第29話 深刻〈シンコク〉
あの時と同じ目だ。三年前、夕暮れ時の教室で
あの日から自分に期待するのはやめた。力もない。勇気もない。そんな俺にできるのは逃げることのみ。逃げて逃げて逃げて、行きつく先が地獄であればさらに逃げて、天国を探す。それが俺のやり方だ。
波打つ鼓動が早まっているのは自分でも感じた。ほわっと上がった体温を分散させるように、目の前のパフェを一気に三口かき込む。
『っや、ちょっとくすぐったいかも……ひゃ!』
持田の甲高い声音は俺の右手の神経を麻痺させた。思わず手放したロングマドラースプーンがグラスの中でカラン、カランッと音を立てて暴れている。
「ん? どうしたんだ、松前くん?」
「い、いえ、何でも」
まずいな、意識しないようにしても体は反射的に反応する。この会話に集中が必要というわけではないけれど、持田の発言によって気が散ってしまうのは事実だ。聞こえてくるのはしょうがないとして、とにかく冷静を装わなければならない。……とは言ってもなぁ、無意識を意識している時点でちょっとアレなんだが。恋する乙女的な何かなの、これ?
「まぁ、毎日のように姉から散々なことを言われてるので、罵りの言葉には慣れてますよ」
「ほ、ほぉ~、なるほど。お姉さんか。それは納得だ」
そう言って
「少し閑話に入ろうか。弟から見た感想でいいんだけど……お姉さん、可愛い?」
「いや、真顔で何言ってるんですか。閑話に入ろうか、じゃないですよ」
驚きのあまり、静かにまくし立ててしまった。
俺の言葉にたじろぐこともなく、瀬奈さんはふっと軽く噴き出す。
「悪い悪い、冗談だよ。妹の同級生に嫌われたくはないからな」
「すみません、既にちょっとアレです」
「あ、あれ? 曖昧な言葉で隠している
何のためらいもなく口から出た言葉は本心以外の何物でもなかった。
俺はこの人が苦手だ。
高身長イケメンで社交的。その部分に限っていえば、はいはいリア充乙、はいはいパリピ乙と、特段興味を持たずに受け流せる。だから俺が
「何考えてるかよく分からないその目。奥が深そうな感じでちょっと怖いっすよ」
「奥が深そう? 人間、みんなそんなもんだって。誰もが自分をよく見せようとして、本当の姿を心の奥に押し込む」
だろ? と小さく呟いた
ニッコリ笑顔の形になっているのは頬から下の部分だけで、目元は一切変化することなく平然としていた。
「まぁ、たしかに。ただ、少なくとも俺には当てはまらないですね。嫌な状況になれば
瀬奈さんはふっと息を漏らし、顔を
「松前くんは最低だな。友達になりたくないタイプだ」
『やっぱり、友達のほうがしっくりくるなぁ』
……今日の持田はやけにシンクロ率が高いな。なんなの? 初号機? と、思ったけれどさすがに400%は大袈裟か。
持田の声はさておき、俺は
「ええ、誰もがそう思うみたいですよ。おかげさまで友達はゼロですから。ただ単に記憶を失ってるだけかもしれないですけど」
「記憶喪失であってほしいと、ほんの少し思ってしまったよ」
友達。そういった関係を築くことに対して、軽蔑や反感の意を持っているわけではない。むしろ、ワイワイガヤガヤと騒ぎ立てる姿は、学生として正しい振舞いなのだとさえ思う。
あらゆる場面で乱用される常套句『みんなちがってみんないい』はまさに真意を捉えているだろう。語尾に思わず平仮名でさくや、と付けたしたくなる。
この世にはリア充もいれば孤独人間もいるのだ。
面倒ごとを避けるために無闇な馴れ合いを好まない、そういう人間に対して『可哀想』みたいな視線を送るのは価値観の押し付けでしかなく、侮辱以外の何物でもないだろう。
俺は極上の冷たさを眼球に込めて、瀬奈さんを睨んだ。
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