第24話 稀代〈キタイ〉
元気よくばさっばさっと横に揺れる金髪と、ゆっくりと振り子のように揺れる茶色がかった黒髪をぼーっと眺めながら、たまプラーザ
たまプラーザ
「じゃ、俺はここで」
「あ、さくやんお疲れー。付き合ってくれてありがとね、楽しかったよ!」
東雲は満面の笑みを浮かべながら右手を軽く挙げている。東雲の後ろを通り過ぎたサラリーマンが
「お、おう。持田も、またな」
「あ、待って、松前くん」
持田は笑顔を一切浮かべず、真剣な面持ちで言った。東雲のほうに顔を向け、さらに言葉を続ける。
「東雲さん、ごめんね。まだ松前くんに用があるから今日はここで」
「え?」
東雲の甲高い声が周囲に響いた。持田の平然とした表情を見て、東雲は一瞬首を
「そうなんだ、りょーかい! じゃあ、また月曜日に学校でー。ばいばーい!」
東雲は右手を振りながら
東雲なら『二人っきりで用事?
「聞きたいことが一つあるんだけど、時間大丈夫?」
金髪が改札を通り抜けるのを眺めていると、横から持田の声が響いてくる。右に向き直ると、持田は上目遣いで俺の顔をまじまじと見つめていた。体の両サイドで軽く握られた拳は心なしか
「ああ、問題ないけど。どうしたんだ?」
俺の問いかけに対して持田は口を
俺と持田の間で妙な沈黙が流れる。
不自然な静寂が俺の身体を緊張させ、心臓がきゅっと締め付けられる感覚に襲われた。
持田の
「松前くん……電車にひかれたの?」
心なしか震えている持田の声は、俺の心臓を握りつぶすのに十分な力を持っていた。
「え」
上手く言葉が出てこない。核心をつく持田の問いが巨大な壁となって俺の
「モッスでさ、松前くんがお
「ああ、テレパシーか……」
たった一つの怪奇現象を思い浮かべるだけで、なぜ事故のことが持田にバレてしまったのかという疑問は晴れた。
「すまん、事故のことは自分から話すようなことじゃないと思ってた」
「うん、大丈夫、松前くんが気に病むことじゃないよ。それより、体……なんともないんだよね?」
持田は眉根を下げ、真剣なまなざしで見つめてくる。大きく開いた瞳孔が俺の言葉にも
「ああ、無傷だ。正確に言うと、電車と衝突する直前に家の玄関前へテレポートしたからな」
「そっか……傷一つないのはびっくりだけど、とにかく無事でよかった」
静かに、けれど温かみのある声音が目の前に吐き出される。持田のこわばった表情がほんのわずかに緩んだような気がした。
持田は一呼吸置いて、さらに言葉を続ける。
「その事故がテレパシーの引き金になったのは間違いなさそうだよね……テレポートにテレパシーって、松前くん、超能力者?」
「だと良いけどな。透視とか使いたいし」
俺が軽く冗談を言うと、持田はえへへっとほんの微かに笑みを浮かべて、変態さんだぁ、と呟いた。
「ということは、わたしと松前くんが同じ時刻に駅のホームにいて、松前くんが電車にはねられそうになっているところをわたしは目撃したのかな……そんな記憶はどこにもないけど」
かなり重要な事実を記憶していないかったからだろうか、持田の声は普段よりも若干低く、心なしかしょんぼりとした様子が
持田の言葉を頭の中で
持田が知った事実は、俺が電車にはねられかけたということだけなのかもしれない。俺がホームから転落したのは持田を助けたからであって、そのことに持田が気づいていないのであれば、こちらからその事実に触れる必要はないだろう。
『嘘をついてはいけない』という言葉は、それ自体が嘘で塗り固められている。この言葉の本当の意味は『ついていい嘘とついてはいけない嘘がある』ではないだろうか。
これはついてもいい嘘だ、と自己暗示をかけながら口を開いた。
「俺もあんまり覚えてないけど、現象が発動したのは衝突の瞬間に俺と持田の目が合ったからとかそんな感じなのかもな……どう転んだとしても俺が原因だと思うし、面倒なことに巻き込んで申し訳ない」
「ねぇ、松前くん」
話の流れをぶった切るように、持田は俺の名前を呼んだ。
「ん?」
「わたしはさ、松前くんの言葉に対して特に面倒だとは思わないしさらっと受け流すだけだよ? だけど……わたしの言葉が松前くんを嫌な気分にさせることは数えきれないぐらいあるかもだからさ、その……そのときはごめんね」
持田の声は少しだけ震えている。それでもなんとか言葉を繋げようとしている姿からは、本心を伝えようとしているのが見て取れた。
「いや、まぁ……持田が気にすることではないだろ」
俺の言葉を聞いた持田は垂れた髪を右耳にかけながら、えへへっと微笑んでいる。
「真面目なこと言っちゃったからちょっと恥ずかしいかも。そろそろ帰るね」
「あぁ、気をつけてな」
持田はうん、と呟き、改札のほうへ体を向けた。一歩踏み出したところで再び俺のほうへ向き直り、右の拳を突き出してくる。その色白な拳は俺の左胸あたりにコンッとぶつかった。左胸のポケットに入っている東雲から受け取った百円玉が、チャリンッと音を立てる。
持田の頬は心なしか赤っぽく染まっていた。口角をあげて自然な微笑みを浮かべている。
「バイバイ」
「お、おう」
一言だけ言い残し、持田は再び踵を返す。そのうしろ姿を眺めていると、左胸あたりに灯った二つの温もりが春の肌寒さを多少和らげてくれた。
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