白い薔薇は幸せだった

 翌日。複雑な感情と思考が邪魔をして、よく眠ることができなかった。それでも体を起こし、仕事へ向かった。帰ってから、白に電話をかけるために。

 昨日、白が言った通りに、今日は1日雨が降っていた。朝行く時も雨に濡れ、夜帰る時も雨に濡れた。

 当たり前のように過ぎた定時。もうすぐ21時だ。駆け足で帰り、着替え、食事、風呂を速攻で済ませ座布団に座る。

 21時までのたった1分が長く、メールを開いたり漫画を開いたりと忙しない。別に数分前くらいならかけても大丈夫だろうけど、なんとなくぴったりの時間にかけたかった。

 じっと待ち続け、21時になった瞬間に白に電話をかけた。発信音が鳴り響く。いつ出るかと、わくわくしながら待ち続ける。


 だけど。何回掛け直しても、何分経っても、白は電話に出なかった。

 コートを羽織り、携帯を握りしめ、家を飛び出た。雨の中、また走る。特に何を考えていたわけでもない。ただ、俺の中にあるのは大きな焦りだけ。


 無我夢中で走って、白の家に着いた。白の名前を叫び、ドアを叩く。出てくれると思ってた。鍵を開けて、出てきてくれると、そう思いたかった。

 ふと視線を下げた先には、茶色くなって散らばった、薔薇の花があった。



「すみません、白い薔薇ってありますか」

「あぁ、ありますよ! 今朝入荷したばかりの新鮮な薔薇です!」


 白は何を思って、最期を迎えたのか。


「一輪だけ、いただけますか」

「リボンとかつけます?」


 外に出て、何を見ていたのか。


「あ……お願いします」

「はーい! ちょっと待って下さいねー!」


 貴重な寿命を、俺との会話で浪費して良かったのか。


「何色が良いですかー?」

「……赤色、で」


 俺は、良かったよ。


「誰かにプレゼントですかぁー?」

「いえ、そういうつもりでは……」


「また来て下さいねー!」










 白と出会えて、幸せだった。

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蕾から1ヶ月 夏川 流美 @2570koyama

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