくん、ちょっと待っててね」


 ユズハはそう言うと扉の前に立ち、両手を持ち上げドアへ手のひらを向ける。そして超高速で手話のように両手で形を作る。フランはその様子を見ているが動作があまりにも速く、目で追うことができない。


 そしてユズハが二十個目の形を作り終えると、ドアの様子が変化した。青い幾何学模様が現れ、それが消えるとゆっくりと巨大な口が左右に開く。


 「よし、できた。先行くよ」


 ユズハが上機嫌でそう言いドアの口に入り、次にフランとマックス、最後にヨルが続いた。


ドアを抜けると、大人四人分くらいの幅の洞窟に出た。ただ、フランが思っていたような、典型的な薄気味悪い洞窟とは違っていた。


 天井には夜空のように小さな光が無数に広がっており、これでで天体観測できそうだなフランは感じた。天井の光だけで足元まで灯りが届き、歩くのに支障はなかった。そんな洞窟を一行は奥へと進んでいく。どこまでも続く下り坂。途中の分かれ道もユズハの先導で迷うことなく進み、左に曲がり、右に曲がり、更に下る。


 フランの感覚で洞窟を下りはじめて二時間程経った頃だろうか、急に目の前の視界が広がった。


 「お疲れ様、フランくん。着いたよ」


 ユズハがそう言ってフランを労った。


 小さいビルなら二棟は立てられるのではと思うほどの広い空間。フランはすぐに気づいた。ここは人工的に造られた場所。左右対称で楕円形の形をしたドーム型の空間の中央に、二人の人間がいた。


 「随分早く着いたな」


 サンがユズハに問いかける。


 「この子思ったより体力あったからね。飛ばし気味で来たよ」


 そうユズハが話している時に、フランは少し離れた所にいるもう一人の女性の方を向いた。ショートヘアで水色の眼鏡をかけている。ユズハよりも少し背が高く、モデルのような体型をしていた。


 「あれ、サルガルドがいないんだけど。団長、サルガルドは?」


 ヨルが大きく伸びをしながら尋ねる。


 「あいつには仕事を六つほど頼んだからな。まだ終わらんのだろう」


 「はは......サルガルドに恨みでもあるの?」


 「そんな訳ないだろう。二十万ケルトに加えてイーストアトラクションアンドコレクションパークの2年間無料チケットをやると言ったら、鼻歌歌いながら仕事に行ったぞ。」


 「子煩悩なのはいいことだけど、うちの給料でそのチケット買えばいいだけなのに......。やっぱりあいつ馬鹿だ......。」


 ものすごく平和な日常会話を少し楽しんだあと、サンはフランの方に向き直る。



 「フランくん、こっちに来て。あとマックスも一緒にね。」


 フランはそう言われ、サン達のいる方へ急ぐ。


 「よお」


 フランはサンを見上げた。彼が思ったサンの第一印象はすごく大きいの一言に尽きる。ヨルですら背が高いと思っていたのに、サンの前では肩のあたりまでしか届かなかった。そしてフランが驚いたのは、サンの鍛え上げられた体だった。一切無駄な部分がなく、動くに当たってそれ以上でも以下でもない適切な筋肉量、フランはサンを見て、同じ同性でありながら一種の美しさを感じていた。


 「団長、この子のこと、何か分かる?」


 ユズハはフランの肩に手を乗せ、サンに尋ねる。


 「この場ですぐにとはいかん。あとでイズミに調べてもらおう。ただ分かるのは、こいつが構成術の扱いにおいて世界で三本の指に入るほどの腕がある。マックスを作れることが証拠だ。」


 「でもこの子、ワンちゃんしか出せないのよねぇ?」


 初めて眼鏡をかけた女性が口を開いた。


 「それは単にコイツは知らないだけなんだろう。この術の使い方を。もしくは、親がそうさせたか......だな。医者、治療氏としてだけ育てたかったのかもしれん。ヨルから聞いた話から考えれば、その可能性もある。だがもしそうならとんでもなく甘い考え方だ。それより、イズミ、手本を見せてやれ。」


 イズミが眼鏡の位置を直すと、左手を前にかざし手のひらを上にする。そして朱色の霧のようなものが左手を包み込む。徐々に霧は濃くなっていった。そして霧が消えると、そこにはスケッチブックとクレヨンが手に乗っていた。


 「フラン、これが構成術だ」


 フランはドライアイの患者のような勢いで瞬きをし、まじまじとスケッチブックを見つめていた。


 「お前なら普通は眠っててもできるはずなんだがな。まあ講釈は後にしよう。」


 そう言ったサンの表情がフランと出会って初めて温和な表情になる。そしてフランに正面から向かい合う。


 「ようこそ、”幻の楽園”へ。我々は君を歓迎する。」


 フラン以外の団員が拍手を送る。ユズハは心配そうな表情を隠せない。ヨルは半ば上機嫌。イズミは力量を測るように彼を見つめる。サンは彼の計り知れない伸び代に期待をする。


 各自それぞれの想いを抱えながら、幻の楽園は新しい仲間を迎える。

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