第2話
「人を、殺してほしい......?」
さすがにこの店の裏の顔を知っていて半端な事を頼みには来ないだろうとはユズハも考えていたが、聞いた答えは彼女の予想の超えていた。
「どうして、人を殺してほしいの?」
「だいじなものをとられた」
フランは手先を震わせながらそう書いた。
「だいじなものって何?」
「とうさん かあさん にいちゃん」
「......殺されたの?」
「わからない」
ユズハは、釈然としない表情をしていた。どうやらフランの話によると、両親と兄は殺されたとは限らないらしい。
殺される理由も、そうでない理由も現時点では分からないし、生きている可能性があるなら、なぜ人を殺める必要があるのか。それも分からない。情報がまるで足りなかった。
「生きているかもしれないなら、ご両親やお兄さんを助けるだけじゃダメなの?」
「そいつにつかまったひとはほとんどたすからないっておじさんが」
そう書いたフランの表情はまるで戦争孤児のようにすっかり正気をなくしていた。
「おじさん?おじさんて誰?」
「おそわれたとき たすけてくれた おとうさんのともだち ここのこともおしえてくれた」
山ほどある謎の中の一つがやっと解けた。もっともここの事を教えたおじさんという人物こそ謎だし、おじさんがなぜここの事を知っているのかも謎なのだが。謎が一つ解けると別の謎が生まれる。何とか話を前に進めたいとユズハは自分なりに頭をフル回転させ、質問する。
「おじさんはどこへ行ったの?」
「このまちまでおくってくれてから わかれた じぶんといるとあぶないからっていってた」
元々難しい事を考えるのが苦手なユズハだが、多分自分以外でもこのフランと彼の家族に誰かから狙われる理由など分からないだろうと心の中で愚痴をこぼす。そうしていると、フランが手をユズハに差し出していた。
「かみちょーだい」
「え?うん......いいけど」
ユズハがメモ用紙をもう一枚破って渡すと、フランは紙へ向かって鉛筆を走らせる。ただ、今度は文字ではないようで、ユズハが覗き込むと、そこには上半身の男性の絵が描かれていた。頰に大きな切り傷が走っていた。その絵を見て、ユズハの表情から血の気が引いていく。
「この人......そんな」
思わずユズハがそう呟いた。さらに謎が深まったことに混乱し、思わずフランを問いただす。
「本当にこの人が君のおじさんなの??」
フランは小さく頷いた。
「この人、五ツ星ランクの”赤旗レッド”で、指名手配されてるの知ってる......?」
「それはしらない でもぼくのおじさん とうさんの ともだち」
聞けば聞くほど訳が分からなくなる。赤旗は発見し次第即殺害対象と政府に指定されている。そんな赤旗にまで指定されてる暗殺者がなぜフランの父親と繋がりがあるのか。。これに指定されている人物はこの国に両手で足りる程の数しかいない。このままこの赤旗のことを聞いていても話が進まないとユズハは考え、質問を変える。
「じゃあお父さんとお母さん、それにお兄さんの絵は描ける?」
そうユズハが尋ねると、フランは再び鉛筆を持ち、すらすらと紙に滑らせていく。
「「こんな時に思うことじゃないけど、この子すごく絵が上手ね......」」
ユズハはフランの繊細かつ生き生きとした輪郭を描き出す手先を見て、ほんのわずかだが心が癒された気持ちになる。そして描き終えると、紙をフランに小さな生き物を扱うかのように、丁寧に差し出した。
「この人達は、見たことないわね......」
書かれた肖像画に写る三人は、優しさに満ちていた。父親は顎にヒゲを蓄え、楕円形のレンズを備えた眼鏡をかけている。母親は父親と腕を組んでおり、肩まで伸びる綺麗な髪とサファイアの原石のような瞳が印象的だ。
その足元には、短髪で比較的カジュアルな眼鏡をかけ、中性的な顔をした兄であろう人物があぐらをかいて座っている描かれていた。
「”夜の光”だよ。その子の両親とお兄さんは。」
カウンターの奥の扉が開かれ、比較的痩せ型の青年がコツコツと上等な靴音を響かせこちらに近づいてくる。声は彼が発したものだった。
「ヨル!?何で降りてきたの!!」
ユズハが注意した時にはすでに、彼は二人の横に立っていた。ストレートの髪を眉毛のあたりで切り揃え、知的な印象をフランに与えた。
「君のご両親とお兄さんにはほんとにお世話になったんだ。君はユズハの言う”赤旗”さんと訓練に行ってたみたいで、実際に会うのはこれが初めてだね。しかしサイザルさんと”赤旗”に繋がりがあったとはね。君がここの事を知っていたのも、サイザルさんが”赤旗”を通じて教えたのかな?かつて治療した人がいるってね。こんな偶然あるかい??人の縁てほんと分からないよ。」
ヨルがどこか遠い目をしながら過去に思いを伏せている間、フランはヨルが発した訓練という言葉を聞き、内心穏やかではいられなかった。
「あの......ヨル?一人だけ色々知ってて気持ち良いのは分かるけど、説明してくれる?霊長類とは思えない理解力のない私でもしっくりくるようにね。この子の両親と兄さんが夜の光ってどう言うこと?そもそも夜の光って何?」
ガヤガヤと問い詰められたヨルであったが、彼はどこかひどく憐れみの表情でユズハを見つめた。
「まさか、僕たちの業界で夜の光を知らない人がこんな身内にいたなんて。まあ仕方ないよね。基本個人でしか依頼できないからね。だからと言って夜の光を知らないなんて僕は同じ仕事仲間として恥ずか」
「良いから早く言いなさい!!」
「はい......。」
ヨルは今度こそ真剣な顔つきになった。
「僕らの世界では体、精神を負傷した時、どこに助けを求める?」
問われたユズハは、しばし左腕を撫でながら考えた。
「病院へ行けない私たちにとって、自分自身で治療するか、身内の組織なりで対処するのが鉄則、でしょ。」
ヨルはその答えに満足げな顔つきをしていたが、ユズハの怒気に押されすぐに気を取りなおす。
「だが、それでは対応できないこともある。治療師の能力を持つ者は少ない。普通は自力で対処できなきゃそこで詰みなんだけれど、そういう死にかけの人間を治療する専門の組織、というか夫婦がいたんだよ。それが夜の光。依頼する条件はかなり厳しいけどね。彼らの技術にかかれば、首を切断されても十分以内なら九十パーセント以上の確率で完治させられるらしい。」
どこか別世界の話でもしているのかとユズハは最初相手にしていなかったが、ヨルの真剣な語り口を見てしばらく話を聞いてみようと考えた。
「それで、その夜の光とあなたに何の関係があるのよ?」
「僕も治療を受けたんだよ。そこのフランくんのご両親にね。二年前のサルガルドと一緒の任務の時だった。」
それを聞いてユズハは思わず椅子から立ち上がりそうになった。
「あいつそんなこと一言も言ってなかったわよ!?」
「それも条件の一つだったんだよ。それでその時の僕は腹の中央をえぐられて、首も半分ちぎれかかってた。そこでサルガルドが夜の光に依頼をしたんだ。結果は今僕がここにいることで証明されてる。料金すごかったんだから。それでも首が完全にちぎれてなかったから、割引してくれたけど。」
「ちなみにいくらだったの?」
「二千万ケルト。全財産吹っ飛んだけど、命あっての何とやらだからね。」
二千万ケルトという数字を聞いて、目眩と吐き気を催した。
「ほんとはこの事も言っちゃ駄目だったんだけど、フランくんがここにいるんだから説明しておかないとむしろややこしい事になるからね。これでやっと本題に入れる。フランくん、君に聞きたいことがあるんだ」
初めてヨルがフランの目を観る。そしてフランの先ほどからの止まらない悪寒が強くなる。
「その前に、今日は店じまいしよう。普段は喫茶店だから、こんな物騒な話論外だからね。探ってたから誰かに聞かれてるってことはないけど、疲れるから。あとフランくん、舎弟のワンちゃんを中に入れて。特別だよ。」
そう言ってヨルは玄関ドアにあるOPENの札をCLOSE に裏返した。フランの犬はフランたちのテーブルを超えてカウンターの前で座り込んだ。
「さて、フランくん、一つ確認したいことがあるんだけど......」
そうヨルが呟いたその瞬間、彼の姿が消える。そして瞬き1回分の時間で彼は犬の前へ詰め寄り、右手を手刀にして心臓めがけて突き刺す。
「ヨル!?あんた何を!......」
ユズハが咄嗟にそう叫ぶが、彼女は次に起こる光景に言葉を失っていた。
ヨルは放った手刀に手応えがないことも、犬の姿が消えたことにも驚いていないようだった。そして後ろから聞こえてくる息遣いの音に二人が振り返ると、先程閉めた玄関ドアの前にフランの犬が無傷で座っていた。
「さてフランくん、これはどういうことだい?」
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