第13話 煌々〈コウコウ〉

 口角を少し上げた持田もちだが直立不動で立っている。顔の横に垂れ下がった髪を右手で耳にかけた。


東雲しののめさん、今日はこの辺で切り上げよっか」


「まーそうだね! 疲れてきちゃったし」


 東雲しののめはそう言って勢いよく立ち上がり、俺のほうに視線を送る。にっこりとした表情からは、疲れた様子など感じられない。


「いやー残念だったね、さくやん。あんなに美しいぺちゃぱいを見逃すなんて」


「は!?」


 ぺちゃぱい!? どうやら思い違いをしていたようだ。大きい方ではなく小さい方か……。ロリを崇拝している身としては、むしろ小さいほうが拝む対象になるんだよなぁ。


「ダメだよ、東雲しののめさん。松前まさきくんはロリロリロリコンさんで変態さんなんだから、簡単にスイッチが入っちゃうよ?」


「うっわー、さすがにきもいなぁ」


 持田もちだの言葉を聞いた東雲しののめは、目を細めて気持ち悪がっている。小さく開いた口からは今にも『死ねばいいのに』という言葉が吐き出されてしまいそうだ。


持田もちだ。昨日も言ったけど、俺は変態じゃない。ノーマルだ」


「あーはいはい、ノーマルノーマル」


 持田もちだは完成度の高い棒読みを雑に扱うかのように俺のほうへ放り投げてきた。


 言葉を終えるとすぐにくるっときびすを返し、顔だけこちらに向ける。


「今日は帰ろー。日も沈んできたし」


 持田もちだの言葉を皮切かわきりに、俺たちは歩き始めた。


 体育館から裏庭へ出て、綺麗に整備された石畳いしだたみの上を歩いていく。開放的な空間にはヤシの木のような植物が植えられていて、この場全体が憩いの場所として機能していた。相変わらず心を穏やかにさせてくれるような、校内のオアシスみた場所だ。


 木目調のベンチが数か所に設置されていて、複数の女子集団が会話に興じている。夕日に照らせれた彼女らの姿は明るくて、まぶしくて、それでいてかがやかしかった。


 その光景が瞳の奥の網膜もうまくに焼きつけられて、いつものように思考が巡る。


 彼女らが放っているきらめきは、借り物であり偽物でしかないだろう。


 楽しそうな笑い声も愉快なじゃれ合いもそれらすべての言動が、見えない誰かへの見せつけに思えてならない。わたしたちの生活は充実している、高校生活はこうあるべきだ、と主張しているように感じてしまう。


 そんな考えが頭をよぎる度に嫌気がさし、自分で自分を殺したくなる。


「ねぇねぇ、二人って部活は何してるの?」


 俺の自己嫌悪を遮るように、東雲しののめが口を開いた。持田もちだ東雲しののめのほうへと顔を向ける。


「わたしは何もしてないよー」


 辺り一面に冷静な声音が響いた。


「俺も帰宅部だ」


 俺の言葉を聞いた東雲しののめは、首をわずかにかしげて不思議がるような表情を浮かべていた。


「キタク部? ってなに?」


「帰宅部っていうのは、6限目のチャイムが鳴ったあとはどんなことに時間を使っても構わないという自由度の高い部活だ。帰宅するもよし、寄り道するもよし。なんでもありだ。部員数は校内一なんだぞ」


「要するに、どの部活にも所属してないってことだよ、東雲しののめさん?」


 持田もちだは一言でまとめ上げて、東雲しののめに問いかけた。


「なるほどー! はるるん、分かりやすい! さくやん、分かりずらーい」


 くそっ、東雲しののめには理解しずらかったか……帰宅部の高尚さに対する熱い思いがあだとなってしまったようだ。


 東雲しののめはジト目でこちらを見ていたけれど、すぐさま普通の状態に戻し、口を開いた


「それじゃあさ。わたしたちで新しく部活、作らない?」


 夕日の光が金髪に反射して、きらびやかに輝きを放っている。


 いいこと言ったなぁ、とでも思っているのだろうか。満面の笑みを浮かべて、俺と持田もちだの反応を待っているようだ。


 残念ながら東雲しののめの期待にはうことができない。提案自体に魅力を感じないしメリットもないだろう。


「あー、いいんじゃねえの? 女子だけの部活って楽しそうだしな。勧誘して部員を増やせばそれなりに盛り上がるだろ」


 『女子だけ』の部分を少し強調して言った。東雲の提案そのものは肯定しつつ、自分の存在だけを否定する。これこそ誰も傷つかない世界だ。……なんか中二病くさいなぁ。やだっ、再発してる? そもそも完治したっけ?


 俺の言葉を聞いた東雲しののめは、むうっと頬を膨らまして不貞腐ふてくれているようだ。


「もう! さくやんも一緒に作るんだよ! なーんでそんなに協調性がないのかねぇ」


「はぁ? 協調性がないとか、お前がいっちゃう?」


 この瞬間にも勝手に事を進めようとしているあなたの態度はどう説明するんですかねぇ。協調性のかけらも感じない。どころか、ちりほども感じないんだが。

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