第32話 邂逅〈カイコウ〉

 上浮穴かみうけな兄妹は愛媛県出身で、両親は今も変わらず松山市で暮らしているらしい。ということは兄妹揃って関東に出てきたのだろうか、と思ったけれどそれはどうも違うようだ。瀬奈せなさんは詳細を全く話さなかったけれど、兄妹で別々に一人暮らしをしているということだけは教えてくれた。


 こちらからそれ以上のことは詮索していない。


 他人の家の事情にベタベタと触れるのは失礼だろう。他人は他人、うちうちって母ちゃんも言ってたからな。……そのくせ、保護者が集えば『うちの子もゆうきくんを見習ってほしいわよ~アハハハハハ』とか言っちゃうから、母ちゃんの独裁政治っぷりには困り果てるぜ、全く。なに、そのプチ矛盾。ムジュンのフチ子さんかよ。


 とにかくゴールデンウィークに遊びのお誘い、しかもかなり距離のある旅行のお誘いを受けたわけだが、どうしたものか。愛媛までの移動費については瀬奈せなさんがご両親に話してくれるようだけれど、逆にそこまでされると申し訳ない気持ちで満たされてしまう。それに、瀬奈せなさんのあの一言……。


怜奈れなには松前くんから伝えておいて欲しいんだけど。あと、大勢のほうが楽しいと思うし追加で二、三人誘ってもらっても構わないよ』


 俺、友達がいないってあの人に言ったよね。誘う人間がいないのを知っていて人数集めを頼むとか、嫌がらせの仕方が遠回しなのか至近距離なのか分かりずれぇよ。


 とはいっても、ここ数日のおかげというかせいというか、いろいろと惨事が重なったこともあって誘うあてがあるにはあった。持田と東雲、あの二人には聞いてみるか。


『夕日、綺麗だなぁ』


 おっと、久しぶりに持田もちだの登場だ。頻繁に起きたり急に起きなくなったり、この現象は本当に気まぐれだよな……。


 持田が言いたいのは、月が綺麗ですね的なことなのだろうか。地球と太陽の距離は地球と月の距離のおおよそ400倍らしい。つまり、夕日バージョンはアイ・ヘイト・ユーといったところか。あれ? もしかしてディスられてる?


 ぶわっと追い風が吹き、背中を軽く押す。それと同時に、重々しいため息が自然と漏れ出てしまった。二酸化炭素と一緒に疲労のようなものも吐き出した気がするけれど、身体に残る気だるさは全く変化がない。


 多少の気分転換にでもなるだろうかと、辺りの景色をざっと見渡した。けれど、周囲の様子はいつもと何ら変わらず、建物や植物が無機質に並んでいるだけだ。


 規模の小さな公園が真横に見えるけれど、相変わらず閑散としている。公園といえば幼女! 幼女はいねえがー! と魔物の形相を意識しながら見渡していると、意外な光景が視界に飛び込んできた。


「ん?」


 ここから真向かい、俺が今いる出入口とは別の出入り口で向かい合うように立っている二人の男女学生。


 誰が見てもただの青春模様としか思わないであろう、その光景から俺は目を逸らすことができないでいた。この距離では顔を確認できないけれど、その風貌には見覚えがある。


 キラキラとした輝きを放つこともなく、おしとやかな、つ物静かな立ち姿をしている彼女。おそらく……持田だ。


 放課後を迎えてすぐに申し訳なさそうな顔で東雲の誘いを断っていたけれど、どうやら恋がらみの用事だったらしい。


 持田の正面に立っているのは昼休みに出会ったあの男子高校生だろう。


 二人の姿をぼーっと眺めていると些細なことに気が付いた。持田と知り合ってから一切気にしたことはなかったけれど、男子と並んで立っている持田の姿は小動物的なこじんまりとした印象を受ける。


 とはいっても持田の体が小さすぎるということではなく、ただ単に高校生の男女の体格差、その範疇だろう。なんともコメントを残しずらい普通の女子高生姿が、持田の量産型女子高生感を強めていた。


 二人の様子を遠目から窺っていると、どうやら解散のときがきたようで、男子高校生がきびすを返して歩き始める。一方で持田は、離れていく男子高校生のほうに体を向けたまま動かない。


 周囲の建物が邪魔をしていて、斜陽は持田を照らしていない。影にすっぽりと覆われた持田の姿からはなぜか視線を外せなかった。


 不意に持田の顔が俺のほうへ向く。


 持田も俺の存在に気づいたようで、こちらに向かってを進め始めた。持田の右手が胸の辺りでゆらゆらと振らされ、俺も右手を上げる。


 まるでリズム隊が一定のリズムを刻んでいるかのようにサッサッサッと足音が鳴り、女性バンドのボーカルよろしく可愛らしい高音が響いた。


松前まさきくん、今、帰り?」


「おう」


 真正面で立ち止まった持田は、少し見上げるようにして俺の顔を見つめている。


「アイ・ヘイト・ユー。松前くんらしいなぁって思ったよ、あれ」


「え、今どさくさに紛れてディスってなかった? 大丈夫だよな?」


 微かに不安な気持ちが湧いてきて思わず尋ねてしまった。言い終えてから後悔にも似た恥ずかしさが心臓を赤く塗りつぶしていく。顔に出ていませんようにと、適当に願ってみたものの持田の様子から察するに、それは取り越し苦労だったようだ。


 持田はえへへっと軽く微笑み、さらに口を開く。


「ラブでもヘイトでもないから、大丈夫だよ」


 ん? んーいや、いいのか、おーけー。とりあえず、良かった。

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