第35話 接続〈セツゾク〉

「兄をヤギ扱いかよ。こうやって旅行ができてるのもあの人のせいというかおかげというか、そんな感じだからお土産は買って帰らないとな」


「へぇ、気遣いさんなのね。意外と」


 ああ、お前と違ってな、と言いたくなるほどに嫌味たらしい発言が飛んできた。なんで毒づくことしかできないの? 言葉の調子がワンパターンという点では、ばぶーの名手タラちゃんと同じだぞ、ばぶみパラメータが振りきれるまである。


 俺と上浮穴の間で静寂が訪れ、車輪とレールの擦れる音がやけにうるさく聞こえてきた。



    *     *     *



 アーアーニホンノードコカニー、といい日に旅立ったと思わせてくれるような、ポップで且つ重厚なメロディーが車内を包み込む。それが鳴り止むと女性のアナウンスが響いてきた。


「まもなく岡山です。山陽線、瀬戸大橋線、宇野線――」


 落ち着いた女性の声音を右耳から左耳へ流しながら、左横で頭がかくんかくんっと揺れている上浮穴を肘で小突こづいた。


「んんっ……ん?」


 普段はキリッとした鋭さがある目も今は半開きの状態になっていて、眠そうなのが伝わってくる。乗車前の凛とした姿とはあまりに違いすぎていて、心臓の鼓動が一瞬飛び跳ねた気がした。


「もう着くぞ」


 静かに且つ端的に伝えると、上浮穴は俺の顔を見るや否や目をぐわっと見開いて一瞬硬直した。すぐさま髪を丁寧に整え、口を開く。


「……迂闊うかつだったわ」


 ボソッと呟いた上浮穴の頬が心なしか朱色に染まっている。視線を落とし、前の座席の下のほうをじっと見つめていた。目はそこへ向いているのに思考はどこか遠くへ飛んでいっているような、そんな雰囲気が感じられる。


「新幹線って快適すぎて眠くなるよな。俺も京都から記憶ねぇわ」


「え? え、ええ。そ、そ、そうね」


 上浮穴はなにやら動揺しているようだ。スタッと立つとすぐにそそくさと荷物を持ち、廊下側の俺にさっさと出ろという風な視線を送ってきた。前に座っていた持田と東雲も席を立つのが横目に入る。


 出口付近まで向かい降りる人の待機列へ並んでいると、やがて車両が停車した。


 俺たち四人は約三時間の長距離移動の末、ようやく岡山に降り立つ。


「いやぁ~新幹線ってすごいねぇ! 初めて乗ったけど楽しかった!」


 横を歩く東雲の無邪気な声が届いてきた。……新幹線って別にアトラクションじゃないんだけどなぁ。


 ちらっと持田のほうに視線を向けると、東雲とは対照的に疲弊した表情を浮かべている。俺の視線に気づいたのか、持田は俺のほうを向いた。


「東雲さん、横浜から喋りっぱなしだったよ」


「なるほど、だからそんなに疲れてんのか」


 女性は話題を繋ぐ天才だと聞いたことがあるけれど、三時間も話す内容があるのだろうか。今日も晴れですね、そうですね、で会話を終わらせてはいけないのでしょうか。二言じゃダメなんでしょうか? と首元に手を近づけたけれど生憎あいにく身に付けている服には立てられるえりがない。


 ゴールデンウィーク初日ということもあって混雑気味な階段を降り、てくてく歩いていると改札が見えてきた。


 スマホの画面を一瞥し、時刻を確認する。ここからさらに特急へと乗り継ぐのだが、この先は自由席なので時間を気にする必要はなかった。


「なぁ、昼めしはどうする? 駅で食べるか?」


 上浮穴の顔を見ながら言葉を発する。けれど、いち早く反応したのは東雲だった。


「あ、食べたい、食べたい! お腹減ったよー!」


「東雲さん、あんなにお菓子食べてたのに……」


 東雲の元気溌剌はつらつとした声音に続けて、持田の驚嘆きょうたんめいた呟きが聞こえてきた。持田は口をほんの少し開いて、愕然がくぜんとした表情を浮かべている。持田の感情はあまり揺れ動かないものだとばかり思っていたけれど、東雲には振り回され続けているようだ。その様子が少し可笑しくて、ふっと吐息が漏れてしまった。


「持田と上浮穴は腹減ってるか?」


「んー、あんまり入らなさそう」


「そうね、私もそんなに」


 二人ともどうやら乗り気ではないらしい。


「なら、売店で軽めのものを買って電車で食べるか。東雲は……無視だな」


「えぇ!? ちょ、ひどくない!?」


 東雲は眉間にしわを寄せて、むぅっとうなっている。


「冗談冗談。駅弁じゃ駄目か?」


「むー。まぁ、向こうでは食べられないし駅弁でもいいけどさ」


 つややかな唇を微かに尖らせながらも納得を示す東雲。ねているのだろうか、不満げな様子が無邪気な子供のイメージと合致した。


 東雲と俺は駅弁を、持田と上浮穴は売店で軽食を買い、在来線の改札を抜ける。


 発車まで五分ということで、瀬戸大橋線のホームにはすでに特急しおかぜが止まっていた。車内へ乗り込み、塊で四人分空いている席を見つけると一目散に東雲が着席する。


 持田のほうをちらっと見遣ると、鋭い眼光というか無言の圧力というか、そんな感じの目でこちらを見ていた。……へいへいへい、俺が与太話の聞き役になればいいんですねそうなんですね。


 俺と東雲の後ろに持田と上浮穴が座った。さーて、イヤホンにアイマスク、ネックピローのフル装備で就寝準備に取り掛かるぞー、と心の中で意気込んでいると東雲が口を開いた。


「ねぇ、さくやん! これ見て、これ!」


 そう言って東雲は身に付けていたネックレスを摘まみ、くいっと俺のほうへ向けた。色白な素肌を背景にして小さなダイヤモンドが光り輝いている。研磨の技術が成せる業なのか、米粒程度の大きさで全く目立たないのに輝き方が尋常じゃない。けれど、俺には宝石が放つ銀色の光輝こうきよりも、薄手のブラウスからちらっと見え隠れしている胸元の素肌のほうが眩しく感じた。

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