第3話

条件反射で犬を移動させてしまったことはフランにとって悪手となった。彼の本来の力であればバレることはなかっはずが、単純に油断していたことによって精度が若干落ちていた。少年ながらの詰めの甘さがフラン自身を追い詰める。


 「まあまずは、犬とかワンちゃんじゃかわいそうだから、名前教えてよ。名前決めてるんでしょ?」


 ヨルはそう言って、紙と鉛筆をフランに手渡した。フランは冷や汗が止まらない。


 「マックス」


 そう書く筆跡にかつての鮮やかさは鳴りを潜め、書いた文字は震えた跡が見えた。


 「ユズハ、マックスは、犬じゃない。”構成生物”だよ。」


 それを聞いたユズハは今度こそ椅子から立ち上がった。


 「そんな!?”構成術”ならアトゥムが漏れるはずよ!そんなこと有り得ない......」


 「その有り得ない事が今目の前で起きてるんだよ。恐らく、アトゥムの制御が完璧なんだろう。それだけじゃない。マックスは表面上だけの構成だけじゃなく、恐らくは皮膚の下、血管、内臓、骨格、それこそ本物の犬を完全再現、ならぬ完全構成してるはず。循環もサラサラの血液のようにスムーズに流れてるんだろうね。だからアトゥムが漏れないんだと思う。」


 「じゃあなんでヨルはマックスが構成生物だってわかったの?」


 「マックスがよだれを垂らしてたよね?それが床に落ちた瞬間に消えてたんだよ。普通水分って床に落ちたら染み込むものだよね?だから分かったんだよ。これを見てなければ僕も気づけなかった。それにさっきのワープのように見えた移動が決定的な証拠だよ。アトゥムを瞬間的に分解し、ドアの前まで超高速移動させ、マックスを再構成させたんだ。」



 フランはすでに心ここにあらずといった状態だった。それを見たヨルがフランの肩にゆっくりと手を置く。


 「そんなに怯えないでよ。なにも殺そうだなんて思ってないんだから。ただ、あまりにも術が完成されているから、確認したかったんだ。どうしてフラン、君はそんなに術を隠したがるんだい?」


 フランは安全を保証されたがそれでも、動揺が収まらない。彼の人生の中で自分の技を見破られたのはこれが初めてだった。


 「これはぼくのじゅつ だれにもおしえられない とうさんにもかくせといわれた」


 ヨルは肩から手を離し、別のテーブルから椅子を引っ張ってきて斜め向かいに座った。


 「それは分かるよ。僕たち能力者にとって術は生命線。ただ君はここへ来て依頼をしに来た。それだけじゃない。恐らく君は依頼だけじゃなく、自分も捜索に参加したいんじゃないの?大事な家族が消息不明なんだからね。」


 肘を付き、両手を組みながらヨルは話を続ける。


 「もしそうしたいなか協力しないと。相手のことを知らなきゃ信じられないし、助けてあげられないよ?」


 「でも ぼくのわざ たたかえない」


 「どうしてそう決めつけるんだい?僕たちなら君の技を、その技術を生かす方法を一緒に考えることだってできる」


 その話を聞いたユズハが目を丸くして強引に話に割り込む。


 「ちょっと!?あんた何言ってるのよ?依頼すら受けるかどうかまだ決めてないじゃない。しかも一緒に考えるって、彼を私たちの方へ引きずり込む気なの?」


 「フランはもうこっち側の人間だよ。力を持った人間は自然とそういう運命になるものだから。これは僕の推測だけど、敵はフランのことも殺害、もしくは捕獲対象にしていたはず。ならばこの子はこれからも狙われ続ける。さらに言えばフランと関わった僕たちもマークされてしまったかもしれない。とんだ巻き添え食らっちゃったね。それなら、僕たちを巻き込んだ責任をこの子にとってもらう必要があるんじゃない?」


 「あんたの講釈は分かったけど、団長の許可なしじゃ、この子は受け入れられないわよ。」


 「じゃあ聞けばいいだけのことじゃないか。僕ケータイ持ってるし」


 ユズハは観念したように椅子へ座ると、前に座って憔悴している様子のフランを見た。彼女はフランに対して情のようなものをすでに感じていた。だからこそ団長が許可を出した場合を考えて、フランをいかにして死なせないようにするか、その方法を頭の中で模索することに集中していた。


 「呼び出し音はなるんだけど、繋がらないなぁ.....」


 そうヨルが言って10秒ほど経ってから、電話が繋がった。


 ヨルはケイタイを耳に当てるのではなく、画面を見ていた。そのことからテレビ電話で話すのだと分かった。テレビ電話で話すことは滅多にない。このことから、ユズハはフランの件がいかに特殊で重大な案件なのかを改めて実感した。


 「ヨル、どうした?」


 コントラバスのようなどこまでも低く、深い声だった。


 「いきなりごめんね。緊急で検討しないといけない案件ができちゃってさ。ていうか、顔血まみれじゃないか。どうしたの?」


「俺のじゃない、相手の血だ。今回はいささか派手にやってしまったからな。それより早く要件を言え。」


それを聞いてヨルはフランの一件を話し始めた。


 「お前はトラブルを吸い込む掃除機か......。とにかくそいつに代われ。こっちの映像は切るぞ、こんな見た目で初対面は御免だ。」


 童話に出てくる王子のような雰囲気を楽しんでいたところに文句を言われ、一瞬で我に返ったヨルがフランにケイタイを渡す。


 「よお 俺はサンだ」


 「......」



 フランは何も写っていない画面を、サンは画面越しに絶望と渇望の光を灯したフランの瞳を見つめる。そして時計の針が一周するほどの時間が経った頃。


 「ヨルに代われ」


 そう言うサンの声は先程よりも少し上擦っていた。


 「ヨル、お前にしては珍しく、面白いものを吸い込んだな。」


 「はい、ありがとうございます......」


 もはやヨルの王子の風格は見る影もなく、物乞いが施しを受けた時のような表情になった。そしてサンからいくつか指示を受け、電話を切った。


 「団長が明日会ってくれるってさ。あとユズハ以外の仲間もくるから、行儀よくしなよ」


 フランは静かに頷いた。微かな希望の光が灯り、安堵感から急激に疲労感を感じる。


 「フランくん、今日はここへ泊まっていきなさい。他に当てなんてないでしょ」


 フランは、それを聞き少年らしい想像をして少し鼓動が早くなる。


 「フランくん?残念だけど、わたしと一緒は......ね?ちゃんとベッド用意してあげるから」


 想像していたことが完全にバレていたことが分かり、イチゴのように顔を赤くしてうつむくことしかできない。


 「その代わりじゃないけど、何か飲む?オレンジジュース?メロンソーダ?」


 フランは少し考えて、家族の絵を描いた紙の端っこに鉛筆を乗せる。


 「ブラックコーヒー」


 「フランくん渋いわね......」








 「報告は以上か?」


 「はい。セントラル区で四つ星を一人、サフラン区で三つ星を二人処理しました。」


 「例の”影”の所在は掴めたか?」


 「いえ。被害者だけでなく護衛も殺害され、一般市民も操作術により記憶を改竄、現段階では容姿、人数すら不明です。監視カメラも何かしらの術によって停止されています。」


 「小物を狩ることも重要だが、根元から絶たねばネズミは増えていく一方だぞ。」


 「はい。必ず尻尾を掴みます。今しばらくお時間の猶予をください。お願い致します。」


 術を持つ犯罪者、社会不適合者を専門に取り締まる国家直属組織”国家反社会者取締局”、通称”クラスター”。その本部があるウエスト区本部ビル六十階から二人の男女がエレベータで降りてくる。


 「こういう時だけはモミジがいると助かるぜ。俺ああいうのないわー」


 「こういう時以外でも......私は役に立ちます」


 「俺たち相棒だろ?そう真に受けんなよ。なあモミジよ」


 「はい......ごめんなさい」


 「こういう時は謝んなくていいんだよ。お前人付き合い関連はさっぱりだな......。狩る時は俺とタメ張れるくらいなのによ。」


 「早く覚えます......」


 二人はビル玄関の自動ドアを抜ける。そしてその姿が摩天楼の町並みに消えていく。次の獲物を探し求めて。

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