5. リョコウ・シコウ

第34話 経緯〈イキサツ〉

 そこかしこに見られた桜が次第に緑色へと移り変わり、五月も三日目を迎えていた。


 ゴールデンウィーク初日の午前九時半。俺たちは新幹線に乗り、東海道を高速移動している。


 俺の左隣には上浮穴、前の席には東雲、その左隣には持田……座っているだけで胃がキリキリしてしまいそうなパーティメンバーだ。耐えて! 耐えるのよ咲夜、と今にもデュエルがスタンバイしてしまいそうなことを考えていると、上浮穴の体は挟んで先にある窓から富士山が見えた。


 瀬奈せなさんと会話を交わした翌日、旅費は自己負担だということを含めて持田と東雲にこの旅行のことを話した。二人とも親に相談するということで後日、回答を受け取ったけれど二人とも少しの犠牲を払ってオーケーをもらったらしい。とりあえず同行者はこんな感じかと、瀬奈さんに連絡すると『おお、ちゃんと誘ってんじゃん、やるねぇ! 母さんに聞いたら、交通費は問題なく出せるらしいから気兼ねなく楽しんでこいよ!』と返信があった。……いや、四人分の旅費って十の五乗ごじょう円を超えるよな。それを問題なくって……またまた御冗談を。


「ねぇ、松前くん」


 高校生からしてみれば恐ろしいほどの高額なゴチに関わってしまい身をすくめていると、左から上浮穴かみうけなの声が聞こえてきた。


「ん?」


「その……お兄ちゃんがめちゃくちゃなことを言ったみたいで、ごめんなさい」


 上浮穴の威風いふう凛々りんりんとした様子にはお兄ちゃんなんて言葉も謝罪の言葉も似合わないと思った。妹を持たない男からしてみれば読書好き、オンラインゲーム好きな大人しい妹がもじもじと頼ってくる場面を想像することは容易い。やだ、なにそれどこのりんりん? 俺は、りんりんさえいればいい、ですはい。


「……いや、逆に新幹線代とか宿とか迷惑かけて悪い。てか、瀬奈さん、忙しいみたいだな」


「ええ。あの人、いろいろと手を出しているから」


 ぼそっと呟かれた上浮穴の言葉に対して、おーんっと適当に相槌を打つ。


「愛媛、どんな場所なのか全く想像もつかねぇな」


「特に目立ったところもない平和な場所よ」


 ちらっと上浮穴のほうを見遣みやったけれど、上浮穴の顔は窓へ向いていて表情は窺えない。


 視線を戻したのと同時に、前の座席の上部から東雲がひょいっと顔を覗かせた。


「ねぇねぇ、お菓子食べる?」


 東雲は右手にスナック菓子、左手にチョコ菓子を持ちながら満面の笑みを浮かべている。


「おお。じゃあチョコ、貰うわ」


 東雲は座席の上部から腕を伸ばし、はいっと手渡してくる。仕事は果たしたと言わんばかりに勢いよく自分の席に戻ると、再び両手にお菓子を備えて顔を覗かせた。


「か、上浮穴かみうけなさんも、どう?」


 東雲の笑顔が引き攣っている。新学期早々に罵倒されてたんだもんね、怖くないわけないよね。


「私は遠慮しておくわ」


 上浮穴のそっけない返答が東雲の気に障ったのか、むっと怪訝な表情を浮かべた。


「ふん!」


 不満たらたらな様子で小さく呟き、東雲は前の座席へ消えていく。勢いよく腰かけたのか、どすんっと音が聞こえてきた。東雲はどうやらご乱心のようだ。


「お菓子、あんまり食べないのか?」


「ええ。嫌いではないのだけれど、高校に入ってからは控えているのよ」


 高校に入ってから、という線引きに疑問が浮かんできた。ダイエット目的……とは思えないけれど、特に気にすることではないだろう。


「中学までは結構食べてた物言いだな」


「家が和菓子屋ということもあって、狂ったように食べていたわ。甘いものは危険な薬物と同じで手を出すと止まらなくなるから」


 上浮穴の意外な女の子っぽさを垣間見た気がする。ほんのわずかに口角が上がった横顔からは柔和な雰囲気が漂っていた。


 その横顔から視線を逸らせずにいると、上浮穴は取りつくろうようにごほんっと咳払いをしてこれまで通りの冷然とした声を発する。


「ま、まぁ、自制ができないなんてことはないわよ?」


 すげぇどや顔で言われると、実際にお菓子をむさぼり食う上浮穴の姿を見てみたいかもしれない。


「別にそこは疑ってねぇよ。てか、実家って和菓子屋なんだな」


「ええ。お土産でよく選ばれたりするような和菓子だから、松山駅に着いたら見かけると思うけれど」


 んー、それって地元の有名企業ということになりますよねそうですよね……俺たちが招待されたところってかなりやばいところなんじゃないだろうか。女子高生がやたらめったら使う『やばい』で表現しちゃってる時点で俺のボキャブラリーもかなりやばいまである。


「あ」


 上浮穴の言葉を聞いてふと思い出した。


「なに?」


「いや、瀬奈さんにお土産頼まれてたの忘れてたわ。帰るときも間違いなく忘れるな、これ」


 上浮穴ははぁっとため息をつきながらこめかみのあたりを押さえる。


「お土産なんか頼まれていたのね……道端の雑草をむしって渡しておけばいいわよ?」


 ひ、ひでぇ妹だ。渡すのは俺なんだからそんなことは出来るわけがないんだよなぁ。

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