第36話 着到〈チャクトウ〉
ダイヤモンドからではなく色白肌から目を離すことができず、適当なことを口走る。
「すげぇ光ってんなー、本物のダイヤみたい」
「本物なんだよ!」
むうっと唸りながら、グーで軽く殴られた。
「それ、絶対に無くすなよ? 絶対だからな? フラグとかじゃねぇからな?」
「へ? ふ、ふらぐ?」
東雲ははて、と首を傾げながら旗? と呟いている。純粋無垢な表情を浮かべていた。
そうか、そういう言葉は知らないのか。説明するのも面倒だなぁと、東雲から顔を背けていると電車が動き出し、渋めの声の男性がアナウンスを始めた。
* * *
電車に揺られること約三時間半、ようやく四国の主要都市の一つ、松山へとたどり着いた。
のどかな田園地帯と雄大な海岸沿いが車窓から絶え間なく見られて、旅行気分に浸らせてくれた。広大な瀬戸内海の上を鉄の塊が走る、その場面を思い返すと今でも感嘆の吐息が漏れてしまう。
目に入る景色はすべて新鮮で気分が高まる、それは紛れもない真実だ。けれど、それと反比例して体力が削られていくのもまた間違いではなかった。
松山駅には自動改札がなく手作業で切符が回収される。軽いカルチャーショックで絶句しながらも俺たち四人は駅舎を出た。
「横浜から大体七時間ぐらいか。長かったな」
「んんー。その分、空気がおいしい!」
疲労の色を見せながらも東雲は気持ちよさそうに背伸びをしている。持田のほうをちらっと見ると、自分の肩をむにむにと揉みながら駅前の風景をぐるりと見渡していた。
キキ―ッと機械的な騒音が周囲に鳴り響く。音のした方を
たった五文字の中にどんな想いが含まれているのか俺には全く分からないけれど、柔らかな微笑からはこの地をひたすら懐かしんでいるように感じる。
ふと見上げた空は曇天ながらも、一瞬の隙を狙ったかのように太陽が顔を出していた。
「
上浮穴の平然とした声音に持田と東雲は軽く頷く。そうして、歩き始めた上浮穴の後ろをてくてくと追いかけた。俺は二人の後ろをついていく。
駅前の地下道をひたすら歩いていると、持田が口を開いた。
「上浮穴さんの家かあ。楽しみだね東雲さん?」
「そ、そ、そう? 家なんてどれも同じだよ!」
持田の問いかけに対して、東雲はむっと厳しい形相で答えた。その直後に、まぁちょっと楽しみだけど、と呟いてそっぽを向く。
「なかなかの物言いね。家が気にくわなかったら、あなたの分だけホテルのスイートを用意するから安心して」
「なっ、はぁ!? 仲間外れとかやだし! いいよ、何が何でもお
東雲はむすっとした表情で上浮穴の顔を睨みつけている。……あんたら、仲悪すぎじゃないですかねぇ。
持田は上浮穴と東雲の間に挟まれながら、まぁまぁと両者を
角を曲がり、地上へと向かう。
「わっ、すごい!」
階段を上って地上に出ると持田が驚き声を上げた。目の前にはオレンジ色をベースにした路面電車が停車している。
持田と東雲は初めて見た路面電車に興奮しているらしく、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。二人が先に乗り込み、俺と上浮穴も後に続く。
車内はいたって普通の電車という感じで、ところどころに張られているローカルな広告が旅行気分を増幅させた。車内をぐるっと見渡していると、けたたましい音とともに電車が動き出す。
持田と東雲は外の風景が変化する度に愉快な笑い声を上げている。俺も移り行く景色をぼーっと眺めながら、電車に揺られることおおよそ十五分。上浮穴の声を皮切りに路面電車を降りた。
片側二車線の国道に沿って歩いていると、上浮穴が立ち止まる。
「着いたわ」
上浮穴の見上げる先には旅館のような木造の建物がある。四階建てになっていて、見たところ一階は和菓子屋の店舗のようだ。それにしても、この敷地面積……。
「立派な家だな」
「だねぇ」
「お、大きい……」
ボソッと漏れ出た俺の言葉に持田と東雲も頷く。ぽかんっと口を開けた東雲の顔が餌を求める
ついてきて、と呟き上浮穴は店舗の正面入り口へと歩き始めた。俺たちも後に続く。
「あらぁ、怜奈! おかえりなさい」
「ただいま、お母さん」
入店するとすぐに、綺麗な風貌の女性が上浮穴に声を掛けた。胸のあたりまで伸びた綺麗な黒髪は片側で一つに結われ、キリッと吊り上がった目や小さな鼻と口はそれらすべてが均整の取れた配置をしている。
この人がどうやら上浮穴の母親らしい。
母と娘の挨拶が終わるとすぐに、優し気な微笑みが俺たちのほうへと向いた。
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