第5話

「それじゃぁ、この子どうしよっか?」


 イズミがサンに尋ねる。


 「教育はイズミに任せる。十日で最低限使えるようにしてくれ。だがその前に、聞きたいことがある。」


 そういうとサンはフランに向き直る。


 「お前が知ってるかは分からんが、構成生物を作るには、そのモデルとなる生物の外部、内部構造を知る必要がある。無機物を作る場合構造が単純なものが多いから多少難易度は下がるが。お前はどうやってその知識を得た?」


 イズミがスケッチブックをゆっくりとフランに投げた。フランは難なくキャッチすると、続いて飛んできたクレヨンも上手に掴み取った。そしてスケッチブックに書き込む。以前のユズハやヨルと話した時と違い、筆を滑らせる時間が長かった。描いた1枚目の紙を破り、サンに渡すそして次の紙にまた筆を置く。その間にサンはもらった1枚目の紙を観る。


 「ほお......。全員これを見ろ」


 それを見た団員全員が驚きの表情を浮かべる。描かれていたのは、犬の内臓、骨格、筋肉などが描かれていた解剖図であった。フランが2枚目の画用紙を差し出しサンが受け取ると、今度は人間の断面の解剖図が描かれていた。


 「お前はどうしてこれ程人や犬の体を知っているんだ?」


 「しんだ ひと いぬ さばいた とうさんに そうしなさい いわれた」


 続いてフランはスケッチブックに書いていく。


 「ひとと どうぶつの びょうき なおすため ひつようだって とうさんが」


 「それと マックス はなしちゃダメ じゃないと ぼく しんじゃう とうさんが そう いった」


 「死ぬ......?」


 フランの驚きの発言に、ヨルはついそう呟いた。


 「一度フランの体を調べてみよう。イズミにやらせる。同じ構成術者だからな。」


 「その間、僕たちはどうするの?」


 「待機だ。しばらく働き詰めだったし、フランの体のことも知りたい。詳しいことが分かるまでドームで休憩しておけ。イズミ。」


 「うん、いいょー。フラン、こっちに来てぇ」


 イズミはフランに付いてくるくるように促す。


 フランは最初、ここは楕円形のドームの空間だと思っていたが、よく観察してみると、小さなドアがいくつかあることに気づいた。その一つにフラン達は向かっていく。


 「さぁ、ここに入って。心配しないで。ここあたしの部屋だからさぁ」


 マックスも、中へ入ろうとするが。


 「ごめんね、マックスはダメ。ドームの中で遊んでな?」


 そう言われたマックスは一目散にヨルの方へと走っていった。


 中に入ると、そこは長方形の部屋だった。一番奥にイズミ二人分は寝れそうな巨大なベッドがあり、左右に本棚がある。フランでは読めない文字の本ばかりだ。それ以外の家具は見当たらない。


 「じゃあフランはここに座ってねぇ」


 イズミはベッドをポンポンと叩いた。イズミのベッドはユズハとは違って、淡いピンクで統一されていた。


 フランを座らせたイズミは、瞬時に構成術を使い作った椅子をフランの正面に下ろし、座った。


 「構成術はこんなこともできるんだよ。それじゃぁ、体を調べさせてねぇ。両手を前に出して。」


 そういいフランに手を出させ、イズミは自分の両手でフランの両手を優しく握る。


 フランに手を触れた瞬間、とてつもない衝撃がイズミを襲った。体にとてつもない量のアトゥムが流れてくる。あまりの量の多さに体が耐えられず、体が痙攣し、鼻血が出始める。これ以上は私が持たない。そう感じたイズミはフランから手を離す。だが受けたダメージ量が大きく、意識を失い倒れてしまう。それと同時にイズミが作っていた椅子も消滅した。



 フランは突然イズミが鼻血を出して倒れたのでひどく混乱したが、心配で彼女の体を揺する。このまま地面で倒れているのは良くないと思い、彼女の両脇も抱えて必死にベットへと引きずる。少年のフランにとって成人のイズミを動かすことはかなり困難だったが、火事場の馬鹿力で何とか彼女をベッドまで無理やり押し上げる。


 しばらくして、イズミが目を覚ました。ベットに寝転がされていたので、フランが助けてくれたのだと知った。鼻血も綺麗に拭かれている。フランは心底ホッとした表情でイズミを見つめている。



 「フランから流れてくるアトゥムの量がすごくて。ごめんねぇ、心配かけて。大丈夫だから」


 イズミがゆっくりと起き上がる。そして大きくため息をつく。


 「フランは厄介な体してるねぇ。どういう事かと言いますと、あなたの体はアトゥムを自然に排出できる体になっていない。分かりやすくいうと、普通はアトゥムを外へ排出する出口みたいなのがあるんだよ。でもあなたはそれがほとんどないんだよねぇ。だから何もしないと溜まる一方。しかも、生成量が馬鹿みたいに多いから、そのままだと体内の保持可能量を直ぐに超えて、体に影響が出る。アトゥムは色々あるエネルギーの中の一つだからね。体内で原子炉が融解するようなもんだよ。ってこの例えは分からないかなぁ......」



 イズミはここまで説明すると、自分の特殊な境遇を知らされて動揺していないかを確認するために、フランの様子を見た。フランは彼女が思っていたよりも冷静に見えた。だからイズミは真実をそのまま伝えようと決める。



 「それに気づいたご両親が手遅れになる前にマックスのような膨大なアトゥムを消費する構成生物を作らせて強制的に体内から逃してるんだと思うよぉ。恐らくだけど、フラン、あなたが喋れないのはアトゥムを溜めすぎた後遺症かもしれない。ここまであたしが色々言ったけど、少しは内容分かった?」



 そう尋ねられたフランは一瞬、首を傾げそうになって、慌ててそれをやめて縦に頷く。


 「まぁいきなりこんな事言われてもって話だよね。でも大事な事だから聞くだけ聞いてねぇ。後遺症のことだけど、今後訓練していって良くなるかもしれないし、ならないかもしれない。こればっかりはあたしもわからないよ。ごめんねぇ。あっ、やる前提で話しちゃったけど、アトゥムの訓練、ひいては戦闘の訓練する?無理矢理っていうのはあたしだけじゃなくてみんな望んでないから。ただしないんだったら、ずっとカバさんの所で働いてもらうだけになっちゃうけど......」


 イズミはそう問いかけるが、フランは迷う事なく首を縦に振った。



 「そうだよね。家族助けたいよねぇ......。でも大事なことをひとつ。あなたも知ってるとは思うけど、私たちの組織ではカバさんの所のような仕事は仮の姿だからね。本来はこの手を血に染めないといけないような、そういう仕事がほとんど。誰からも認められないし、自分の命も危なくなるかもしれない。それを覚悟してね。あなたも私たちの仲間、楽園の団員になったんだから、そっちの仕事を手伝ってもらう事になるからね。」


 「「とは言っても、残酷だねぇ......」」



 イズミは心の中でそう思う。だがその一方で、これ程の才能に恵まれた存在が向こうからわざわざ来てくれて団長がそれを逃すはずがないと確信していた。だからこちら側としては願ったり叶ったりという言葉が正しいのだろうとイズミは思った。そして言葉を続ける。



 「じゃあ最初に、構成術の授業をするよぉ。まずフラン、あなたの知識で間違っていることがあるよ。それは、マックス以外のものも構成術で作れるってこと。さっきあたしが椅子を作ったみたいにね。さらに言えば、構造さえ完璧に把握すれば、ありとあらゆる無機物、生き物を作り出すことができる。ただし、その数と質は個人のアトゥムの量によって違ってくるよ。その点ではフラン、あなたは化け物レベルの質と量のアトゥムを持ってるから、可能性は無限大だよ。正直羨ましいねぇ。」



 フランは正直なところ話の内容全部を理解した訳ではなかったが、要はマックス以外の物も作れるという事実が、彼の気持ちを高ぶらせていた。




 「さて、それじゃぁ具体的な訓練の内容に入るよ。構造さえ分かれば何でも作れるって話はしたよね。つまり何が言いたいかというと、勉強をしなさい!ってことになるよ。まずはひとつ最初に何を作りたいか自分で考えて。そしてそれの構造を調べる。それによって初めて構成する訓練ができる。フランは何がいい?」


 「......」


 フランは考えた。構造が単純で、しかも武器にもなりえるもの。そしてピコン!っと彼の中でひとつ閃いた。イズミから新しい紙とクレヨンをもらい、書き込む。


 「コオリ」


 


 「氷かぁ、めちゃくちゃ簡単ではないけど、それほど難しくもない......。結構良い選択じゃないかな。じゃあちょっと待っててねぇ。」



 イズミはそう言うと本棚へ向かい、本へ順番に指をなぞりながら、目的の本を探していく。そして反対側の本棚へ行き、同じように順番に指を滑らせ、途中でその手が止まった。そして手が止まった所の本を抜き出し、フランの所へ持っていく。その本の題名欄には、”物質化学反応マニュアルお子様用」と記されていた。


 「さぁ、この本で自然の摂理を知りなさい!!」


 「......」 


 フランが目をぱちくりして動かない。そして一言。


 「むずかしいもじ よめない......」


 「そこからなのねぇ......。まぁいいわ、大丈夫。私が教えてあげるから、光速で覚えなさい。マックスが作れるくらいなんだから、落ち着いてやればすぐにできるわよぉ。」


 こうして、イズミ先生の特訓もとい授業が始まった。

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