第27話 厄介〈ヤッカイ〉

「松前くん。あなた、私がバイトをしている時間に狙って姿を現しているようだけれど、なに? バイトコスチュームに萌えちゃう系男子? 今すぐに燃えてくれないかしら」


「お、おう、すげぇ暴言だな。先々さきざきに偶然お前がいるんだよ、勘違いすんじゃねぇ」


『ストーカーはダメだぞぉ』


 持田の無邪気な声音が脳内に響いてくる。妙に持田の言葉が俺たちの会話とシンクロしてんなぁ。俺に対して言ってるんじゃないよね? 猫に対する忠告なんだよね?


 というか、会話の最中に持田の声が聞こえてくると収集がつかなくなるんだよなぁ。持田に対して思ったことが口から漏れ出るとおかしなことになりそうだから、細心の注意を払う必要がある。


 ちらっと上浮穴かみうけなのほうを見遣ると、緻密に作られたロボットさながらに、黙々と作業を続けていた。バイト中に邪魔をすることに対して多少申し訳なさが湧いてきて、俺は立ち去ろうとする。


 そのとき、背後から爽やかな男性ボイスが投げかけられた。


「おぉ、怜奈れないるじゃん!」


 振り向くと、好青年といった感じの大学生風な男が笑顔でこちらに近づいてきていた。ワックスで綺麗に整えられた黒髪はまさにエンジョイ系大学生という印象を受ける。キリッとした目や小さな鼻と唇からはタレントなのかと疑ってしまうほどに整っていて、耳になまめかしく光る銀色のピアスがチャラさに拍車をかけていた。


 俺の目の前で足を止めたチャラ男はなぜか一瞬怪訝な表情を浮かべ、すぐに顔面の筋肉を緩めて口を開く。


「ん? 怜奈れなの友達?」


 ちらっと上浮穴かみうけなのほうに視線を向けると、こめかみのあたりを右手で押さえながら、はぁっと大きくため息をついていた。


「ただの同級生よ。この人には冗談のつもりで言ったけれど、あなたは正真正銘、私のバイト中を狙ってやって来たふしが見えるわね。今すぐお帰りいただけないかしら」


「ちょちょちょ、そんな怒るなって。……君も同じようなこと言われたんだ?」


 チャラ男は俺のほうに顔を向けて、白い歯を覗かせながら微笑んでいる。なに、この人……『君も同類だ?』みたいな顔がものすごく鬱陶うっとうしい。


「えぇ、ついでに焼身自殺もお願いされましたけど」


 俺の言葉を聞いたチャラ男は、目を細めて引き気味な表情を浮かべた。


「相変わらず暴言のオンパレードだな……怜奈れな、友達にはもっと丁重に接しろよ」


「だから、友達ではなくてただの同級生……」


 上浮穴かみうけなの眉間には皺が寄っていて、かなり困り果てているような様子が見て取れた。


 上浮穴かみうけなに対して、容姿端麗かつ冷淡で近寄りがたい優等生という印象を持っていたけれど、今この瞬間は少し違う。他人に振り回される上浮穴かみうけなの姿が、堂々とした強い女性とは対極的に見えた。


「お兄ちゃん、とにかく邪魔だから消えてくれないかしら?」


「お兄ちゃん!?」


 上浮穴かみうけなの口から可愛らしい言葉が発せられて思わず声をあらげてしまう。


 妙に親し気な口ぶりだと思っていたけれど、お兄さんだったのか。言われてみれば口元とか鼻の形は似ているかもしれない。けれど、醸し出す雰囲気があまりにも違っていて、素直に驚いた。


上浮穴かみうけなさんのお兄さんかぁ、会ってみたいなぁ』


 持田はこの男を見て何を思うのだろうか。目立たない女の子ほど遊び人が好きみたいなことをいつぞやのテレビ番組で見た気がするけれど、その信ぴょう性は皆無だ。


『あ、帰ったら暴走天使ニシジマくん、読もっと』


「どうも、こいつの兄でーす」


 持田の危険な香りがするワードと上浮穴かみうけな(兄)かっこあにの適当な自己紹介が重なった。どちらの声も軽めのトーンだったからだろうか、相乗効果をなしていて、得られたどちらの情報もどうでもよさが増している。


「ども」


 俺は一言だけ呟き、軽く会釈をした。これ以上関わると面倒なことになりそうだな。この辺で消えるとするか。


「じゃあな」


 上浮穴に向かって軽く右手を上げ、きびすを返した。一方的に会話を断ち切り、お目当ての商品を目指して足早に立ち去る。


 写真集コーナーの一角に設けられた専用スペースには、同じ種類の写真集がずらっと平置き状態で並んでいた。表紙には人気メンバーの顔が大きく写っている。


「へぇ、九十九里浜、好きなんだ」


 表紙をじっくりと眺めながら高揚感に浸っていると、後ろから声をかけられた。聞き覚えのある声だなと思いながらも、反射的に振り向く。


 俺の視界に飛び込んできたのは上浮穴かみうけな(兄)かっこあにの顔だった。目を大きく見開いて写真集の表紙へと視線を向けている。


 ……なんでついてきてるんだよ、この人。なに? 磁性体? そうなると、俺も磁石ということになっちゃうんだけど。だとすると、俺はノーマルだからN極だな。上浮穴かみうけな(兄)は妹がSっ気全開だからその流れでS極だ。


 とりあえず気づいていない振りをしてやり過ごそうとしたけれど、上浮穴かみうけな(兄)は容赦なく声をかけてくる。


「いやー、あいつには参っちゃうよなぁ。あ、俺さ、まだ一時間ぐらい暇だから、ちょっとカフェで話さない? お兄さんがおごってあげるぜぇ!」


 うわー、近年まれにみるウザさだ。百年に一度の人材だよ、マジで。野球選手なの? それとも、ボジョレーヌーヴォー?

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