第14話 夕桜〈ユウザクラ〉

「まぁまぁ、二人とも落ち着いてよ。いいと思うよ、部活。わたしはこの三人で作ってみたいかも。こうして集まってるのも何かの縁だと思うし」


 持田もちだはわずかにほほ笑みを浮かべている。ねっ? と問いかけるように俺と東雲しののめを交互に見遣みやった。


 相変わらず冷静で、柔らかくて、穏やかな表情をしている。持田の口から飛び出した言葉は俺の全身を包み込み、持田もちだの体に吸い込まれてしまいそうだ。持田もちだには相手を自分のペースに引きずり込む独特な魅力があるのかもしれない。そういう雰囲気が『持田もちだらしさ』として居心地の良さを与えているような、そんな気がした。


 けれど、このまま持田もちだに呑み込まれるわけにもいかない。俺は持田もちだの強力な吸引力になんとかあらがい、問題点に立ち戻る。


 部活……だと? 面倒ごとには関わらない、これは絶対に譲れないポリシーみたいなものだ。『部活』というイベント発生マシンは、俺に対してなにか恩恵をもたらすのだろうか。いや、ありえない。このやかましい女生徒と冷静沈着な女生徒がキャストなのであれば、オイシー展開なんてものは期待できないだろう。そもそも望んでもいないし実現もされない。


 どうしても回避したいという気持ちが、言葉として漏れ出てしまった。


「いや、でも俺は……」


「はーっるるーっん!」


 出かかっていた俺の言葉は、東雲しののめの大声によって押し込められる。


 東雲しののめ持田もちだの背後から思いっきり飛びついて、胸元に両手をまわしていた。なかば引きずられながら歩いている様子はまるで背後霊のようだ。


 かすかに困惑気味な持田もちだが、俺のほうへ顔を近づけてくる。


 ふわりふわりと揺れる髪がパーソナルスペースに侵入してきて、猫じゃらしのようにくすぐったい。


 甘い香りに混じった静かなささやきが、右耳を刺激する。


「そ、その……部活だったら一緒にいてもおかしくないと思うけど……どうかな?」


 夕日に照らされた持田もちだの頬は、ほんのりと紅潮こうちょうしていた。


 持田もちだ持田もちだなりに思索しさくを深めているようだ。


 このテレパシー現象によって俺と持田もちだの距離感は必然的に近くなってしまう。その様子を見た周囲の人間は、俺たちの関係について誤解してしまうかもしれない。


 誤解がさらなる誤解を生み、偽りの真実が独り歩きする――そんな状況を想像すると倦怠感けんたいかんが全身にのしかかってきた。


 持田もちだの顔をちらっと横目で確認し、すぐに視線を前方に戻す。


「まぁ、近くにすぎて変な噂が立つっていう事態は避けたいしな。その……面倒な活動内容じゃなかったら大丈夫だ」


 持田もちだささやきと同じくらいのボリュームで俺は呟いた。東雲しののめは相変わらず持田もちだの背中に顔をうずめている。俺たちの会話が聞こえているということもなさそうだ。


「そっか……よかった」


 そう言って、持田もちだは俺の顔から離れて背後に視線を向けた。


東雲しののめさん、部活ってどういうことをするの?」


 持田もちだの声に反応した東雲しののめは顔を上げ、目を見開いてとぼけた表情をしている。


「え? えっとー……それはまだ……」


「あ、決めてないんだ?」


 おお、決めてねえのかよ。


 心の中で叫んだ俺の言葉は、持田もちだの声と重なった。


 東雲しののめは目を泳がせて笑顔を引きつらせている。もしかしてこの子……


「バカなの?」


 俺の言葉を聞いた東雲しののめは眉間にしわを寄せ、目つきを鋭くした。


「なっ! バカじゃないもん、物知ものしりだもん!」


 いや、なんだよその切り返し。


 何でも知ってるお姉さんには見えないんだが? 全く強キャラに見えないんだが?


 持田もちだ閉口へいこうし、俺も絶句ぜっくした。その静寂に耐えかねたのか、東雲しののめが視線を前のほうに向けて口を開く。


「ま、まぁそれは追々考えるとして……あ! 校門見えてきたよ!」


 うまく話をらしたように装っているけれど、かなり前から校門は視界に入ってたんだよなぁ。東雲しののめ持田もちだの背中に顔をうずめていたから知らないだろうけど。


 校門の両側には盛大せいだいに桜がほこっている。夕焼け空を背景にしたピンク色の集合体は、日中にっちゅうよりも一層、存在感を主張していた。


 ぼんやりと春の趣を感じていると、ふと頭の中に疑問が浮かぶ。


東雲しののめ、通学ってどうするんだ? 使用人みたいな人が黒塗りの車で送り迎えしてくれるのか?」


「ううん、普通に電車で通学だよ」


 意外な回答が飛んできて、一瞬戸惑とまどった。そこは庶民派なのか。


 俺の様子をみ取ったかのように、東雲しののめは言葉を続ける。


「……これから一年間、普通の高校生として楽しみたいしね」


 今日一日で植え付けられた東雲しののめ天真爛漫てんしんらんまんなイメージが、この一言ひとこと瓦解がかいした。

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