第十二話「かくきかたりて」
はじめに。
世界には様々な存在が住んでいる。
我々人間の視点から見た場合、それらは大まかに『人』、『人に近しいもの』、『人と隔たりのあるもの』の3つに分けられる。
本書にてご紹介する【アノマリ】と呼ばれる存在は、中でも『人に近しいもの』――稀少で奇っ怪で、それでいてごくありふれている、ちょっと変わった人間の親戚達である。
***
“未だ語り尽くせぬ、褪めない怪奇”
――アノマリについて、編者より
***
適度な冷房が心地よい。
涼しく暗い密室で、私は醒めている。
飽きもせず、閉じる事のできない両の瞳で、手のひらの中の水晶を見つめている。
透明な分子結合の奥で少女が健やかに微笑むと、私は彼女に同じような微笑みを返し、もう片方の手に携えたタブレットを指で叩いた。
更新された画面には、掲示板に新たなレスがいくつかついていた。
誰も彼も、表向きではとやかく言いつつも、やはり少なからず魅かれはするのだ。
順調に人々の注目を集め出している電子の住人に安堵し、また嬉しく思った。
ゴトンと椅子が跳ね、隣の席で寝ていた彼女が鬱陶しそうに寝返りを打った。
すぐ傍らでタブレットの明るい真四角な画面を点灯させても、まるで注意を払わなかった彼女だ、まさか目を覚ましたところで私に怒るとは思えないが……念の為、私は手に持っていた両方を鞄にしまっておいた。
もうじきに着陸を控えた国外産のALPS便の機内は、実に静かなものだった。
多種多様な人種民族が乗り合わせている中で、活動的に目覚めている――あるいは、寝付けていない――のはどうやら私だけのようである。
丸窓の外に同胞を求めると、遠くの雨雲と雨雲との切れ間に、ちらっと吊るされた彼の姿が見えた。
孤独を紛らわせようと、私は手を振ってみた。…が、生憎間に合わなかった。
残念、初めましてのご挨拶はまた次の機会に持ち越しだ。
滑走路に滑り込んだ巨体が停止すると、並んだ席に収まっていた人々が徐々に蠢き始めた。
果たして、本当に古代の神のお守りが効いたのだろうか?
搭乗者に怪我人は出なかった。
ごった返す波に交じり排出されると、私は久々に地上の空気を吸った。
買わされたお守りは、同じ程度に胡散臭い品物を陳列していた土産物屋の店先に飾っておいた。
おそらく、陽が落ちるまでに悪戯が露呈することはないだろう。
私と同じような人間が、今この場所を訪れていない限りは。
世界には、常識や科学法則では説明し得ない存在がいる。
人だかりを退けた大仰な黒服の一団が守っているのは、端正に整った顔を持つ幼い名優だ。
人混みの中で、VIPの後ろは歩きやすい。
私はツレの彼女と共に、とぼけた面でその者の後塵を被りつつ、取り留めのない考えを何とか形に出来ないか、思案を練った。
空港を出てバスに乗り、予約しておいたホテルに着きチェックインを済ませても、考えはまだまとまらなかった。
「スイートルーム…って、何かおいしそう…」
「食べ物じゃないよ?」
「…! 分かってますぅ!」
人知れず世界に根付き、それぞれが個性的な生を営んでいる異なる者達。
彼らの生態はおよそ常識や凡例的な倫理からはかけ離れているが、それだけに実に興味深く、面白い。
私は初めて人ならざる彼らと出会い、その魅力に強く惹かれて以来、ずっとその気配を追い続けている。
おかげで人並みの幸せは軒並み手元から放してしまったが、今まで後悔したことはない。
ただ、問題なのは同じ感動を分かち合う同好の士が中々見つからないことだ。
綺麗に掃除されたソファに座り、人の行き交うホテルのロビーを眺めていると、無頼を装った風の若い男が一人、自動ドアを抜けて入ってきた。
私には、真っ直ぐ受付に向かっていくその旅人が、私の仲間であるかどうか分からなかった。
エキゾチックな彫りの深い顔つきをした浅黒い少年が、旅人と私の間を横切って消えた。
どうにかして、同じ体験を持った人間を見つけられはしないだろうか。
世界は広い。
彼女に触れた私は、この広い世界の中に少なからず、私と同じように人ならざる彼らに心惹かれた、運の悪い人間がいることを確信している。
自分の正気を疑ったことはないが、一人きりでは妄想だ。
幽霊やUFOをこの目で見たと、自慢げに吹聴するオカルティストにすら及ばない。
同じ嗜好を持つ人間を、それだけを集める方法はないだろうか?
もし、私が何かに興味を惹かれ集まるとしたら…そう考えて、やっと閃いた。
奇妙奇天烈な彼らの見聞録を作ればよいのだ。
体裁を整えて創刊し寄稿を募れば、必ず私と似たような道を歩む人間が、誰にも信じてもらえなかった体験談を届けてくれる筈だ。
未だ私の預かり知らぬ稀少な彼らの話も聞ける。正に、一石二鳥の名案ではないか。
「百万円、ですか。それだけの予算があれば、十分可能です」
製本のイロハについて、知識が自慢の妖精に教えを乞うと、希望ある答えが返ってきた。
人はどこまでも理解と共感を求める生き物で、私はその檻から逃れられる気はしない。
なぜなら、それは我々に予め備わっている本能ではなく、本質そのものであると考えているからだ。
だからこそ、私は檻の外に広がる限りなき世界を無邪気に走り回る彼らの存在に、魅了されてやまないのである。
***
かくきかたりて、私は彼らの内の半分を『アノマリ』と名付けて一つに括った。
それぞれが個の世界に生きる彼らをそのように一緒くたに扱うのは、本来なら極めてナンセンスな愚行ではあるが……全ては本を作るため、止むを得なかった。
人に近しい怪奇、『アノマリ』の体験談は一体いくつ集まるだろうか。願わくば、最期が訪れることなくいつまでも…。
著者、そして最初の編者として、私はまだ見ぬ垂涎の異邦と出会えることを心待ちにしている。
ちなみに……勿論言うまでもないことであるが、本書は稀人の体験談に限らず、各『アノマリ』ご自身様によるエッセイ等の寄稿も受け付けている。
その場合、原稿を人語にて記述する必要はない。加えて、白紙でもまず没にはしない。
『アノマリ』の方々、語りたい身の上話があるなら遠慮はいらない。
是非とも、この私にお聞かせを。
アノマリ稀人譚 あっぷるぺん @applepen
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