スタービースト

うらやま

第1話 すごいのだ

「すごいのだ! とびっきりでっかいやつなのだ!」

「やー、こんなに大きいのは初めて見るねー」


それは、じゃぱりまんの形をしていた。

私の背丈ほどもある、巨大なじゃぱりまん。

薄青色の"それ"は、森の中で異彩を放っている。


「みんなで運び出すのだ! 呼んでくるから、フェネックはここでちょっと待ってるのだ」

「はいよー」


去りゆく相棒の背中を見送ってから、私は"それ"を振り返る。

じゃぱりまんのおいしそうな香り。


「これ、ボスが運んできたのかなー。だいぶ重そうだけど」


ぽんぽんと軽く表面を触りつつ、私はひとりつぶやく。

フカフカしていて、さわり心地がいい。

その巨体の真ん中に、先ほどまで無かったはずの"目"が開いた。


「あー、アライさーん。これはー」


ばふっ


ーーーー


ーー



アライさんは道を見失っていた。

森を抜けられないのなら、一度フェネックのところに戻るのだ。アライさんは、かしこいのだ。


「フェネックー! どこにいったのだー」


戻ってみても、そこにフェネックはいなかった。


「じゃぱりまんも、なくなっているのだ」


フェネックが、じゃぱりまんを独り占めするような子じゃないことは、アライさんもよく知っている。アライさんを置いてどこかへ行ったりすることもこれまで決してなかった。おかしい。


「なにかがあったにちがいないのだ!」


もう日が暮れるというのに、どこに行ってしまったのだ。

アライさんの表情にも焦りが見え始める。


「たしかにこのあたりだったはずなのだ」


匂いを辿れば見つかるはずなのだ。

そう考えたアライさんは地に伏せてくんくんと鼻を鳴らす。

微かではあるものの、繁みの向こうに続いているフェネックの匂い。そこからは、わずかに焦りや恐怖のようなものが感じられた。


「いやなよかんがするのだ。フェネックのききなのだ!」


アライさんは、匂いを辿った先に何が待っているかなど、考えもしなかった。


「こっちなのだ!」


繁みを抜けた先にいたのは、フェネックではなくーー。


「せ、セルリアン!?」


森の木々を薙ぎ倒しながら迫ってくるのは、アライさんの背丈ほどはあろうサイズの真っ赤なーーセルリアン。


もし注意深く調べていたら、もっと早く気付けたかもしれない。


「ふぇっ……」


フェネックの匂いがいつのまにか完全に途絶えていることにーー。


「もしかして、こいつがフェネックをーー!」


アライさんは、無意識に野生解放していた。

戦闘経験の浅いフレンズは、セルリアンに会ったら逃げるのが鉄則だ。


アライさーん、戦闘はハンターに任せるべきだよー。

フェネックがいたら、そう言って冷静に止めただろう。


「フェネック! すぐに助けるのだーー!」


アライさん、跳ぶ! しかし、そこまで高くない。

野生解放した爪で攻撃! しかし、爪は空を切った。

直後、アライさんの身体は、木の幹に激しく叩きつけられる。


赤セルリアンの体当たりを食らったのだ。

そう気付くまで、少し時間が必要だった。


「ま、まだアライさんは負けてないのだ……」


間髪入れずに追い打ちを仕掛けてくる赤セルリアン。

その頭上に角張った石が見えた。

セルリアンを倒すにはあれを砕くしかない。


「フェネック……いま助けるのだ……」


かろうじて立ち上がることはできた。

ならば、まだ戦える。

セルリアンは目前まで迫っていた。


「いまなのだ!」


アライさんは、素早く地面を転がった。

赤セルリアンの二撃目は、アライさんをかすめ、背後の大木を揺らす。

赤セルリアンが、見せた一瞬の隙を見逃すアライさんではない。


再び、跳躍!


この赤セルリアンを倒せば、きっとまたフェネックに会えるのだ。


「アライさんに、お任せなのだ……!」


頭では分かっていても、身体がついていかなかった。

跳躍は届かず、爪は赤セルリアンの背中に沈みこむ。


「しまっ……」


赤セルリアンがすごい勢いで振り向いた。

その勢いで、アライさんは弧を描いて跳んでいく。


「ま、まだ……なのだ……」


まけるわけにはいかないのだ。

にげるわけにはいかないのだ。

アライさんは、もう一度立ち上がろうとして、膝から崩れ落ちた。

汗が止めどなく流れてくる。

膝が震えているのにようやく気付いた。


赤セルリアンは、少し離れたところで待っていた。

その無感情な単眼で、じっとアライさんの様子を伺っている。

まるで、アライさんが弱って倒れるのを待っているかのようだ。


「アライさんは、おまえなんて、ちっともこわくないのだ……」


その言葉に嘘や偽りはない。

勝てそうにない戦いなど、これまで何度も乗り越えてきた。

今更、中型セルリアンに怯えるアライさんではない。


ここでしくじったら、フェネックと二度と会えなくなるかもしれない。

その恐れこそが、アライさんを震わせていた。


「負けないのだ!」


アライさんは先手を打った。

石ではなく、目を狙う攻撃。

赤セルリアンが身体を弾ませて飛び上がる。


着地と同時に視界が揺らいだ。


「わああああああ!」


そこから先は無我夢中だった。

赤色を追いかけて、激しく両手を振るう。


もはや理屈ではない。


戦闘技術など微塵もなくても。

満身創痍で動くのがやっとでも。


「フェネックーーーー!!」


アライさんは、フェネックを助ける未来だけを見ていた。

アライさんはよろめきながら最後の力を振り絞って、石を叩いた。


赤セルリアンは、全く動じない。

アライさんの輝きが弱まっていく。


石には、ヒビすら入っていなかった。


「ん……?」


気がつくと、アライさんの視界は横倒しになっていた。


なんだか、やけにねむいのだ……。


身体が少しも動かない。

赤セルリアンがゆっくりと向かってくるのが見えた。

派手にやってしまったねー、アライさん。

フェネックがいたら、そう言って優しく助けてくれたかもしれない。


ああ……。

せめて、フェネックだけでも、ぶじでいてほしいのだ。


「ふぇ、ねっく……」


むぐ。


アライさんの口に甘いものが突っ込まれた。

じゃぱりまんなのだ!

すぐに身体に力が戻ってきて、アライさんは起き上がる。


『だいじょうぶ? 助けが遅くなってごめんね』


そして、アライさんは、その声の主を見上げた。

フレンズにしては、やけに大きい背丈。

そして、太い手足や全身を覆うモフモフの青い毛皮。

首元に巻いたベルトには、青い星印がついた鈴のようなもの。

背後では、2本の尻尾がふわりと揺れていた。


「尻尾が2本の、フレン……ズ……なのだ……?」


フレンズと断定するには、あまりにも異形。

むしろ、"ボス"を大きくしたような印象の外見だ。


『ボクの名前は、スタービースト』


飛びかかってきたセルリアンを軽々と受け止めて、謎の存在は名乗った。


『フレンズの味方、だよ』


石が砕ける音が森に響いた。



ーー


ーーーー


「ということがあったのだ! フェネック!」

「あー、奇遇だねー。私もスタービーストさんに助けてもらって、ずっとアライさんを探し回ってたのさー」


飄々とした様子で現れたフェネックは、そう言って微笑む。


「どおりで、フェネックのにおいがしたとおもったのだ! フェネックをたべたセルリアンかとおもって、こうげきしそうになったのだ!」

「アライさん、命の恩人にあんまりじゃないかなー。」

「はんせいしてるのだ……。それにしても、スタービーストさん、いったいなにものなのだ……。きになるのだ!」

「通りすがりのヒーローさんだったみたいだけどねー」

「アライさんも、スタービーストさんみたいになりたいのだ! とってもかっこいい、フレンズの味方なのだ!」


アライさんの目がきらきらと輝くのを見て、フェネックは複雑な表情を浮かべた。


「うーん、なれるかなー」

「なれるのだ! アライさんの奮闘もフェネックに見せたかったのだ!」

「そうだねー。何はともあれ、また無事に会えて良かったよー」

「もう絶対にフェネックを一人にしないのだ。ずっと一緒にいるのだ!」

「そ、それはちょっと困るかなー」




(続く)




「ふぅ」

ため息ひとつ、タイリクオオカミは語りを中断する。

「とまあ、こんな感じの出だしでどうだろう?」


「すごいのだ! とってもドキドキしたのだ! 続きが気になるのだ!」

「アライさん、大活躍だったねー」

「スタービーストの正体はアライさんが突き止めるのだ!」

「最初に出てきた大きなじゃぱりまんも気になるねー」

モデルになった二人のフレンズは、楽しそうに感想を語り始める。


「気に入ってもらえたみたいで良かった。じゃあ、早速続きを描いていこうか」

聞き手の反応にうれしそうな表情を浮かべ、タイリクオオカミは再び原稿に向き直る。


「次回、スタービーストVS増えるセルリアン」

「ふえるのだ!?」

「たいへんだねー」

夜はまだ始まったばかりである。

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