第28話 質疑〈シツギ〉

「いや、ナンパする相手間違ってますよ。俺、男ですし」


「流石に俺でも男をナンパする度胸はねぇよ? とにかく、俺も九十九里浜が好きだから話したいんだって。怜奈れなに近づく物好きがどんな奴なのか知りたい気持ちもあるし」


 相変わらず屈託のない笑みを浮かべている上浮穴かみうけな(兄)。そんな彼の言葉を聞いて、俺の眉根がピクリと動いた。物好き? 不快な響きが耳の奥で消えずに残る。笑顔の裏に黒い感情が潜んでいるような、そんな風に捉えてしまうのはなぜだろうか。あまり意味を持たない些細な言葉に対しても何かしらの意味を見出そうとするのは俺の悪い癖かもしれないと、ふと思った。


 一度引っかかってしまった言葉には興味が湧いてしまう。それは人間のさがなのだろう。探求心というものが俺の中にも宿っているのであれば、あえてそれにあらがう必要はない。


「はぁ……まぁ、予定はないし構いませんけど」


「よっしゃあ、決まりだ!」


 口元から覗かせる白い歯が、いやに眩しく輝いていた。



    *     *     *



 男二人が向かいあって座り、コーヒー片手に談笑する。そんな光景を優雅なティータイムなんて表現してしまえば、世のマダム達が黙っていないだろう。


 書店を出た俺と上浮穴かみうけな瀬奈せなさん――歩いている最中に名前を教えてもらったのだけれど、女性なのかと勘違いしてしまうほどに可愛らしい名前だからお兄さん自身はあまり好きじゃないらしい――は古民家風な洒落たカフェまでやって来た。路地裏にひっそりとたたずんでいながら、神秘的な雰囲気は尋常じゃなく伝わってくる。なんか雰囲気さげだし入ってみようよ、みたいな思考に至らしめるだけの風貌をしていた。


 内装はほぼ全てが木製であり、ニスを塗られたこげ茶色の床は電球色の照明に照らされて綺麗に光っている。


 男女のカップルや若い女性で賑わっている店内において、俺たちの存在はかなり浮いているように思えた。なんならイケメン俳優さながらの風貌をした人間が目の前にいるせいで、俺の存在だけが五割増しで浮いているまである。


「いやぁ、松前くんって結構遠慮しないんだな。それを頼むとは思わなかった」


 瀬奈せなさんは軽く微笑みを浮かべながら、俺の手元にあるチョコレートバフェを見つめていた。表情は特に引きっている様子もなく、発せられた言葉から嫌味は感じられない。


 アイスクリームや生クリームといった激甘な商品で構成されたタワーは、見ているだけでも日々の疲れを吹っ飛ばしてくれる。『最高だぁ!』と叫びたくもなってしまう。……何目線で評価してるんだろうな、俺。


「ああ、もちろん自分の分は自分で支払うので、気にしないでください」


「いや、出さなくていいって。その分、面白い話を聞かせてくれよ」


 瀬奈せなさんの口から発せられた無茶ぶりはあまりにも重すぎて受け止めきれないのでさらっと捨てて、俺はスプーンを手に取った。


 チョコアイスをすくって口へ運ぶ。その瞬間、かき氷を彷彿とさせるように頭の中でキーンッと持田の声が響いた。


『あ、鎖骨……ちょっといいかも』


 っは!? な、なんだ!? 


 口に含んだアイスを思わず吹き出しそうになったけれど、なんとか抑え込めた。持田は一体、どこで何をしているのだろう……。このままテレパシーが続くと危険な感じがするぞ、大丈夫かな。


怜奈れなってたしか理数科だったよな。松前くんも理数科なの?」


「へ?」


 おっと、まずい。持田の言葉に気を取られていたせいで頓狂とんきょうな声が出てしまった。不審がられないようにすぐさま口を開く。


「や、俺は普通科ですよ。ほんとノーマル過ぎて、超高校生級の普通科生徒なんで」


 ホットコーヒーをすすっと一口飲んだ瀬奈せなさんは、へぇーっと興味なさそうに返事をして俺の顔をじっくりと見ている。口元は自然な笑顔という感じで少し吊り上がっているけれど、澄んだ瞳からは異様な圧力を感じた。まるで『怒らないから正直に話してみなさい』とか言っちゃう矛盾系教師のような顔をしている。


「ってことはそんなに接点ないよな。どうやって同級生から知り合いまでグレードアップさせたんだ?」


「いや、妹さんも言ってましたけど、同級生のまま変化してないですしこれから変化することもないですよ。というか、同級生も知り合いも同レベルな気が……」


 俺の返答に対してピクリとも反応せず、瀬奈せなさんの眼球は俺の顔面を捉えたまま動かない。俺の心の中をルーペで観察するような、探り探りの視線が続く。


「知り合い未満の同級生なら学校外で会話することもないだろ」


 瀬奈せなさんは、怜奈れななら尚更、と曇った声で呟いた。空中に飛来したその言葉はまさに雲を形成するかのように水分を含んでいて、俺の脳内をねっとりと濡らす。


 俺と上浮穴かみうけなの関係。それについてやけに気味の悪い聞き方をしてくるな、この人。堂々と言ってしまったほうがいいのかもしれない。


「モスドナルドで妹さんがバイトしてたときに偶然出くわして話しただけですよ。彼女、常柑高校の有名人ですからね。『同じ高校なんっすよー』って声をかけてから、ある問題の情報を聞いた、ただそれだけです。まぁ、その時も物凄い勢いで罵倒されましたし、なんならあの日から今日まで、会話するたびに罵倒されてますけど」


 俺の言葉を聞いた瀬奈せなさんは、ふっと吐息を漏らし柔らかな微笑みを浮かべた。先ほどまでの冷然とした表情は見る影もない。


「君はあいつの罵りに屈しないんだな」

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