裸の王様の詐欺師が江戸にやって来た
チ・ヤン(小鳥)
第1話
裸の王様の話を覚えている人は多いだろう。ここに登場する人物は以下の4パターンである。
1.裸の王様 騙された人
2.透明の服を売りに来た洋服屋(詐欺師) 騙した人
3.おかしいと思いつつも黙っていた人 その他大勢
4.おかしいと思いそれを口に出した子供 たった一人
こんな感じである。
ラストで王様は子供の声を聞き、自分が裸である事を認め、反省したと記憶している。
あくまで記憶であるが・・・、
この話を読んだ筆者は『馬鹿な王様でも反省するのか?』と疑問に思った。
では、どんなラストなのかを突き詰めて考えると、この話のラストは全く違った物になる。
「王様に向かって無礼だぞ!」
子供は家臣に殺され、町の人達は馬鹿な事を言う子供だと憐れみすらしない。
王様は何が起きたかも知らずにそのまま行ってしまった。
こんな感じである。
賛否両論はあるにせよ、現実的にはこんな感じではなかろうか。王様(権力者)なんてそんなもんだと思っている。
では、江戸時代にこの詐欺師が上様を騙そうとしたらどうなるのだろう。ふっとそんな事を思った。
-----江戸城にて-----
「上様、徳のある物にだけ見えるという着物を作るという呉服商が参っております。」
老臣がそう告げると、将軍は怪訝な顔をした。
「通せ。」
やって来た人の良さそうな呉服店の店主は、盆の上にあるという見えない布について、将軍に説明した。
「これは徳のある人物しか見えない布にございます。上様にはきっと見えておりましょう。」
将軍は困った。見えてはいないのだが、見えないと言ってしまえば、徳のない人間と思われてしまう。将軍は江戸城で一番の頭脳明晰と噂の家臣を呼んだ。
「そちはどう思う?」
「うーむ、我の様な徳のない人間には見えませぬ。」
徳のある人間に近づけるとほんの少し見える事もあると呉服屋は食い下がった。将軍はその布を肩にかけてみよと呉服店に命じた。
「どうじゃ、見えるか?」
「見えませぬ。」
きっぱりと言い放つ。
「人徳など、すぐに身に着く物ではございませぬ。上様。」
「確かにな・・・。」
呉服屋は尚も、上様の様に人徳のある方なら見えないはずはないと何度も繰り返す。
上様の珍しい物好きを聞きつけてやって来たのだろうが、こうやって毎回付き合わされる家臣にとっては迷惑な話しである。捕えろとでも言ってくれればそれで片付くものをと、内心で思っていた。
「一着だけでもお作りになられては如何でしょう。」
呉服屋が言う。
「そうだのう・・・。そちが先に作って試してみよ。」
またかと思ったが、仕方ない。
「上様、他の者にも試して貰っては如何でしょうか?」
「それもそうだの。誰がいいか。」
家臣は九州の島津家と仙台の伊達家では、どうかと答えた。
「よきにはからえ。」
家臣は江戸城を出ると、呉服商と共に屋敷へ戻った。
呉服商に紹介状を書いて渡す。
「こちらの御屋敷には、いつお届けすればよろしいでしょうか?」
呉服商が言う。
「いつでもよい。但し、仕立てる際に使う糸は普通の糸をつかって見えるようにせい。」
呉服屋は失敗だと感じたが、もうひと押しし、前金をせしめた。島津家でもこの手で良いかと思い、家臣の屋敷を辞した。
「あの様な者に金を払ってしまって、よろしゅうございましたので?」
「仕方あるまい。」
「島津様が目に見えぬ着物をお作りになられたらどうなさいます?」
「そんな事はせぬよ。」
本当にそんな物を着て登城したら大笑いしてやると内心では思っていた。
-----島津家にて-----
江戸の上様に仕えている直参の家臣からの手紙を見て、島津候はため息をついた。徳のある者しか見えない布で着物を作れとは、どういうつもりだ。
徳がないから作らないと答えるのも癪だし、作るとなればそれで登城しなければならない。
「呉服屋がいつ伺ったら良いかと言っておりますが・・・。」
「明日でよい。」
その晩、呉服屋をどうすべきか、腕組みをして島津は必死に考えた。しかし、妙案はない。
「殿、そろそろお休みになられては如何です?」
側室が声を掛ける。
「この手紙、どう思う?」
島津は側室に手紙を見せた。
「あらまあ、ほほっ。」
側室は笑った。
「笑いごとではないぞ。詐欺をするにしても、もう少し可愛げがあれば、騙されてやっても構わんが・・・。」
「この様な布を作れる呉服商ならば、普通の着物なら、さぞや見事な品を作れましょう。」
「ふーむ、そうだな。」
翌日、呉服商は江戸城と同じように島津に向かって、懇切丁寧に布を説明した。
「話しは分かった。そちは普通の着物も作れるのだろう。」
「それは、勿論でございます。殿さま。」
「そちがいま説明した着物は我には勿体ない。代わりに姫の着物を注文してやろう。」
側室と姫が呼ばれ、島津は好きな物を注文するようにと出て行ってしまった。
呉服屋は二人からどんな柄が良いかとか色が良いかとか、色々と聞き始めた。
「そうねえ・・・。」
愛らしい顔をしてほほ笑み、側室と二人であーでもない、こーでもないと話し続ける。話をしているうちに殿が戻ってきた。
「どうじゃ、姫が好む着物を作れそうか。」
「はい、それは勿論でございます。」
前金の話を切り出そうとしたのだが、側室は江戸で一番の売れっ子芸者だったから、前金などなしでやってくれると言い出されてしまった。
「荷駄一台分位持ってくれば、気に入ったのがあろう。」
呉服屋は前金の話を切り出せないまま、屋敷を出た。完全に失敗である。
-----伊達家にて-----
今度こそはという思いで呉服屋は仙台までやって来た。手紙を見せると座敷に通されたのだが、随分と長い事待たされてしまった。
途中で聞いた話では殿様は後を継いだばかりで、齢は十六歳だという。島津の殿様は、長崎などから沢山の商人が色々な者を売りにやって来ていたというから、自分のような輩も見慣れていたのだろう。
城下町は賑わっているとはいえ、田舎である。商人がやって来る事も少ないだろうから、今度は成功するだろうと思っていた。
ようやく殿の御前に通され、呉服屋は同じ様に見えない布の説明をした。若い殿さまは感心した様子でにこやかに話を聞いている。
「殿様はこの布をどう思われます?」
見えるという答えを予想して、そう聞く。
「見えん。」
今までにこやかな顔だったのに、口をへの字に曲げ、きっぱりと言い放つ。
「じいは、どうじゃ?」
控えている城家老に聞く。
「殿にも見えぬ布が我に見えるはずもございませぬ。」
やはり、同じように口をへの字に曲げて言う。
「もう少し、お側に寄せれば見えるかもしれませぬ。」
呉服屋は側へ行き、殿の肩に布を掛けるしぐさをして、どうでしょうと、城家老に声を掛ける。
「じい、どうじゃ。」
「う、うーむ。」
じいっと若い殿さまの肩に目を凝らしている。見えると言うつもりだろうと呉服屋は思った。
「ややっ、殿。見えましたぞ。」
呉服屋は成功だと、内心ほくそ笑みながら、笑顔を家老に向ける。
「この者・・・、尻尾がありまする。誰かおらぬか、出会え、出会え。化け狐が殿を騙そうとしておるぞっ!」
呉服屋は慌てて、縁側から飛び降りて逃げ出す。
護衛の武士が殿の側を守り、家老も狐を捕えよと座敷を出て行ってしまった。
「化け狐とは驚きましたな、殿。」
「うーむ。」
戻ってきた家老は、狐は一目散に山へ逃げ出してしまったと殿に言う。
「狐に化かされそうになるとは、我もまだまだだのう。明日、稲荷神社へ供物を持って祈願に行こう。」
「そうされませ。」
-----江戸城にて三人の言い訳-----
「見えぬ布の、着物はどうした?」
上様は家臣に聞いた。
「注文致しましたが、まだ、出来て参りません。」
「そうか。」
参勤交代でやって来た島津と伊達にも同じ事を聞く。
「島津候はどうじゃ?」
「徳のある者にしか見えぬ着物など、我には勿体ないので、姫に着物を作らせる事に致しました。出来あがりを楽しみに待っております。」
良い呉服屋を紹介して貰いありがたいと、島津は頭を下げた。これで勘弁してくれという事である。
「伊達候はどうだ?」
「はあ、ずっと待っておりましたが、上様からご紹介の呉服屋は参っておりません。」
「呉服屋が来ておらぬのに、上様から紹介されたとはおかしいではないか。」
家臣が言う。
「上様からの紹介状を持った化け狐なら、やって参りました。」
「化け狐?」
「はい、上様。」
「この江戸城にやって来たのも化け狐だと申すのか?」
「いえ、そうでは、ございません。江戸城や島津候の城に来たのは、類まれなる腕を持つ呉服商でございましょう。我が城にやって来た化け狐は噂を聞きつけて、やって来たに違いございません。」
自分の所にやって来た呉服屋だけが化け狐と言われてしまえば、もう何も言えない。
「上様からご紹介の呉服屋がやって来たら、江戸に来るようにと城の者らには伝言してございます。ただ・・・。」
「只、何だ?」
「島津候ですら、袖を通すのが勿体ないと思われる品であれば、我の様な若輩者は、袖を通すのは恐れ多い事です。そう、四十年も経てば、品の良し悪しが分かるようになるやもしれませんので、江戸城に呉服屋が来た際には、その様にお伝え下さい。」
「そちは、四十年で、上様の様な徳が身につくとな?」
家臣が聞く。
「日々、精進する所存にございます。」
そういって伊達は頭を下げた。
「分かった。下がって良い。」
-----後日談-----
どこから漏れたのか分からないのだが、見えない着物を売りつけようとする化け狐が出没しているという『かわら版』が出た。
江戸庶民はこの話を面白がり、大量に売られている。
「上様、この様な物が出回っております。」
家臣がそのかわら版を将軍に見せた。
「如何致しましょう。」
「捨て置け。」
「はあ、よろしいので?」
「良い。」
家臣は不信に思い、側仕えから話を聞く。そもそも、件の呉服商は町奉行が紹介しており、最初から詐欺師である事は分かっていたという。
しかも、詐欺の方法を書いたかわら版を売る者がいるという事だった。
「なるほど。」
内容が何であれ、普通にかわら版を売るだけでは罪にはならない。今回、化け狐という結論に達したので、捕える策を講じられるという事のようだ。
かわら版は何回も発行され、最後に化け狐退治という事で幕が下り、江戸庶民は大いに笑ったという。
<後書き>
この話は、江戸を舞台にしておりますが、今の世にも、『詐欺の方法を書いたかわら版を普通に売る化け狐』は出没しておるようでございます。皆さま、どうぞお気お付けあれ。
裸の王様の詐欺師が江戸にやって来た チ・ヤン(小鳥) @chi-yan-kotori
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