6. シンパシー・ジコ

第41話 紛失〈フンシツ〉

 陽は完全に沈み、電飾が街を照らして夜を歓迎していた。


 愛媛一の繁華街。中学校へ向かう途中で通ったときには家族連れや中高生らしき若者、お年寄りがほとんどを占めていたように思うけれど、今は大学生以上の若者やサラリーマンの集団が目立つ。時が切り替わるのと同じように街も夜の活気へと移り変わっているような、そんな気がした。


「え、うそ……あれ? ない……」


 商店街の中央を歩きながら上浮穴の家に戻っていると、東雲がぼそぼそと呟き始める。ポケットやショルダーバッグの中をガサゴソとまさぐり、何かを探しているようだ。


「どうしたんだ? 何か失くしたのか?」


「うん、スマホがどこにもない……」


 東雲は立ち止まり、ガウチョパンツのポケットを二度三度確かめる。上に羽織っている濃紺デニムのジャケットがひらひらと揺れているが、それもやがて鳴りを潜めた。


 大切なものなのに、と弱弱しく息を吐きながら視線を落とし、東雲の表情は次第に曇っていく。


 前を歩いていた持田と上浮穴も東雲の異変に気付き、立ち止まって振り向いた。


「スマホ、落としたの?」


「鞄の中は探したのかしら?」


 東雲は持田と上浮穴の問いに対して、うんっと首を縦に振る。肯定したものの、きょろきょろと自分の体を見回していて意識はそこにあらずだ。


「最後に触ったのはいつか覚えてる?」


 眉根を下げて持田が聞くと、東雲は髪を掻き上げた。


「上浮穴さんの家を出るときにはあったはず。商店街に来てからは、んー……触ったような触ってないような……」


「ということは入ったお店か中学校かその道中、どこかにある可能性が高いわね」


 上浮穴は真剣な面持ちで東雲のほうを見遣った。


 一時間ほど前の記憶を読み起こしていると、ふと思い出す。そういえば、と声が漏れたのも気にせずにスマートフォン(俺)を手に取り、写真を開いた。


「この台の上にスマホ置いてないか?」


 そう言って画面を東雲のほうへ向けた。見るや否や東雲は目をくわっと見開き声を荒げる。


「あぁ! そうだ、被り物の写真を三人で撮ろうと思って上浮穴さんに無理やり着せてたけど結局撮れなくて、そのまま置きっぱなしにしてたのかも!」


「そうそう、そういえば被らされたんだったぁ。思い出しちゃった」


 にぱぁっと笑顔を浮かべる東雲。対照的に苦笑する持田。二人の様子眺めながら、俺は軽くため息を吐いた。


「心当たりがあるならさっさと行こうぜ。あんまり遅くなってもまずいだろ」


 そうねと、上浮穴も頷き、俺たちは歩き始める。


 五十メートルほど進んだところで雑貨店の前にたどり着く。中に入ってみると、夕方ほどは混雑していなかった。


 東雲は写真を撮った場所まで真っ先に向かい、俺たちもついていく。


「ない……どこにもない!」


 透明なガラス板の上と下を何度も繰り返し見ているけれど、どうやらないらしい。……それにしても、すげぇ動きだな。頭がげそうなほどのヘッドバンキング具合だぞ。思わずインターネットで銀行との取引をしてしまうまである。


 落胆と疲労が合わさったようなため息が東雲の口から漏れ出た。それを見た持田が東雲に声を掛ける。


「店員さんに聞いてみよ?」


 うんっと小さく呟く東雲。カウンターまで向かい、前のめりで食い入るように東雲が尋ねた。


「すみません! スマートフォンの忘れ物って預かってないですか?」


「スマートフォン……たしか一つ預かっていますよ」


 店員のお姉さんはにっこにっこにーな笑顔で対応してくれた。その真正面に立つ東雲の表情は窺えないけれど、とりあえず解決しそうだな。


 店員さんが機種を問うと、東雲は答える。カバーの特徴も聞かれて平然と応じた、そのときだった。


「金色のフレームですか? でしたら、こちらのスマートフォンではなさそうですね」


「えっ、あれ……違う」


 はて、と不思議そうに首を傾げる店員さん。その手には手帳型のカバーを装着されたスマートフォンがかざされていた。東雲の声のトーンも大層落ちている。


「なんで……どこいったんだろう」


「別の場所を探しましょう。ね?」


 上浮穴の声に東雲は頷き、店員さんに一声かけて雑貨店を出た。


「もう七時を越えてるんだが、どうする?」


「お母さんもお父さんも放任主義だから連絡しておけば問題はないとは思うけれど……遅くならないに越したことはないわね」


 上浮穴は顎に手を当て、なにやら思索を巡らしているようだ。


「近くに交番が二つ。私たちが入店していてまだ確認していないお店が四つ。中学校とそこまでの通り道、この二つはどちらかに絞った方がいいわね。どのみち二手に分かれるのが得策だと思うわ」


「通り道に落ちてたら交番に届けるのが普通だろうし探すなら中学校だな。俺と上浮穴で行くか」


 中学校に入るとなると上浮穴がその場にいた方がいいだろう。探すのは男の役割。となると必然的にこうなる。


 持田と東雲を一瞥し、目だけで是非を問うた。東雲は分かったと一言だけ答える。


 持田は微かに俯き、口を閉ざした。その場に流れた妙な沈黙によって周囲の喧噪けんそうが何倍にも増幅された気がする。


 少しの間を空けてようやく持田も頷く。


「うん……わたしと東雲さんでお店に確認していくよ。こっちはそんなに時間がかからないと思うから交番は二つとも任せて」


「お、おう。了解。見つけたり何か起きたりしたら連絡を……あっ」


 言っていて墓穴を掘ったことに気づいた。横目に入った上浮穴はスマートフォンを耳にかざしてなにやら通話している、その相手は十中八九母親だろう。その横で東雲が何かを思い出したように呟いた。


「そういえばさくやんとPINE交換してなかったなぁ、はるるんは?」


 東雲の問いに対して、えへへっと微かな笑みで持田が返す。


「わたしもだよ」


 スマホの捜索を始めようかというときに、なぜか持田の連絡先を獲得してしまった。

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