第十一話「シールマニア」
注意……人間と同じく、自己主張の強いアノマリにはとりわけ注意と警戒が必要である。
“太陽の下で、闇のまま歩いてる。”
――アノマリについて、ある妙齢の俳優より
***
2年2組・なやまのぶひこ。
8がつ10か・晴れ。
きょう、ぼくはこうえんでおじさんとおはなしをしました。
きょうはそのかわったおじさんのことを書こうとおもいます。
あさ、ぼくはじぶんでおきました。
なつやすみなので、おかあさんがいないからです。
とけいをみたらまだ6じで、とてもはやおきでした。
あさごはんは、学校でもらったアジサイに水をやってから、つくえの上においてあったトーストをたべました。おいしかったです。
それから、ぎゅうにゅうをいっぱいのんだあと、ぼくはきがえて外に出ました。ともだちと、いつものしばふこうえんであそぶやくそくをしてたからです。
ぼくが、スキップするみたいにこうえんのフェンスをぬけると、しばふの上に知らないおじさんがすわっていました。
ともだちは、まだ一人もきていませんでした。
「やぁ、おはよう」
ぼくが、はなれたところからじっと見ていると、おじさんはぼくにあいさつしてきました。
「今日はあついねぇ、ぼうや」
おかあさんから、知らない人とはしゃべっちゃいけませんといわれていたので、ぼくはこまりました。
おじさんは、テカテカしててあんまりわるそうじゃなかったから、よけいにこまりました。
ひとことくらいへんじをしようかな、それともやっぱりむこうをむいていようかな、ってぼくがまよっていると、おじさんはニカッとわらってポケットから何かをとりだしました。
それは、シールでした。たくさんのシールがあつまった、ビンゴカードみたいなはでな紙です。
おもしろそうにキラキラしてて、ぼくはおもわず目をまるくして、おじさんのそばに行きました。
「いいシールだろう?」
ぼくがのぞきこむように首をのばすと、おじさんはシールをいっぱいのせたその紙を、はしっこをつまんでよく見せてくれました。
じょうぎでせんを引いたみたいに、正方けいのシールがきちっとならべてはりつけてありました。
みんなそれぞれにちがってて、色とりどりで、でも、ぼくの知っているキャラクターはぜんぜんいません。
ほしでもまるでもなくて、何だかよく分からないどうぶつのばっかりでした。
「これ、ぜんぶおじさんの?」
「そうだよ。おじさんはシールをあつめるのがしゅみなんだ」
「ふぅん…じゃ、これなぁに?」
ぼくがすみっこにあったつぶれたカエルみたいなのをゆびさしてきいたら、おじさんは
「そいつかい? それはレキシタイだよ」
って、おしえてくれました。
レキシタイって何だろう? って思ったけどおじさんは
「まだ分からなくていいんだよ」
ってわらいました。
「ぼうやは、シール好きかい?」
うん、とぼくはいいました。すると、おじさんはうれしそうにいいました。
「なら、1まい好きなのをえらんでごらん。どれでも好きなのを1つ、きねんにあげちゃおう」
「え、いいの?」
「かまわんさ。おじさんはシールならたくさんもっているからね」
「ホントに? う~ん、じゃあ…えっと、もっとカッコいいやつ、ない?」
ヘンなのばっかりだからぼくはそういっちゃいました。
そしたら、おじさんはハハハ、とにがわらいしました。
「そうか。…なら、ぼうやにはとくべつに見してあげよう」
おじさんは、ポケットからもう1まいおなじシールの紙をとりだしました。
こんどは何だろう、とそれを見てぼくは「あっ!」とおどろきました。
なんと、あそぶやくそくをしていたぼくのともだちがシールになっていたのです。
「これ、たいちゃんだ! ようすけに、れおも!」
シールになったみんなは、みんなたのしそうにキラキラ光って口をあけていました。
「おじさん、これどうやって作ったの!?」
こうふんしてきいたら、おじさんはほかの人にはないしょだよ、とかた目をつぶっていいました。
「下の方に、からのシールがあまっているだろう? そこにゆびでさわればいいんだよ。そうしたら、シールになれる」
「みんな、さわったの?」
「たいちゃんと、ようすけくんかい? そうだよ、みんなさわったんだ。…ぼうやも、じぶんのシールほしいかい?」
キラキラがほしくて、ぼくはコクコクとうなずきました。
おかあさんのいいつけなんか、もうとっくにわすれていました。
おじさんは、こうえんのしばふにすわったまま、紙をぼくにさしだしました。
「ほら、さわってごらん?」
ぼくはワクワクして、手をのばそうとしました。
でも、その時――どうろの方から、だれかのさけびごえがきこえました。
「やめなさいっ!」
おかあさんでした。
かけよってきたおかあさんは、いきなりぼくにだきついてきました。
なつやすみなのに、どうしておかあさんがこうえんにきたのか、ぼくはわけがわかりませんでした。
「おかあさん、なんで?」
ぼくがきいても、おかあさんはこたえてくれませんでした。くるしくてもがいても、けっしてはなしてくれません。
見上げると、おかあさんはなきながらまっかなかおで、おじさんの方をにらみつけていました。見たこともない、すごくこわいかおでした。
「おかあさん…?」
「あっちへいって!」
耳元で、おかあさんがさけびました。ぼくはギョっとしてかたまりました。
あつかったけど、とてもこわくてうごけませんでした。
ぼくがおかあさんのうでのなかでじっとしていると、、しばらくしてしばふがくしゃっと折れる音がして、おじさんがどこかへ行ってしまうのが分かりました。
はぁ、とさいごにためいきをついたのだけ、きこえました。
「おかあさん、おじさんを知ってるの?」
「…」
「…おじさんとはなしたこと、おこってるの?」
ぼくがおそるおそるきくと、おかあさんはやっとぼくのをはなしてくれました。
「おこってないわ」
それだけいって、おかあさんはぼくの手をひっぱりました。
「さ、のぶちゃん。おうちにかえりましょうね」
いつものおかあさんにもどっていました。
でも、めのまわりはまだまっ赤で、ぼくは何だかさからえずにいうとおりにしなくちゃいけない気がしました。
家にかえったあと、ぼくはおかあさんにきかれて、おじさんとはなしたことをそのままおかあさんにおしえました。
たいちゃんたちのシールを見たことをはなすと、おかあさんはすこし青ざめて、またぼくをだきしめました。
「おとうさんもね、ちょうど今日と同じ日に、あのおじさんとあっていなくなっちゃったのよ」
おとうさんはおはかの中にいるのに、おかあさんはヘンなことをいうなあってぼくはふしぎに思いました。
今日はおはかまいりの日だから、おもいだしちゃったのかなぁ。
「あのおじさんのことはわすれなさい」
ぼくをはなしたあと、おかあさんは色んなところにいそがしくでんわをかけはじめました。
ぼくがたくさんきいても、もう何もこたえてくれませんでした。
けっきょく、あのシール好きのおじさんは何だったのか、おかあさんとおとうさんと何があったのか、ぼくには分からずじまいです。
リビングにいるおかあさんは、まだでんわにむかってずっとしゃべりっぱなしです。
おとなってよくわからないです。
でも、ぼくはきょう、おかあさんがぼくをしんぱいしてかけつけて来てくれたのがとてもうれしかったです。
おわり。
ついしん。
そういえば、たいちゃんたち、もうおこってかえっちゃったかなぁ。
おかあさんの用じがすんだら、ちゃんとでんわしてあやまらきゃ……。
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