第49話 真相〈シンソウ〉

「神様? テレパシー? ……意味が分からねぇ。からかってんのか?」


とぼけても無駄だよ、さくやん。はるるんの身代わりになってさくやんが死んだ瞬間も見届けてたんだから」


 淡々と語り続ける東雲。いや、こいつは東雲と呼んでいい物体じゃないのかもしれない。


 俺は今、神様と会話をしているらしい。どう考えてもこの状況は普通じゃない。


「おい……いや、嘘だろ。神様と会話? 俺の頭じゃ理解できねぇぞ」


 東雲は俺の言葉に耳を傾けながらポケットからスマートフォンを取り出す。一昨日おととい、上浮穴の母校で見つけた端末。その裏側のカバーを外して俺のほうへ向けた。


「ここにあるチップ、見える?」


 東雲の人差し指が指し示す部分には長方形の黒い小型チップが端末に埋め込まれていた。俺は怪訝な表情を浮かべるほかない。


「ICチップか? それがどうしたんだよ」


「神が人間の体を形作るのにこれが必要なんだよ。破損したらわたしの体、東雲芽々埜めめのという存在は消えるから」


 ……馬鹿にしているのだろうか。


 目の前に確かに存在している女の子。その体がこんなちっぽけなチップに全て委ねられているというのか。にわかに信じがたい非現実的なことを言われて、思わず押し黙ってしまった。


「わたしは神様、それは揺るがない事実だよ。さくやんのことなんて生まれたときから知っている。天から見てたんだ」


 これが東雲の芝居なのだとしたら、俺は一生こいつのことを避けて生きていくだろう。それぐらいに恐怖が間近まで迫っている。


 テレパシーなんて言葉が東雲の口から出てきている時点で疑いようのない真実なのか。いや、まだ決めつけるのは早いだろう。嘘の可能性がゼロになったわけじゃない。何らかの事情で持田から東雲にバレてしまったと考えられなくもない。


「生まれたときからねぇ……」


「本当だよ! 小学四年生の五月の三週目、五日連続でじゃんけんに負けて一週間連続でトイレ掃除してたでしょ? 中学一年生の卒業式の日、自動車同士の事故現場に偶然居合わせて事情聴取されてたときに鳥の糞を浴びた挙句、卒業式遅刻、黒の制服に白の糞をつけたまま出席して周囲の視線が痛かったでしょ? あとそれから」


「おい、待った待った。もういい、十分わかった」


 このまま東雲に喋らせておくと俺の身体が過去の羞恥で埋もれてしまいそうだ。


「マジもんの神様なのかよ……お前だったのかってまじで言いたくなったわ」


「へ? どういうこと? ま、まぁ、いいや。とにかくすべて話してあげるよ、テレパシーのこと。いつかは話すつもりだったしね」


 東雲は目を細めてにっこり笑った。その笑顔は柔和で安心できるもののはずなのに、俺の心拍数は変わることなく上昇したままだ。


「俺は持田の身代わりになって死んだ……本当に死んだのか?」


「うん。停車するために減速していた電車とはいえ、ねられたからね。骨は粉々に砕けてたよ」


「それなのにこうして生きている」


 最も不可解でおおよそ説明できない事態がまさにこれだった。死んだ人間が生き返るなんて、なにそれどこの異世界転生ラノベですか。


「わたしがやったんだよ。あの日あの瞬間にさくやんが死ななかった世界、そういう風に無理やり世界を変えたんだ。さくやんは昔から異常なほど不運に見舞われてた。それが究極の形になってついに死んでしまったんだよ。それもさくやん自身の失態でホームから転落したのならわたしは無理に現実を捻じ曲げなかった。けど、人助けの結果死んだ。まぁ、前を歩くはるるんが電車の侵入してくるタイミングに偶然転落しかけたっていうのがそもそも不運だったんだけどね」


「人の人生を捻じ曲げた。そういうことか」


 なぜだろう。意味不明な怒りが無性に込み上げてきた。俺が今こうして息をしているのは東雲のおかげなのだ。こいつに対する感謝の念はないのか、なぜ湧いてくるのが怒りなんだ。幾ら自分に問うても眉間にしわが寄るだけだった。


「嫌だった? だったら今ここでさくやんを消して、松前咲夜が電車に撥ねられた世界に戻すだけなんだけど。はるるんとれなれなが接触することもなく、わたしの存在と生きたさくやんの存在を二人が毛ほども知らない世界に」


 淡々とした説明口調の東雲。普段なら見せない冷酷な目と垂れ下がった口角が俺の胃をじりじりと痛めつけた。


「いや、でも……死んだ人間が生きてていいのかよ」


「さくやんは不運すぎた。もっと幸運がもたらされるべきなんだよ。思ってたでしょ? 確率が収束しないって」


「ああ。けど、だからって意気揚々と生きてるなんて気色が悪い……っあ」


 言っている途中で気が付いた。意気揚々と生きている? それは明らかに違う。


 俺の様子を察したかのように東雲が言葉を繋いだ。


「意気揚々とは生きてないじゃん。何の代償もなしに死んだ人間を生かすことなんてできないよ。だから、テレパシーを発生させる必要があった」


「おい、待てよ。テレパシーじゃないといけない理由があるのか? どんな犠牲でもいいのなら持田を巻き込む必要はないだろ」


「駄目だよ。因果関係は切ろうとしても切れないから」


 そう言って東雲は窓に視線を移し、外の景色を見遣みやった。そのまま口を開く。


「例えば、新幹線の指定席特急券。その指定席をわたしたちが間に合う新幹線の指定席に塗り替えることだって一瞬でできるんだよね。そしたらもともとそこに座るはずだった人は座れなくなる。そもそもその人が予約を取らなかったことになるかもしれないし、予約を取っていたけど乗る前に死んでしまったことになるのかもしれない。指定席を塗り替えたことが原因でそういう結果になってしまうのは避けられないんだよ」


「本来死ぬはずのなかった俺が死んだ。死ぬはずだった持田は俺が原因で生き延びた……だからってテレパシーに繋がっていかないんだが」


「二人が密接に関係する代償であればなんだってよかったんだよね、結果的にテレパシーが一番収まりがよかったってだけだよ」


 東雲は言い終わるや否や顔を俺のほうへと戻し、ふうっと一息ついた。手元に置いていたペットボトルのオレンジジュースをくいっと一口飲み下す。


「とりあえずテレパシーを発動させた経緯いきさつはこれで全部かな」

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