第12話 部活〈ブカツ〉

 二人の会話を聞いて、記憶の片隅にかかっていたもやがぱぁっと晴れる。


 どこかで聞いたことがあると思っていた『東雲しののめ』という言葉。これは昨日の登校中に持田もちだが伝えてきた言葉の一部分だ。


 気にもかけていなかった名前が転校生の登場によって身近なものとなり、俺は不思議な感覚に襲われた。



    *     *     *



 常柑じょうかん高校の校舎は真上から見るとおうの字の形をしている。普通棟と特別棟が南北に連なり、東西に伸びる管理棟がそれらを繋ぐような構造だ。


 管理棟と普通棟をざっと案内し、特別棟へ足を踏み入れた俺たちは相変わらずすれ違う人々の視線を集めていた。


 学校の廊下は常にランウェイ状態と成り果てている。すべての原因はこの金髪にあるだろう。


東雲しののめ。その髪って染めてんのか?」


「え? そ、染めてないよー、地毛だもん」


 突飛な質問に驚いたのだろうか。東雲は目を見開いて、自分の髪を筆のような形に束ねている。地毛で金色ってどういうことやねん、みたいなエセ関西弁を心の中で唱えていると、金色の筆が俺のほうに向かってきた。


「おりゃおりゃおりゃー!」


 俺の顔面にばさっばさっと金髪が当たってくる。一定のリズムで滑らかな感触が頬を伝い、柑橘系の香りを閉じ込めたシャボン玉がそのたびに破裂するかのようだ。


 な、なに、こいつ。この馴れ馴れしい行動……ブリティッシュなのにアメリカンスタイルとか、紛らわしすぎるだろ。ハリウッド級にくすぐったいし、髪が目を突き刺すせいで全俺が泣いてるんだが。


 東雲しののめの悪ふざけは一向にむ気配がない。若干ぼやけている視界の中で東雲しののめの額の位置をとらえた俺は、右手の中指と親指に力を込めた。


 コンっと甲高い音が響き、金色の髪は俺の目の前で力なく垂れさがっていく。


「いったぁぁ!」


 東雲はうーっとうめき声を上げながら額を押さえている。


 ふははっ。我が姉貴から受け継いだ松前まさき家の宝刀、デコ・ピンの威力は健在だな。


 変わった形をした柑橘類のデコ・ポンとそれを抱えているクマ・モンが頭をちらついたけれど、すぐに正気へと戻った。


 少しやりすぎたかもしれない。


「や、そのー、悪い。ちょっと度が過ぎたな」


 俯きがちで額を抑えていた東雲しののめはゆっくりと顔を上げ、俺を見た。


 なぜかニヤリと笑みを浮かべている。


「……なぁーんてね! 全く痛くもかゆくもないよぉー!」


 してやったりというような表情で見つめてくる。まるで小学生のようだ。やれやれ、まったく……こんな小学生は最低だぜっ。



    *     *     *



 『部活動』という言葉には様々な色が含まれる。


 青春の青色、情熱の赤色、泥臭さの茶色、友好関係の緑色。それらが混ざり合ってそれぞれの部に特色が現れる。綺麗な虹色をしている部もあれば、どうしようもないほどに黒々としている部もあり、十人十色じゅうにんといろというか十部十色じゅうぶといろだ。


 そんな色の違いというのは、部外者であっても意外と見分けがついたりする。輝かしい功績を上げているのか、メンバー間で温度差はないのか、顧問に対する印象がある程度プラスなのか、そういった雰囲気は部外者だからこそ客観視できるのかもしれない。


 ガラス越しに見えるバドミントン部は男子、女子ともに鮮やかな虹色をしていた。


「バドミントン部はどうだ?」


「んー、しっくりこないっぽい」


 東雲しののめはしゃがみこんで体育館の下窓したまどと睨み合っている。まるで下からスカートの中をのぞきこむような姿勢だ。女子が女子のを……やだっ、はしたない。


 校舎の案内を終えてから屋外競技の運動部を一つ一つ見てきたけれど、東雲しののめを魅了するものはなかったらしい。この様子だとバドミントン部もなしか。


「まぁ、部活は今日決めなくてもいいだろ」


 早く帰宅したいという気持ちが先行して、言葉が漏れ出てしまった。東雲しののめは一切姿勢を変えず、体育館の中の様子をまじまじと見ている。


「たしかに、そーかもねー……うっわぁ! あの子の胸、すごっ!」


 あ、この子、完全に飽きちゃってますねえ。『部活も見たい』と言いだした本人がこんな状態では、続行は不可能だろう。


 そろそろ帰る……前に俺も目の保養をさせてもらうか。


「え、どこどこ?」


 あれだよあれ、と東雲しののめの指差す先を必死に確認していると、うしろから突然声が飛んできた。


「ねぇねぇ、わたしにも見せてよー。明日、本人に直接伝えておくからー」


 その声を聞いて、瞬時に振り向く。


 そこに立っていたのは、持田もちだだった。


 う、うそだろ。軽い記憶喪失でも起こしてしまったのだろうか……存在そのものを忘れていた。どのタイミングまで一緒にいたのか、それすらも思い出せない。これほどの至近距離で存在感を消せるというのは、もはや呆れを通り越して憧れを抱いてしまう。気配を消す天才か。暗殺者じみたその才能、俺にも分けてくれねえかなぁ。


「お、おう……そういや、いたんだよな」


「忘れられてるんだろうなぁとは思ってたよ?」

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