第17話 排斥〈ハイセキ〉

 室内は時が止まっているかのような静寂に包まれていた。見たところ全員、前方の金髪女子高生に目を奪われているようだ。俺の存在に気づく人間はいない。


 よぅし、今のところ俺と東雲は無関係ということになっているだろう。オーケーだ。


 物音を立てないように自分の席に座り、東雲の様子をぼーっとうかがう。


「初めましてー! 今日からこの高校に通うことになりました、東雲芽々埜めめのです! よろしくおねがいしまーす!」


 はきはきとした高音が教室の壁を二、三回反射した。


 サプライズにしては度が過ぎているような状況に、誰もが度肝を抜かれているようだ。


 全員、閉口した。状況を把握できていないのだろう。金髪女子高生がSHRショートホームルーム前に突然教室へやってきたのだから、無理もない。


 徐々に教室内がざわつき始め、静寂を崩していく。まるで、砂の山が風に吹かれて徐々に形を消していくかのようだ。


「転校生? まじかよ、スーパー可愛いじゃん……」


「髪の色、すごくね? 外国人?」


「おいおいおい、超当たりクラスじゃねぇか」


 男子高校生1(名前が分からない)と男子高校生2(誰ですか?)と男子高校生3(メガネ)のひそひそ声が俺の耳を突き刺した。


 ざわめきは次第に肥大化ひだいかし、東雲しののめの周りを数人の女子が取り囲む。


「東雲さん、一年間よろしくね! ねえねえ、どこから来たの?」


「うっはー可愛いー! 肌すべすべで色白で、すごすぎ!」


「髪色すっごい綺麗だよね、染めてるの?」


 教室前方がお祭り騒ぎになっている。東雲は周りの女子たちに埋もれていて、姿が全く見えない。


 室内をぐるっと見回すと、見慣れた顔が視界に入った。


 あ、持田だ。


 教室に入ってから全く気にしていなかったけれど、そういえば同じクラスなんだよなぁ。気を抜いていたら、クラスメイトだということを本当に忘れてしまいそうになる。


 持田は友達と楽しそうに会話を交わしながら東雲の様子をうかがっているようだ。


 教室に辿り着くまでに交わしたテレパシーは気分の良いものではなかったかもしれない。持田は気に病んでいないだろうか。そんなことを考えていると、持田の視線が俺の視線とぶつかった。


 持田はほんのわずかにほほ笑みを浮かべ、腰のあたりで右手を軽く振る。そのしぐさからは自分を全く主張しない、おしとやかな雰囲気が感じ取れた。



    *     *     *



 事件は現場で起きている! のではなく、いつも職員室で起きるんですね。


 放課後の職員室、黒髪ロングの女教師……物凄い既視感に襲われた。


 俺の目の前には斎院さや先生がぽかーんっとした表情で座っている。


「部活って……お前たち、正気しょうきか?」


 俺の言葉を代弁してくれたかのように、斎院先生が言った。


 いやー、本当に先生は分かっていらしゃる。頭のねじを何個かロンドンに落としてきちゃってますよね、この金髪美少女。


「えー!? 正気も正気、大真面目だよ!」


「東雲。お前はもう、わたしに敬語を使わない、そう決めたんだな?」


「うん、堅苦しいじゃん。距離感は近くした方が楽しいと思うし」


 東雲の表情からは全く悪びれる様子が感じられない。その清々すがすがしい態度からは、真に高校生活を楽しもうとしているように思えた。


 そんな東雲の様子とは対照的に、斎院先生は頭を抱えて軽くため息をく。


「教師と至近距離になってどうするんだ……。社会に出てから後悔してしまうぞ?」


 斎院先生の言葉によって、東雲の表情が曇った。東雲は少しうつむき、口を開く。


「わたしにそんな未来はないから心配いらないよ」


 ボソッと呟いたその一言には覇気が全く感じられず、弱弱しさが声量に反映されていた。持田と斎院先生には聞こえたのだろうか、かなり小さな声だ。けれど、俺の耳にはしっかりと一言一句届いてきて、脳内にインプットされた。


 昨日も感じたけれど、東雲には何か抱えていることがあるのだろうか。外見をいくら凝視しても、重々しい『何か』を垣間かいまることはできない。だからといってこちらから詮索するのは骨頂こっちょうだろう。


「先生。割と真面目に部活を作りたいんですけど、厳しいですか?」


 この話題から東雲の存在を遠ざけようと思った結果、心にもないことを口走ってしまった。


 本心は、『割と真面目に部活を作りたい』ではなく『割とマジで部活を作りたくない』なんだよなぁ。昨日の持田の言葉にしぶしぶ承知したけれど。


「松前がやる気になっているというのは珍しいな。だが、こんな紙切れじゃどうしようもないし、条件も満たしていない箇所がある」


 そう言って、斎院先生は雑に破かれたルーズリーフを俺たちに見えるようにかかげた。


「部活創設時には最低でも4人必要だ」


 左手で紙の上のほうを持ち、右手の人差し指で真ん中あたりを指差している。この人、指先綺麗だなぁ、とかどうでもいい『さやさや情報』を知りつつ先生の指差す先を見ると、丸みを帯びた可愛らしい文字が刻まれていた。


 ぶちょー、東雲芽々埜めめの……メンバー、持田はるか……その他、まさきさくや。


 んー、いろいろとおかしな点は見受けられるけど、『部長』って平仮名にすると『ぶっちょ』に似てるんだな……さやさや情報の数倍どうでもいいまである。

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