第9話 異人〈イジン〉

 な、なんの騒ぎだ? ここからだと何が起きたのか全く理解できない。


 椅子から立ち上がった斎院さや先生も、困惑した表情で入口のほうを見ている。


 この場にいる誰もが要領を得ていないのではないだろうか。


 そんな俺の推測を容易たやすく引き裂くように、持田は呟く。


「かわいい女の子だぁー」


 持田の表情は相変わらず、変化しているのかしていないのか判然はんぜんとしなかった。


 なに、お前、助産師さん? とツッコミたい衝動を抑え、俺は持田もちだに語り掛けた。


「女の子って?」


「すごいスピードで職員室に入ってきたのが見えたんだよー」


 あの辺、と一言呟き、持田もちだ指差ゆびさした。


 俺と斎院さや先生はその方向へと歩を進める。持田もちだもうしろを付いてくる。


 ダッシュで職員室に入ってくる女の子って、なんだよそれ。怖すぎんだろ。イノシシ系ヒロイン? けもみみとか生やしちゃってるの?


 臆病なごしぐせと尊大な妄想癖もうそうへきかかえながら、事故現場と思われるところまでやって来た。


 目の前には、見覚えのある教科書やファイル、ペン、ワイヤレスマウスなど多彩なジャンルの小物が辺り一面に散乱している。


 その中心から放たれる異様な存在感。それを目にした俺は、硬直した。


 金色に輝く長髪ちょうはつを地面に垂らし、一人の女の子がへたり込んでいる。


 俯いていて顔は見えず、何者なのか全く分からない。


 呼吸が荒くなっているのだろうか、肩が上下に揺れていた。


 わぁ、と持田もちだが一言呟き、それに続けて斎院さや先生も口を開いた。


「お、おい、東雲しののめ……大丈夫か?」


 東雲しののめ? どこかで聞いたことがあるような……なんだっけ。


 思い出そうとしても思い出せない。なにか引っかかるものがあるのに正確には分からないという点で、『箱の中身はなんじゃろな』状態だ。


 記憶を適当に探っていると、東雲しののめ斎院さや先生に向かって答える。


「……せんせー! この学校、変な人ばっかりー」


 わずかに目を潤ませて訴えかける東雲しののめに対して、斎院さや先生は疾風しっぷうのごとく切り返した。


「おい、敬語」


「えーいいじゃん、そんなに堅いこと言わなくても」


 斎院さや先生は、はぁっと深いため息を吐く。


 なにこの子。斎院さや先生に手を焼かせるとか、もうこの学校で天下取ってるようなもんじゃねえか。


 というか、この小柄な金髪女子高生は何者なんだろう。学校どころか街中にいても目立ちそうな風貌をしているのに、全く見たことがない。


 次から次へと疑問が湧いてきたけれど、すぐに出てきた一つの結論で終止符を打った。


 この子、転校生か。


 だとすると、この超短期間に斎院さや先生と距離を詰め、支配される前に支配したというのだろうか。こいつ……強い。


 そんなクソどうでもいい妄想を繰り広げていると、東雲しののめ斎院さや先生に元気な声でまくし立てた。


「聞いてよー。トイレから出たときに、なんかウェイトレスさんみたいな格好をした人が目の前を通りすぎていってさ! わー可愛いって思って話しかけたの。そしたらなんかめちゃくちゃ怒られて……なんなのあの人、怖すぎるよーって気分サゲサゲで歩いてたら、今度は突然うしろから話しかけられてさ。『き、きみ可愛いね、どこから来たの? 本? アニメ? よかったら僕と契約して魔法しょ』ってなんだか身の危険を感じたから最後まで聞かずに走って逃げて来たんだよー! そしたらここまで追いかけてくるし……この学校は変な人を野放しにしてるの!?」


 ……いやーよく喋るなぁ、こいつ。あと二人目のやつは下手したら捕まるぞ、自重しろよ。


 だいたい、そんな絵に描いたような変人、ほんとにいるのか? まぁ、いないことの証明はできないから何とも言えないけれど。


 斎院さや先生のほうに目を向けるとあんじょう、呆気に取られていた。……先生、ペースを握られてはまずいですよ。学校という場において、先生は絶対的な権力者であってこその先生なんですから。


 そんな気持ちを目玉に込めて斎院さや先生に視線を送っていると、うしろから持田もちだの声が聞こえてきた。


「先生、この子が転校生ですか?」


「ん? ああ、そうだ」


 持田もちだの声にビクッと反応した斎院さや先生は、軽く咳払いをして言葉を続けた。


「自己紹介……の前にまずはこれを片付けないとな」

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