第47話 手合〈テアイ〉

 雰囲気づくりのためだろうか、声を限界まで低くしようと試みているようだけれど、普段とあまり変わっていない。


「いや、名前だけ聞かされても謎のままなんだが」


「説明しよう。ジョーカーを抜いた五十二枚のトランプを山札として裏向きにセットする。その山札からお互い二枚のカードを自分にも見えないように引き、一枚を裏向きのまま山札の横にセットする。残った一枚の数字を見て、伏せられたカードの数字との和が相手の二枚のカードの和よりも大きいかどうかを吟味する」


「ほーん、なるほど」


 俺の相槌ににっこり笑顔を浮かべて、さらに説明を続ける東雲。


「ここでめめのんの重要ポイーント! 勝てそうにないなと思ったら強制的に勝負する必要はなくて、降りることもできるのだ。もし勝負をして負けた場合はマイナス三ポイント、勝負せずに降りた場合はマイナス一ポイント。勝ったほうはポイントなし」


「そのポイントはどうなったら何が起きるんだ?」


「マイナス十ポイントでお互いに隠してることを一つ話す。それだけだ!」


「は?」


 軽々しくかつ元気溌剌な様子で放たれた言葉は、俺の心臓を締め付けるのに十分な力を持っていた。


 隠していること。真っ先に思い浮かんだのはテレパシーのことだ。こいつはそれに照準を定めてこんなゲームを持ち掛けたのか? だとすると俺と持田の間で起こっている怪奇現象がバレてしまった? 不審な点が出ないように注意していたはずなのにぼろが出たのか? マジシャンがハットからはとを飛ばすように、あらゆる疑念が脳内から湧いてきた。


「隠していることあるでしょ? まぁ、わたしもだけど。ゲームやろうよ!」


 にやりと口角が吊り上がった東雲の笑顔はすべてを見透かす詐欺師のようだ。さらに一息つく間もなく東雲は言い放った。


「ねぇ、逃げるの?」


 挑発にも似た問いかけが俺を錯乱させる。逃げる? そうだこれは面倒な事案だ。今まで通り逃げればいいだけの話で、こんなゲームごときに付き合う必要はない。


 けれど。本心は明らかに避ける態勢を取っているのに、心のどこかに存在する微かな好奇心が逃げの姿勢に対抗する。


 俺が知らない東雲の内情。そんなものは数えきれないほどあるだろう。その中でも一つだけ、推察していたことがある。


 新学期二日目、東雲のために校内案内をした。あのときに東雲が口にした言葉『この一年間を楽しみたい』は、一年間が終了すればその後は楽しめないということの裏返しなのではないかと微かに思っていた。それが病的な事情なのかどうか、わざわざこちらから確認するようなことではないだろう。


 東雲の隠し事が俺のこの思考に直結するのであれば、このゲームは推察から確証へと変える良い機会なのかもしれない。


「逃げる? そんなことしねぇよ。隠し事を話すのは別に構わないけど、話したことが本当か嘘かは分からねぇぞ」


「え? さくやん、嘘つくつもりなの? 嘘なら嘘でいいけど」


 一息ついた東雲。その目は真っすぐと俺の顔面を捉えていた。


「わたしは真実しか話さないよ」


 静かな囁き声なのに、透き通った高音は俺の耳の中でひどく反響する。これほどまでに清々しく宣言されると、ほーんっと相槌を打つほかない。


 東雲は、よしっと呟きながらトランプを入念にきり、窓の膳板ぜんいたに山札を置いた。ちょうどその時、男性の車内アナウンスが鳴り響く。


「まもなく多度津たどつ、多度津に着きます。降り口は右側――」


「さくやん! 二枚引いて、一枚は見ずに伏せてね」


「おう。俺の不運属性は一周まわって幸運になってるまであるからな、見せつけてやるよ」


 東雲が二枚引いた後、俺も同じく二枚引き、そのうちの一枚を裏向きのまま山札の横に置いた。手元に残ったカードには派手な絵柄がついていて、右上を見るとJの文字が刻まれている。


 俺は迷うことなく勝負を宣言し、東雲も同様に口を開いた。山札の横にセットされているもう一枚のカードを二人で同時にひっくり返す。


 っふ。敗北を知りたいぜ。


 そんなことを考えていたのが裏目に出たのだろうか。俺は一瞬で敗北を知ってしまった。東雲のカードは八と十。対して俺の伏せられていたカードは、一だ。


「はい、さくやんの負けー! マイナス三ポイーント!」


 きゃははっと笑う東雲を本気で殴りたくなった。なん、だと……俺の不運属性がここまで深刻だとは思わなかったぞ。


 自分の呪われた宿命を過小評価しすぎないように注意しながら黙々と闇のゲーム(東雲称)を続ける。


 山札をきって二枚引き、そのうちの一枚を伏せて思考する。この一連の流れを一ラウンドとするならば、一ラウンドは三十秒も経たずに終了していった。


 五ラウンドが終了し、ポイントはもう目も当てられない状態になっている。


「また、さくやんの負けじゃん。ポイントはー……おお、マイナス十を超えた! はい、隠し事一つ、どうぞ!」


 東雲はにやっとした不敵な笑みで体を少しだけ前に倒し、食い入るように俺の顔をじーっと見つめる。


 くそっと一言呟き、渋々口を開いた。


「アイドルにハマってる」


「……は? えーアイドル? いいじゃんアイドル。そんな隠し事、つまんなー」


 俺の言葉を聞くや否や、東雲は体を元の位置に戻してむっとした表情を浮かべている。


 なるほど、こういうどうでもよさそうなことを語ってかわしていけばいいのか。さくやん、ちょっと賢くなっちゃった。

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